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白き風竜はときをゆく〜ドラゴンに転生した俺の悠久譚〜  作者: やまぐっち
【第三部 覚醒のサイバー・パンク編】星を渡る船

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第105話 未来への架け橋

 プロジェクト『アーク』が発足し、地底深くの宇宙船の存在が最高機密として封印されてから、季節が一つ、また一つと巡っていった。

世界は、デボアラーという真の脅威の影を知らぬまま、束の間の、しかし確かな平和を謳歌していた。そして、その平和の裏側で、人類の未来を左右する壮大な計画が、静かに、しかし着実に進行していた。


 新ガイアポリス沖に浮かぶ人工島。俺の住処である巨大な格納庫は、今やプロジェクト『アーク』の地上における前線基地となっていた。

 俺が翼を休める巨大なクッションの傍らには、アーニャ博士の研究チームが持ち込んだスーパーコンピューターが何台も並び、青白い光を明滅させながら、地底のアークから送られてくる膨大なデータを昼夜を問わず解析し続けていた。


 彼らが解析しているのは、まだクルーたちが眠る船そのものから得られる、限定的な情報――船体の構造、材質、そして墜落前に記録された航行ログの一部などだ。それでも、そこから得られる知見は、この星の科学を数十年は先に進める可能性を秘めていた。


『……アーニャよ。また徹夜か?』

 

 ある日の昼下がり、研究に没頭する彼女の背中に、俺はテレパシーで声をかけた。彼女は目の下に深い隈を作りながらも、その瞳は少女のようにキラキラと輝いている。


「あら、ヴァイス殿。お目覚めでしたか。ええ、少しだけ……。ですが、やめられないのです。まるで、神の書庫を閲覧する許可を得たようなものですから。一日が48時間あっても足りませんわ」


彼女は興奮気味に、手元のホログラムスクリーンを俺に見せた。そこには、複雑な金属の分子構造が映し出されている。


「今解析しているのは、アークの船体を構成する超硬度合金のデータです。自己修復機能を持つ、未知の金属……。これがもし再現できれば、我々の建築技術や防衛システムは根底から覆ります。そして、この技術こそが、デボアラーの脅威からこの星を守る、最初の盾になるかもしれません」

『……危険はないのか? デストロイドラゴンの二の舞になるのは御免だぞ』

「ご心配なく。そのための私達です。過去の過ちを繰り返さぬよう、安全性を最優先に、一歩一歩、石橋を叩いて進んでいます。この技術は、必ずやこの星の光となるでしょう」


 そんな慌ただしい日々の中、俺とアキラには、新たな使命が与えられた。


「―――つまり、俺とヴァイスさんが、この星の『お目付け役』ってわけですか?」


 統合軍司令部のブリーフィングルーム。タカギ司令の説明を聞き終えたアキラが、腕を組んでそう問い返した。


「お目付け役、というよりは『調停者』であり『架け橋』だ、アキラ君」


 タカギは、巨大な世界地図のホログラムを指し示した。地図の上には、いくつかの紛争地域が赤く点滅している。


「アーニャ博士たちの研究が進めば、やがてこの星は大きな変革の時を迎えるだろう。だが、急激な変化は、必ず新たな歪みや軋轢を生む。富める者と、変化に取り残される者。新しい技術を独占しようとする者と、それを恐れる者。……我々が地球の同胞たちを平穏に迎えるためには、まず、この星自身が安定し、成熟しなければならない」


 彼は、俺の巨大な姿を真っ直ぐに見据えた。


「ヴァイス殿。貴殿には、我々人類の手だけでは解決が難しい、根深い対立や紛争の地へ赴いていただきたい。貴殿という絶対的な存在の前では、いかなる権力者も、頑固な部族長も、そのちっぽけなプライドを捨て、同じテーブルにつかざるを得ないでしょう。……力でねじ伏せるのではない。対話の『きっかけ』を作ってほしいのです」


俺の新たな役目。それは、この星の未来のための、壮大な根回しだった。


『……ふん、人間同士の小競り合いに、この俺を担ぎ出すとはな。随分と高くついたお目付け役だ』


 俺がわざと尊大に言うと、タカギは深々と頭を下げた。


「その対価は、この星の平和で支払わせていただく」

「面白そうじゃないか!」


アキラが目を輝かせた。

「世界中の厄介事を、ヴァイスさんと一緒に解決して回る旅! これ以上の冒険はないぜ! 任せてください、司令! 俺がヴァイスさんの最高のリエゾン役を務め上げます!」


 こうして、俺たちの新たな旅が始まった。それは、古代遺跡の謎を追う冒険とは違う。この星に生きる人々の心に触れ、未来を紡ぐための旅路だった。


最初の目的地は、大陸西部の砂漠地帯、オアシスを中心に栄える交易都市『アル・サラム』。


「うわー……暑い……。フライパンの上にいるみたいだ……」


 灼熱の太陽が照りつける砂漠の上空で、俺の背中に乗るアキラが悲鳴を上げた。俺は彼が日射病にならないよう、風の魔力で涼しい空気の層を作ってやった。

 眼下には、黄金色の砂丘がどこまでも続き、その真ん中にエメラルドのように輝く点が見えてきた。オアシスだ。そして、その周囲に築かれた、白い壁とドーム屋根が美しい交易都市『アル・サラム』。

