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白き風竜はときをゆく〜ドラゴンに転生した俺の悠久譚〜  作者: やまぐっち
【第四部 銀河の嵐編】神話の始まり

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第123話 アルファ・ケンタウリの囁き

 亜空間の嵐という最初の試練を乗り越えたアルゴス号の航海は、その後、拍子抜けするほど順調に進んでいた。

 あの危機的状況を共に乗り越えたことで、俺とクルーたちの間には、言葉には出さないが確かな連帯感が生まれていた。それは、互いの命を預け合った者だけが共有できる、特別な絆だった。


 ブリッジに投影される俺のホログラムに対し、以前のような「伝説の竜に対する畏怖」からくる遠慮がちな態度は消え、誰もが親しい仲間として、あるいは時に悪戯な笑みを浮かべる頼れる長老として接してくれるようになっていた。



 ある日の「夜」のシフト時間。亜空間には昼も夜もないが、クルーの体内時計を正常に保つため、船内照明は24時間周期で光量を調整している。ブリッジの照明が落とされ、コンソールの光だけが静かに明滅する中、俺はホログラムのまま隅でくつろいでいた。


「ヴァイスさん、これ見てくださいよ!」


 休憩に入ったばかりの観測士官リオンが、マグカップを片手に、興奮した様子でデータパッドを持って駆け寄ってくる。彼のふさふさした狐の尻尾は、嬉しそうにパタパタと揺れていた。


「亜空間航行中に観測される、微弱なエネルギー変動データを解析してみたんです。この周期的なパターン、リリ曾祖母ちゃんの冒険日誌に記されていた『大精霊の歌』の波形にそっくりなんですよ!」

『ほう? リリはそんなものまで記録していたのか。いかにもあいつらしいな。森羅万象、全ての謎を解き明かそうとしていた』


 俺は、かつて地図もない森を、目を輝かせながら駆け回っていた小さな少女の姿を思い出し、口元が緩む。


「はい! やはり、科学と魔法は根っこで繋がってるんですね。この発見、次の学会で発表したら大ニュースですよ!……あ、そうだ。これ、食堂のドワーフのおばちゃんからの差し入れです。夜食にどうぞって」


 彼が差し出したのは、ホログラムの俺には触れることのできない、湯気の立つホットミルクと、香ばしい匂いのする焼き立てのクッキーだった。その気持ちが、冷たいホログラムの身体に温かく染み渡る。


『……気持ちだけもらっておくよ。どうせなら、俺の本体のほうに直接届けてくれれば、一口で平らげてやったものを』

「もう、冗談ばっかり。ヴァイスさんの本体は、今、専用ハンガーでエネルギーチャージ中じゃないですか。亜空間のエネルギーを直接吸収して回復できるなんて、本当に規格外ですよ」

『ふん。俺の翼は宇宙そらを飛ぶためにあるんだ。亜空間の揺り籠で惰眠を貪る趣味はないさ』


俺が苦笑すると、ブリッジで夜食をとっていた他のクルーたちから、くすくすと笑いが漏れた。

そこへ、機関室から戻ってきたボルツが、油まみれの手を布で拭きながら入ってきた。


「おう、竜の旦那。まだ起きてたのかい。リオン、お前も程々にしておかんと、目が腐るぞ」

「ボルツ機関長! これを見てください! 世紀の発見かもしれません!」

「へっ、ガキの使いみたいなデータじゃねえか。それより旦那、エンジンの調子はどうだい? あんたの魔力と同調してから、こいつ、まるで生き物みてえに反応が良くなりやがった。ちょっと機嫌が悪いと唸り声を上げやがる。可愛いやつだぜ」


 ボルツは、まるで自分の子供の話でもするかのように、目を細めてメインスクリーンに表示されたエンジン系統図を見つめる。


『俺の魔力を吸って動いているんだ。俺自身の分身のようなものだ。たまには美味いオイルでも飲ませて、可愛がってやってくれ』

「ケッ、言われなくてもやってるわい!」


 こんな他愛のない会話が、アルゴス号の日常になっていた。種族も、生まれも、専門分野も違う者たちが、同じ船に乗り、同じ目標に向かって進む。俺たちは、ただの乗組員と船という関係を超え、一つの巨大な家族のようになりつつあった。


 そして、故郷の星を出発してから約一ヶ月後。

俺たちはついに、最初の目的地であるアルファ・ケンタウリ星系に到達しようとしていた。


「艦長、まもなく予定座標に到達。通常空間への離脱準備に入ります」


ミカサの冷静な声がブリッジに響く。


「よし。なぜ最初の目的地がここなのか、皆、覚えているな?」


アキラが艦長席からクルーたちを見渡す。


「はい!」

リオンが緊張した面持ちで答える。 

「アークの航海日誌に断片的に残されていた、最も古い航路データ。地球を脱出した初期の探査船団が、最初に目指したとされる座標です。もし、アーク以外の船が生き延びていたとしたら、その痕跡が残っている可能性が最も高い場所だからです!」


「その通りだ。皆、気を引き締めろ。ここからが、本当の探検の始まりだ」


アキラはそう言うと、深く息を吸い込み、号令をかけた。


「エーテル・ウィング・ドライブ、減速開始! 亜空間離脱シーケンスへ移行! 全クルー、衝撃に備えろ!」

「アイ・キャプテン!」

ミカサが力強く応じ、その白い指がコンソールの上を舞う。


「次元アンカー、投射! 座標固定、次元境界を突破します!」


 その言葉と共に、窓の外の景色が一変した。

オーロラのように流れていた光の奔流が、一点に収束し、まるで巨大な渦潮のように激しく回転を始める。ゴオオオッという、空間そのものが軋むような重低音が船体を包み込み、やがて、その光の渦が弾けるように四散した。


 一瞬の完全な暗闇。そして、目の前に広がったのは、静寂に満ちた漆黒の宇宙と、そこに圧倒的な存在感で輝く、三つの太陽だった。


「……これが、アルファ・ケンタウリ……」


 ブリッジにいた誰もが、息を呑んだ。

主星である黄金色の恒星ケンタウリAと、少し離れた場所で兄弟のように寄り添うオレンジ色の伴星ケンタウリB。そして、その二つから遥か遠く、孤独に、しかし力強く赤く輝くプロキシマ・ケンタウリ。三つの太陽が、互いの巨大な重力に引かれ合い、悠久の時をかけて複雑で美しい光のダンスを踊っている。


 人類が初めて肉眼で目にする、太陽系外の恒星系。その神々しくも荒々しい光景に、クルー全員が言葉を失っていた。


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