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白き風竜はときをゆく〜ドラゴンに転生した俺の悠久譚〜  作者: やまぐっち
【第三部 覚醒のサイバー・パンク編】未来への架け橋

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第112話 目覚めの刻

 星を喰らう怪物、デボアラーとの死闘から生還し、俺が奇跡の復活を遂げてから、季節は二つ巡っていった。

宇宙空間での大爆発と灼熱の大気圏突入でボロボロになった俺の身体は、統合軍が総力を挙げて提供してくれた最新鋭のナノマシン治療と、俺自身が持つ竜としての規格外の回復力によって、驚くべき速度で癒えを見せていた。焼け爛れ、炭化しかけていた鱗は一枚一枚剥がれ落ち、その下からは真珠のような輝きを放つ新しい鱗が再生していく。引き裂かれた翼の皮膜も、再生医療用の特殊なゲルシートとナノマシンの働きで、痛々しい傷跡一つ残さず繋ぎ合わされたのだ。


 最初の数ヶ月こそ、指一本動かすことすら億劫で、ただ巨大な医療用ベッドの上で眠り続けるだけの日々が続いた。その間、アキラはまるで付きっきりの看護師のように、俺のそばを離れようとはしなかった。


「ヴァイスさん、今日のバイタルは昨日より安定してますよ。血中のマナ濃度も少しずつ戻ってきてる。アーニャ博士が、あんた専用の特製栄養ドリンクを作ってくれたんです。超高濃度タンパク質と、希少金属のイオンを配合したスペシャルブレンド! 俺が味見したら、鉄の味しかしなかったけど!」


 彼は毎日、高所作業用のリフトで俺の顔の高さまで上がってきては、一方的に、しかし楽しそうに話しかけ続けた。その声が、昏睡と覚醒の狭間を漂う俺の意識を、何度も現実に繋ぎ止めてくれたのだった。


 

 半年が過ぎ、ようやく自力で首をもたげられるようになったある日も、アキラは相変わらずの日課を続けていた。ペンライトのような診断器具を片手に、医者の真似事をしている。


「ほら、ヴァイスさん! 口をもっと大きく開けてください。『あーん』ですよ」

『……アキラよ。俺はもうピンピンしているぞ。これ以上の検査など必要ないだろう。それに、子供扱いするな』


 俺が面倒くさそうに鼻を鳴らすと、リフトが揺れ、アキラが慌てて手すりを掴む。


「うわっ! 鼻息で吹き飛ばさないでくださいよ! 念には念を、です。なんたって宇宙の果てまで行って帰ってきた身体なんですから。未知の宇宙放射線の影響とかがないか、しっかり調べないと。あんたが突然変異して、頭が二つになったりしたら大変じゃないすか」

『……馬鹿なことを言うな。そうなったら、お前を食べる口が二つに増えるだけだ』

「こわっ! 冗談きついですよ!」


 地上では、白衣を着たアーニャ博士が、俺の回復データを解析しながら満足げに頷いている。


「その通りですよ、ヴァイス殿。あなたの細胞サンプルは、人類の宝です。この数ヶ月のデータだけで、再生医療の分野は五十年分は進化しました。ヴァイス殿の自己修復能力を応用すれば、失われた四肢の再生すら夢ではありません。……ふふ、ヴァイス殿は歩く、いえ、空飛ぶ医学書のようなものですからね」

『……やれやれ。実験動物扱いは御免だと言ったはずだがな』


 俺は苦笑を漏らしつつも、彼らの献身には心からの感謝を抱いていた。俺が眠っている間、彼らがどれだけ必死だったかを、俺は知っているからだ。


「でも、本当に良かった……」

アキラが、検査の手を止めて、しみじみと俺の瞳を見つめてくる。


「あの時、宇宙で爆発が見えて、あんたの反応が消えた瞬間……俺、心臓が止まるかと思ったんです。もう二度と、ヴァイスさんとこうやって馬鹿話もできないんじゃないかって……」