この都市は、古くから水の利権を巡り、人間の領主と、砂漠の遊牧民である獣人たちとの間で、何世代にもわたる血で血を洗う紛争が絶えない土地だと聞いていた。


 俺は、すぐには都市に近づかず、まずは上空から街の様子を窺った。

 都市の中は、人間の商人や兵士たちで活気に満ちているように見える。だが、その城壁の外、オアシスを挟んだ反対側には、獣人たちが張ったと思われる質素なゲル(移動式住居)の集落が点在し、両者の間には目に見えない緊張の線が引かれているのが見て取れた。


『……アキラ、どうやら連中は、俺たちの来訪にまだ気づいていないようだ。いきなり街の真ん中に降りてパニックを起こすのは得策じゃないな』

「そうっすね。まずは、こっちの存在を知らせて、彼らの出方を見ましょうか」


 俺はアキラの提案に従い、都市から数キロ離れた、ひときわ巨大な砂丘の頂上へと、静かに舞い降りることにした。

 俺の巨体が着地する衝撃で、サラサラの砂が巨大な波紋のように広がり、美しい風紋をわずかに乱す。


そして、俺は天に向かって、一度だけ、短く咆哮した。


「グルルルルル……オオオオオオンッ!!」


 それは威嚇ではない。ただ、自らの存在を知らせるための、腹の底から響く、しかし抑制の効いた雄叫び。その竜の鳴き声は、砂漠の熱い大気を震わせ、地平線の彼方まで響き渡っていった。


 都市の反応は、即座だった。

まず、城壁の見張り台から、警戒を告げる甲高い鐘の音がけたたましく鳴り響いた。その音は瞬く間に連鎖し、都市全体が巨大な蜂の巣をつついたような騒ぎに包まれる。

 門が固く閉ざされ、城壁の上には弓や、この時代ではまだ珍しい原始的な火薬銃を手にした兵士たちがずらりと並び、俺の姿を遠巻きに睨みつけている。


 一方、オアシスの向こう側の獣人たちの集落からも、戦いを告げる角笛の音が鳴り響き、屈強な戦士たちが湾曲したシャムシールを抜き放ち、臨戦態勢に入った。

 彼らは、俺をどちらかの勢力が呼び寄せた「兵器」だと勘違いしているのかもしれない。


 砂漠の静寂は破られ、二つの勢力が俺という未知の存在を挟んで睨み合う、息の詰まるような緊張感が、熱風と共に砂丘を吹き抜けていく。


「……さて、どうしたもんかね、ヴァイスさん。どっちも完全にこっちを敵だと思ってるみたいだ」


 俺の背中の上で、アキラが額の汗を拭いながら呟く。


『……ふん、好都合だ。まずは、双方の指導者に出てきてもらわねば、話にならんからな』


 俺は動かなかった。ただ、砂丘の頂上に堂々と鎮座し、彼らの次の行動を待つ。巨大な白い山のように、圧倒的な存在感を放ちながら。


 数時間後、太陽が真上に昇り、砂漠の熱気が頂点に達した頃。しびれを切らしたように、双方から数名の使者と思われる一団が、恐る恐る白旗を掲げながら、俺の元へと近づいてきた。


 人間の使者は、豪華な絹の服を着た文官。獣人の使者は、年老いた賢者のような風貌の狼の獣人だった。彼らは、俺の巨大な姿を前にして顔を青くし、足をもつれさせながらも、それぞれの指導者の言葉を伝えに来たのだ。

 そして、さらに数時間後。双方の準備が整い、ついに指導者たちが自ら、俺の前に姿を現した。


「……伝説の守護竜、ヴァイス様が、なぜこのような場所に……」


 砂漠の民の族長である、白銀の鬣を持つ壮年の獅子獣人が、俺の前に進み出て、恭しく膝をついた。彼の威厳ある顔には、困惑と警戒の色が浮かんでいる。


「……ヴァイス様。この度の紛争は、全て彼ら人間どもの強欲さが原因。我らはただ、祖先から受け継いだこの聖なるオアシスを、彼らの汚れた手から守りたいだけなのです。彼らは水を金儲けの道具としか考えていない!」


「何を言うか! この獅子頭!」


 人間の領主も負けじと声を張り上げる。恰幅のいい身体に豪華な衣装をまとっているが、その目は商人のように鋭い。


「我々は、あんたたちのような時代遅れの排他的な連中から、この大陸の重要な交易路と、そこに生きる市民の生活を守るために戦っているのだ! 水は万人のものであり、正当な対価を払って利用するのは当然の権利だろう!」


