第111話 帰還
―――世界が、白に染まる。
直進する衛星レーザーの光に、俺の風のブレスが融合した。
俺のブレスは、レーザーのエネルギーを包み込み、散逸しようとする光を束ね、さらに圧縮・増幅させる。
科学の光と魔法の風が混じり合い、白と青の美しい螺旋を描きながら、一本の巨大な光の槍へと変貌した。
『……いけぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!』
科竜合一技『スターライト・テンペスト』。
俺の最後の咆哮と共に、その光の槍はデボアラーの心臓を覆うエネルギーの嵐を切り裂き、その中心にある蒼白い制御核へと、正確に、そして深々と突き刺さった。
ピシッ、と核に小さな亀裂が入る。
それが合図だった。
制御を失ったエネルギーコアが、無限の連鎖爆発を開始する。
ドクン、ドクンと、怪物の心臓が断末魔のように脈打ち、内側から凄まじい光と共に膨張していく。
『……やったか……!』
俺は勝利を確信した。
だが、同時に俺の身体も限界だった。
全ての力を使い果たし、俺はその場にふわりと漂う。
そして、俺の身体を、背後から迫る核爆発の光が飲み込もうとしていた。
逃げる魔力は残っていない。
俺は、最後の気力を振り絞り、翼を体に巻き付けるようにして防御態勢を取った。
鱗を硬化させ、筋肉を鋼のように引き絞る。
来い、衝撃波! 俺の身体は、そう安くはないぞ!
カッ!!!!
全てを白く塗り潰す閃光。
そして、星が砕けるような衝撃が、俺の身体を襲った。
熱い。
まず感じたのは、魂の芯まで焼き尽くすかのような、圧倒的な熱だった。全身の鱗が蒸発し、皮膚が焼け爛れる。魔力で形成した最後のヴェールも、一瞬で消し飛んだ。
痛い。
次に、物理的な衝撃が遅れてやってきた。巨大な鉄槌で全身を同時に、そして何度も叩き潰されるような感覚。骨が軋み、内臓が破裂しそうなほどの圧力が、俺の巨体を内と外から容赦なく蹂躙する。
身体が、千切れそうだ。
だが、俺は耐えた。
意識が飛びそうになるのを必死で繋ぎ止め、ただひたすらに、耐え抜いた。
爆発の衝撃で、俺の身体は弾き飛ばされた。
宇宙空間を、木の葉のように舞いながら、デボアラーの残骸と共に吹き飛ばされていく。
どこへ向かっているのかもわからない。ただ、闇の中を、回転しながら、ひたすら流されていく。
視界が、急速に暗くなっていく。
身体の感覚が、一つ、また一つと消えていく。
熱さも、痛みも、もはや感じない。ただ、凍えるような寒さだけが、身体の芯に残っていた。
俺の意識は、深い、深い闇の中へと沈んでいった。
地上の司令室では、メインスクリーンに映し出された光景に、誰もが言葉を失っていた。
デボアラーの巨体は、内部からの大爆発によって木っ端微塵に砕け散り、巨大な塵の雲となって宇宙空間に拡散していく。人類の脅威は、確かに去った。
歓声が上がるはずのその場所は、水を打ったように静まり返っていた。
なぜなら、スクリーンの一角に表示されていた、ヴァイスのバイタルサインを示す青い光点が、爆発の光と共に完全に消失してしまっていたからだ。
「……ヴァイス殿の……生命反応、ロスト……」
オペレーターの一人が、震える声で報告する。
その一言が、司令室の空気を凍てつかせた。
「嘘だろ……」
アキラが、力なくその場にへたり込んだ。顔から血の気が引き、その瞳からは光が消えている。
「……そんな……。約束したじゃないか……。帰ってくるって……」
タカギも、アーニャも、そしてその場にいた誰もが、ただ無力に、ヴァイスの反応が消えた漆黒の宇宙空間を見つめることしかできなかった。
勝利の代償は、あまりにも大きすぎた。
どれくらいの時間が経っただろうか。
……真っ暗だ。
冷たい。何も感じない。
俺は、死んだのか?