 彼の瞳が、あの日の記憶を思い出して微かに潤むのが見えた。


『……ふん。言っただろう、約束は守ると。俺はそう簡単にはくたばったりしないさ』

「へへっ、そうでしたね。世界最強の相棒ですもんね。……さあ、検査はこれで終わりです! そろそろタカギ司令が来る頃ですよ」


 アキラがリフトを操作して降りていくと、その言葉通り、格納庫の入り口からタカギ司令が数名の将校を伴って姿を現した。


「体調は万全のようだな、ヴァイス殿」 


タカギは俺の巨体を見上げ、安堵の表情を浮かべる。


『ああ。いつでも飛べる。……それで、本題に入ろうか。彼らを、起こす時が来たのか?』


 俺がそう問うと、格納庫に設置されたブリーフィングルームの空気が、わずかに緊張を帯びた。

デボアラーとの最終決戦、あの絶望的な状況下で、俺はアキラに「最後の地球人たちを目覚めさせろ」と命令した。彼らだけが、デボアラーに対抗する術を知っていると信じて。


 だが、結果的に俺たちは、俺たちの力だけで危機を乗り越えた。

そして今、残されたのは「彼らをいつ、どのように起こすか」という、あまりにもデリケートな問題だった。


「……その件について、統合政府、そしてプロジェクト『アーク』の主要メンバーで、この半年間、議論を重ねてきた」


 タカギは、ホログラムスクリーンに議事録を映し出す。そこには、地球人たちの精神的ショックをどう緩和するか、新しい社会にどう統合していくか、そして彼らの持つオーバーテクノロジーをどう平和利用していくか、といった議題が山のように並んでいた。 


「結論から言おう。……我々は、今すぐ彼ら全員を目覚めさせるべきではない、と判断した」


タカギの言葉に、アキラが「えっ」と声を上げる。


「どうしてです!? 彼らはずっと眠ったままなんですか?」


「いや、違う」

タカギは首を振る。

「我々には、準備が必要なのだ。彼らが二千五百年という時の断絶と、故郷の喪失という絶望的な現実を受け入れ、それでもなお、この星で生きていきたいと思えるだけの『土壌』を、我々がまず用意しなければならない」


アーニャ博士が、その言葉を引き継いだ。


「ヴァイス殿。あなたはあの時、万が一の事態に備え、彼らに未来を託そうとされました。そのご覚悟、我々も痛いほど理解しています。ですが、今は状況が違う。我々には幸いにも、時間が与えられたのです」


 彼女は、スクリーンに新しい計画書を映し出した。


「彼らが眠っている間に、我々はこの星を、彼らが安心して目覚められる場所に変える。アークの技術を慎重に解析・応用し、貧困やエネルギー問題を解決し、より安定した社会を築く。そして何より、我々自身が、異文化を持つ隣人を心から受け入れるための精神的な成熟を遂げる。……そのための準備期間として、我々は『10年』という歳月をかけることを決定しました」


10年。人間にとっては長い時間だが、竜である俺にとっては瞬きのようなもの。そして、数千年を眠り続けた彼らにとっても。

それは、あまりにも慎重で、しかし誠実な答えだった。


『……わかった。その判断を尊重しよう』


俺が頷くと、タカギとアーニャの顔に安堵の色が浮かぶ。


「だが、その前に、我々がやらねばならないことがある」

と、タカギは続けた。


「プロジェクト『アーク』最終フェーズ、『ファースト・コンタクト』の実行だ。……彼ら全員を一度に起こすのはリスクが高すぎる。まずは、船のリーダーであったミカサ船長、ただ一人だけを限定的に覚醒させ、我々の代表が彼女と対話し、状況を説明する。そして、彼女の協力を得て、残りのクルーたちを目覚めさせるための、最善のプログラムを共に構築していく」