 俺は、彼らの言い分を黙って聞いていた。どちらにも、守るべきものがあり、譲れない正義がある。力でどちらかをねじ伏せても、憎しみの連鎖が生まれるだけだ。それは、五百年前の世界で俺が学んだことだった。

 俺は、どちらか一方の肩を持つことはしなかった。ただ、静かに、しかし抗いがたい威厳を込めて、テレパシーで彼らの心に直接語りかけた。


『……どちらの言い分も、一理ある。だが、お前たちは最も重要なことを見失っているのではないか?』


 俺の声に、二人はハッとして顔を上げる。


『……水は、誰かのものではない。この星が、お前たち全ての命に等しく与えた恵みだ。それを巡って同胞が血を流すことほど、この星を悲しませることはない』


 俺はそこで一度言葉を切り、彼らの心の奥底に問いかける。


『……思い出せ。お前たちの祖先は、かつて同じ太陽の下で、同じ水を飲み、共に笑い合っていたはずだ。いつから、そのことを忘れてしまった? ……一度、武器を置き、同じテーブルについて話し合ってみてはどうだ? いがみ合うのではなく、共にこのオアシスを守り、豊かにしていく道を、共に探すのだ』


 俺の言葉は、命令ではなかった。ただの、提案だ。

だが、その言葉には、千七百年の時を超えて、数多の愚かな争いと、尊い和解を見届けてきた重みがあった。

 俺の巨体に見下ろされながら、二人の指導者はしばらく押し黙っていたが、やがて獅子の族長が苦々しげに、しかし諦めたように言った。


「……ヴァイス様のお言葉とあれば、信じよう。……一度だけ、この欲深き人間の話を聞いてやる」

「ふん、こちらとて同じことだ。ヴァイス様の御前で無様な真似はできんからな。……俺たちも、少し意地を張りすぎていたのかもしれねえな」


 人間の領主も、バツが悪そうに頭を掻いた。

その日の夜、アル・サラムの広場では、数十年ぶりとなる人間と砂漠の民の合同の宴が開かれた。

俺は、彼らが感謝の印として捧げてくれた、山のように積まれた香辛料たっぷりの羊の丸焼きを巨大な口で頬張り、その骨付き肉の美味さに満足げに喉を鳴らした。アキラはと言えば、透き通るようなヴェールをまとったエキゾチックな踊り子たちに囲まれ、デレデレと鼻の下を伸ばしながら、椰子の酒を勧められている。


『……アキラ、飲みすぎるなよ。明日の朝、頭が割れても知らんぞ』

「へへっ、いーじゃないすか、ヴァイスさん! たまにはこういうのも! これも大事な異文化コミュニケーションですよ!」


 焚き火の光が、肌の色の違う、毛皮に覆われた、鱗を持つかもしれない、様々な種族の笑顔を等しく照らし出していた。俺は、この光景が見たかったのだと、心の底から思った。

世界は、ゆっくりと、しかし確実に変わりつつあった。


 俺の旅は、この星に生きる人々の心に、融和と対話という小さな種を蒔いていく旅でもあった。

その種が、いつか地球の同胞たちを迎える頃には、大きな平和の花を咲かせていることを、俺は願わずにはいられなかった。


 ある日の夕暮れ。

旅の途中で立ち寄った新ガイアポリスの、最も高い摩天楼『スカイ・クレイドル』の頂上。俺とアキラは、ヘリポートに座り込み、地平線に沈みゆく巨大な夕日を眺めていた。

 街には無数の明かりが灯り始め、眼下に広がる光の海は、まるで地上の天の川のように、どこまでもどこまでも続いていた。


「……平和だなあ」


アキラが、キンキンに冷えた缶コーヒーを片手に、しみじみと呟いた。


「俺、トレジャーハンターやっててよかったよ。こんな景色が見られるなんてさ。昔は、ただ古代のガラクタ掘って一攫千金狙うことしか考えてなかったのにな」

『……そうだな。お前も少しは大人になったということだ』

「へへっ、ヴァイスさんのおかげですよ。……あんたっていう、最高の『お宝』を見つけちまったんだから」


 俺たちは、しばらく黙って眼下の絶景を眺めていた。

争いのない世界。誰もが明日に希望を抱いて眠れる世界。


 この平和が、永遠に続けばいい。

俺は、千七百年の生涯で、初めて心の底からそう願っていた。

竜としてではなく、かつて人間だったレンとしてでもなく、ただ、この世界を愛する一存在として。

だが。

 運命というのは、いつだって、あまりにも残酷で、そして唐突なものだ。

俺たちの築き上げたささやかな幸福を、そしてこの星の未来を根こそぎ奪い去ろうとする、真の絶望。

宇宙の深淵からの使者は、俺たちがこの平和に安堵している間も、音もなく、静かに、その牙を研ぎ澄ましていた。


その影が、すぐそこまで迫っていることを、まだ誰も知らなかった。



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