そうか、これが死か。かつてレンとして味わった、あの無に還る感覚。
これで、終わりか。
カイル、リリ、アキラ……。すまない、約束を、守れなかった。
俺の意識が、最後の灯火を消そうとした、その時。
いや、微かに聞こえる。誰かの声が。
それは、耳で聞く音ではない。魂の奥深くに、直接響いてくる、無数の想いの奔流。
『……ヴァイスさん! ヴァイスさん! しっかりしてくれ!』
アキラの声だ。絶望の淵で、それでも俺の名を呼び続ける、相棒の魂の叫び。
『……お願い、目を覚まして! ヴァイス殿! 君がいなければ、この勝利に意味はないのだ!』
タカギの声だ。いつも冷静な彼が、感情をむき出しにして俺に呼びかけている。
『……まだだ! 諦めるな! ヴァイスは、そんなヤワな奴じゃないはずだ!』
千年前の、カイルの声。太陽のように熱い、不屈の勇者の声が、俺の凍てついた魂に火を灯す。
『……希望の翼なんでしょう? もう一度、飛んでみなさいよ!』
五百年前の、リリの声。真っ直ぐで、決して諦めない少女の声が、砕けた俺の翼に力を与えようとしている。
『……待ってるんだよ、みんな!』
アキラの最後の叫びが、俺の意識を強烈に現実に引き戻した。
約束。
そうだ。俺は約束したんだ。
こんなところで寝ている場合じゃない。
俺は、鉛のように重い瞼を、最後の気力を振り絞ってこじ開けた。
そこには、漆黒の宇宙と、遠くで輝く青い星があった。
俺は生きていた。ボロボロだが、まだ心臓は、か細く、しかし確かに動いている。
身体が痛い。翼も片方折れているかもしれない。
だが、帰らなければ。
あの美しい星へ。俺を待つ仲間たちの元へ。
『……よう、アキラ。……大声出すなよ、頭に響く』
俺がテレパシーを送った瞬間、地上の司令室は爆発的な歓声に包まれた。
『……ヴァイスさん! 生きてた! よかった……本当によかった……!』
アキラの、涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった泣き声が、俺の心に温かく染み渡った。
『ヴァイス殿! 今、君の座標を特定した! 地球の重力圏に捕らわれている! このままでは、燃え尽きてしまうぞ!』
タカギの焦った声が響く。
そうだ。俺は今、ただの燃える鉄屑となって、故郷の星へ落下している最中なのだ。
俺は、残った魔力を、魂の底からかき集めた。生命そのものを燃料にするように、最後の力を練り上げる。
大気圏再突入のためのバリアを張った。
重力に引かれ、俺の体は赤い炎に包まれる。
熱い。だが、この熱さは「生」の証だ。
雲を突き抜け、空気が戻ってくる。
轟音と共に、俺の身体が青い空を切り裂いていく。
翼は穴だらけで、まともに飛べる状態じゃない。
それでも、俺はボロボロの翼を広げ、必死で風を掴んだ。
滑空するのではない。ただ、落下速度をわずかでも殺すために。
見えてきた。
懐かしい故郷の星の、青い海に浮かぶ、あの人工島が。
地上では、俺を迎えるために、無数の消防艇や救助ヘリが待機しているのが見える。
「……はぁ、はぁ……。……ただいま……」
俺は、滑走路へと滑り込んだ。
着地の衝撃を殺しきれず、激しく地面を擦りながら、それでも俺は倒れずに踏みとどまった。
ズザザザザッ……!
数百メートルにわたって深い溝を地面に刻み、ようやく俺の巨体は動きを止めた。
土煙が舞う中、俺はゆっくりと顔を上げた。
そこには、俺の帰りを信じて待っていた仲間たちの姿があった。
俺の周りに駆け寄ってくる、涙と鼻水でぐしゃぐしゃになりながら俺の名を呼ぶアキラ。
帽子を振り回し、安堵の表情で叫ぶタカギ。
そして、その向こうのフェンス越しには、人間も亜人も関係なく、手を取り合って歓声を上げる無数の人々の姿があった。
「ヴァイスさん!!」
アキラが、焼け爛れた俺の首筋に、それでも構わず抱きついてくる。
「……やった……! やったな、相棒……!」
『……ああ。……帰ってきたぞ』
俺は、弱々しく、しかし確かにテレパシーを送った。
『……よう、アキラ。……約束通り、帰ってきたぞ。……腹が減って、死にそうだ』
アキラは泣き笑いのような顔で、親指を立てた。
「……ああ! とびきり美味いステーキを、山ほど用意するよ! ……おかえりなさい、ヴァイスさん!」
風が吹く。
それは、新しい時代の始まりを告げる、優しい風だった。
だが、俺たちの物語はまだ終わらない。
目覚めた古代人たちと、この星の人々。新たな出会いと、まだ見ぬ未来が、俺たちを待っているのだから。