「……なるほど。いきなり全員じゃなくて、まずはリーダーと」


アキラが納得したように頷く。


「そうだ。そして、その歴史的瞬間に、我々は貴殿にこそ立ち会っていただきたいのだ、ヴァイス殿。貴殿という、彼らと同じ魂を持つ存在こそが、我々の誠意を証明し、彼女の心を解きほぐす、唯一無二の鍵となるはずだ」



それから数週間後、ついに運命の日がやってきた。

新ガイアポリス沖の人工島基地は、早朝から活気に満ちた、それでいて厳粛な雰囲気に包まれていた。滑走路には、調査団の主要メンバーと大量の機材を搭載する、白鳥のような流線型の超大型輸送機が翼を休めている。


「ヴァイスさん、準備はいいかい?」


専用のフライトスーツを着込んだアキラが、俺の元へ駆け寄ってくる。


『お前こそな。忘れ物はないか?』

「大丈夫! 今回の旅のしおりもバッチリ作ってきたぜ!」


彼はそう言って、分厚い電子メモパッドを自慢げに見せた。

俺たちは輸送機に先んじて、一足先に空へと舞い上がった。やがて轟音を立てて離陸したアルバトロスと編隊を組み、一路、東を目指す。


「いやー、こうしてあんたの背中に乗って飛ぶのも久しぶりだなあ」


通信機越しに、アキラの感慨深げな声が聞こえてくる。


『せいぜい景色を楽しんでおくんだな。着いたらまた、薄暗い地下に潜るんだからな』

「へへっ、それもまた冒険の醍醐味ってもんですよ」


 眼下に広がるのは、どこまでも続く鋼鉄の都市と、青く輝く海。デボアラーとの戦いの後、アークの技術の一部が公開されたことで、大気汚染は劇的に改善され、空はどこまでも澄み渡っていた。


数時間のフライトを経て、俺たちは大陸の東の果て、かつての激戦地へと戻ってきた。


「うわー……。半年前は死の大地だったのに、緑が戻ってきてる……」


 上空から見下ろしたアキラが、感動の声を上げる。俺の浄化のブレスと、その後の軍の環境再生チームの努力によって、荒野には少しずつ、しかし確実に生命の緑が蘇り始めていたのだ。

 以前、俺たちが侵入した搬出用の巨大な縦穴――直径数百メートルにも及ぶリフトシャフトは、軍の工兵部隊によって、頑丈な昇降プラットフォームと、太陽光を取り込むための巨大な集光システム、そして壁面全体を照らす照明が設置され、さながら未来都市の地下へと続く巨大な光の柱のようだった。


 俺は身体を細くし、その光の柱を滑るように降りていく。アキラやタカギ司令、アーニャ博士、そして万が一に備えた少数の護衛兵たちは、壁面に設置された最新鋭の高速リニアエレベーターで降下していく。


「すごいな、このエレベーター。ほとんど揺れないや」


 アキラが、ガラス張りの壁の向こうを降下していく俺の姿を見ながら言う。


「ああ。アークの重力制御技術を応用したものだ。これのおかげで、地上と地下の往来が格段に安全かつ迅速になった」


タカギが説明する。


「いよいよですね。二千五百年という、人類の歴史そのものと対面するのですから」


アーニャは、緊張と期待が入り混じった顔で、固唾を飲んでいた。

深度五百メートル。地底の闇の底に広がる、あの巨大な空洞に到着する。

そこには、かつてデストロイドラゴンが眠っていた場所のさらに奥、壁の中から発見された巨大宇宙船『アーク』が、静かに鎮座していた。


流線型の美しい船体は、軍が設置した無数の投光器によって照らし出され、神秘的な輝きを放っている。

俺の巨体であっても、この宇宙船の中に入ることはできないため、俺は宇宙船のハッチのすぐ外、巨大な広場のようなスペースに身体を横たえ、待機することにした。


 アキラたちは、船内へと入っていく。俺はアキラが装着しているヘルメットカメラと視覚をリンクさせ、中の様子を見守ることにした。


「こちらアキラ、聞こえますかヴァイスさん? 映像、クリアに届いてます?」

『ああ、問題ない。お前の目の前にあるコンソールの埃まで、はっきり見えるぞ』

「うわ、マジすか。恥ずかしいとこ見せられないな……」


 アキラの軽口に、同行する兵士たちからくすくすと笑いが漏れる。この半年で、俺と人類との関係は、もはや恐怖や畏敬ではなく、親しみと信頼で結ばれるものへと変わっていた。

