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白き風竜はときをゆく〜ドラゴンに転生した俺の悠久譚〜  作者: やまぐっち
【第四部 銀河の嵐編】神話の始まり

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第116話 新時代のアルゴナウタイ

 星を喰らう怪物、デボアラーとの星間戦争。後に歴史書において『天墜てんついの戦い』と刻まれることになるあの激闘から、十年という月日が流れた。

 世界は、かつてない速度で変革の時を刻んでいた。地下深くのアークで眠りから覚めた「最後の地球人」たちがもたらしたオーバーテクノロジーは、魔法という神秘と混じり合い、この星の文明を一足飛びに数百年先へと押し進めたのである。


 かつての対立は、無限のエネルギー機関の普及によって、奪い合う理由そのものを失い、過去の遺物へと成り下がった。人々は今や病を克服し、老いすらもナノ医療によって制御しつつある。

 だが、何よりも人々の価値観を根底から覆したのは、空の向こう側に広がる「無限の海」の存在だった。デボアラーという宇宙規模の脅威をその身で知った人々は、恐怖と共に、抗いがたいロマンを星々に抱いた。この小さな重力の揺り籠に留まるだけでは、いつかまた訪れるかもしれない闇に抗えない。


 自分たちの足で、あの輝く海へ漕ぎ出さなければならない――。そんな強烈な「意志」が、今の世界を突き動かす原動力となっていた。


「……あー、やっぱりここの空気は格別だな」


 新ガイアポリスの湾岸地区。白砂が広がる海岸線に、巨大な山のような影が横たわっている。俺、風竜ヴァイスは、寄せては返す波打ち際に巨体を預け、心地よい海風に目を細めていた。かつての戦いでは毒々しいスモッグに汚れきっていた海も、今では透き通るような紺碧を取り戻している。俺は太い前足で、波間に漂う冷たい海水を掬い取ると、そのまま贅沢に喉を鳴らして飲み込んだ。


『……ふぅ。ドラム缶の水も悪くないが、やはり自然の恵みに勝るものはないな』


独り言をテレパシーで漏らしながら、俺は少し離れた場所にあるテラス席へと視線を向けた。そこには、この十年の月日を経て、少年から青年へと成長を遂げたアキラと、地球人の女性ミカサの姿があった。


「……だから言ったじゃないかミカサさん! 昨日のエーテル回路の同期率、見てくれよ。予測値を3パーセントも上回ったんだ。これならメインエンジンの負荷を劇的に軽減できる!」


 アキラがホログラム端末の画面を興奮気味に指差す。かつての歴史オタクだった面影は残っているが、その瞳には数々の死線を越えてきた指揮官としての鋭さと、未知に挑む探究者の光が宿っている。


「はいはい、データは確認しましたよ、アキラ君。でもね、その調整のためにまた三日も徹夜したんでしょう? 目の下のクマ、隠せてませんよ」


 ミカサが呆れたように溜息をつきながら、彼の前にハーブティーを置いた。彼女もまた、この星の過酷な環境を乗り越え、今や魔法と科学を融合させる「魔導工学」の第一人者として、アキラを支える頼もしいパートナーとなっていた。


「徹夜くらい、宇宙への一歩に比べれば安いもんですよ。僕たちが作っているのは、ただの船じゃない。人類の、この星の生命すべての『翼』なんですから」


 アキラの言葉には、熱い使命感がこもっていた。そう、彼らが今取り組んでいるのは、人類史上最大にして最高難度のプロジェクト。俺の風の魔力と、アークの超科学を完全に同期させた有人深宇宙探査船の建造計画だ。


『……おい、アキラ。働きすぎは体に毒だぞ。俺のように昼寝を推奨する』


 俺がのんびりとテレパシーを送ると、アキラは苦笑いしてこちらに手を振った。


「ヴァイスさんみたいに千年寝溜めできればいいんですけどね。……でも、寝てる場合じゃないんです。もうすぐ、統合政府の最終承認が下りますから」

『ほう? ついに、あの計画が動くのか』

「ええ。俺たちの……銀河への第一歩が」



 翌日。新ガイアポリスの中枢、統合政府の円形議事堂。

 天井まで吹き抜けになったドーム状の議場には、厳粛な空気が満ちていた。巨大な円卓には、白髪が増え、顔に深い皺を刻んだ統合軍総司令官タカギを始め、各大陸の代表、亜人族の長、そしてミカサたち地球人の代表者が顔を揃えている。

 皆、これから始まる議論がこの星の未来そのものを決定づけることを理解し、固い表情で口を閉ざしていた。


 議長席に座る初老のエルフ、かつてヴァイスとも交流のあったルナミリアの志を継ぐ賢者が、クリスタルのゴングを静かに鳴らし、その澄んだ音色で議場の開始を告げた。


「―――これより、第一次深宇宙探査計画、コードネーム『プロジェクトアーク・アルゴナウティカ』の最終審議を行う。本計画は、我々の未来を左右する極めて重要な議題である。各代表には、それぞれの民の想いを背負い、忌憚なき意見を求める」


 最初に立ち上がったのは、ドワーフ族の現王であり、かつてヴァイスと共に戦ったギルバートの血を引く、豪放な髭をたくわえた男だった。彼は太い腕を組み、不満げに唸る。


「……タカギ司令。ワシらは、この計画に諸手を挙げて賛成はできん。デボアラーとの戦いで、我々の星がどれだけ傷ついたか、お忘れか? 多くの同胞が死に、大地は今も完全には癒えておらん。宇宙は危険に満ち満ちている。今は外に目を向けるより、この星の復興と防衛に全力を注ぐべきではないのか? ヴァイス殿とアークの技術があれば、我らはもはや何者にも脅かされぬ鉄壁の要塞を築けるはずだ」


 彼の現実的な意見に、いくつかの小国の代表が「そうだ、そうだ」と同意するように頷く。長きにわたる戦乱の記憶は、人々の心を内向きにさせていた。

 それに対し、タカギは静かに席を立った。彼の瞳は、ドワーフ王の目を真っ直ぐに見据えている。


「……ドワーフ王。貴殿の懸念はもっともだ。私も軍人として、この星の防衛こそが至上命題だと考えている。だが、我々は学んだはずだ。デボアラーという脅威は、我々が知らぬ間にすぐそこまで迫っていた。この星に閉じこもり、ただ守りを固めるだけでは、いずれまた同じ悲劇が繰り返されるだろう。それは、見えない敵から逃げるために、より頑丈な檻を自ら作るようなものだ」


 彼は壇上に進み出ると、巨大なホログラムスクリーンに、あの絶望的な天墜の戦いの記録映像を映し出した。星々を喰らい尽くすデボアラーの巨体、なすすべなく破壊されていく防衛艦隊、そして、満身創痍で立ち向かうヴァイスの姿。議場は、息を呑むような静寂に包まれた。


「我々はもはや、ただ守られるだけの存在ではない。ヴァイス殿という一人の英雄の背中に隠れ、平和を享受するだけの子供ではないのだ。我々自身の足で星々の海へと漕ぎ出し、我々と同じように宇宙を漂う同胞を探し出し、そして未知の脅威を自らの目で見極め、備えねばならない。そのための旗艦計画が、この『アルゴナウティカ』なのだ」




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