船内、ブリッジ。


 静寂に包まれた空間に、霜に覆われた百基のコールドスリープカプセルが整然と並ぶ。

空気は冷たく、張り詰めていた。


「……システムの再起動、完了。動力炉出力、安定しています。いつでも解凍プロセスを開始できます」


アーニャ博士がコンソールを操作し、緊張した面持ちで告げる。

「いよいよですね……」

タカギ司令が、ごくりと喉を鳴らす。

「ああ。遥かなる旅人を、起こす時が来た」

博士が、ミカサ船長のカプセルのみを選択し、限定的な解凍シークエンスを入力する。キーを叩く音が、静寂に大きく響いた。

「……対象者、バイタルサイン、オールグリーン。脳波レベル、レム睡眠状態から覚醒深度へ緩やかに上昇中。……生命維持装置、同調率100%」

アーニャ博士は、震える指で最後のエンターキーを押した。

「……解凍プロセス、開始(Thawing Sequence, Activate)。……おはようございます、ミカサ船長」

プシューッ……!!

圧縮空気が抜ける音と共に、白い冷気がカプセルから溢れ出す。

数千年の時を超え、一つのガラスカバーが、ゆっくりとスライドして開いていった。

カプセル内部を満たしていた生命維持用のジェルが、急速に液体へと変わっていく。その中で眠っていたのは、黒い髪を持つ理知的な顔立ちの女性。アークの船長、ミカサ。

彼女は長い睫毛を震わせ、閉じていた瞼の奥で眼球がかすかに動く。脳が、永い眠りから覚醒しようと必死に信号を送っているのだ。

やがて、彼女は肺に空気が入ってくるのを確かめるように、小さく、そして深く息を吸い込んだ。

「……ん……っ……」

うっすらと目を開けた彼女の視界は、まだぼんやりとしている。

見慣れた船内の天井。だが、覗き込んでいるのは、見知らぬ服を着た人々だった。

現代的な軍服を着たタカギ、ラフな格好のアキラ、そして人間とは明らかに骨格の違うドワーフやエルフの科学者たち。

「……!?」

ミカサの全身に緊張が走る。彼女は軍人としての本能的な反応で、瞬時に身を起こそうとしたが、長い眠りで弛緩した筋肉はすぐには言うことを聞かない。

「……ここは……ブリッジ……。状況は……?」

彼女は周囲を見渡し、自分たちがまだアークの船内にいること、そして船が完全に停止していることを確認する。記憶は、大気圏突入時の激しい衝撃と、緊急コールドスリープに入った瞬間で途切れていた。

アキラが、共通言語翻訳機を介して、できるだけ穏やかな声で語りかける。

「……落ち着いてください、ミカサ船長。我々は敵ではありません。……あなた方の船を発見し、保護したこの星の住人です」

「この星の……住人?」

ミカサの視線が鋭くなる。混乱しながらも、その瞳には冷静に状況を把握しようとする強い意志が宿っていた。

「……我々は、あなた方が私たちを見つけてくれた……ということですね。感謝します」

彼女は、まだ自由の利かない身体で、それでも礼儀を尽くそうと頭を下げた。

「……単刀直入に伺います。私たちはあれから、どれくらい眠っていたのですか?」

その問いに、その場にいた全員が息を飲んだ。

ここからが、最も残酷で、そして避けられない真実を告げる時だった。



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