精霊人
「シルフ……ですって? まさか、先ほどの死にぞこないの精霊なのですか? 貴方は?」
「ミラル、だったっけ? そうだよ。君の言う通り、ボクは君によって、さっきまで死にかけてた、あのシルフだよ」
シルフの当たり前だろ? と言うかの様に言った言葉にミラルは驚いた様に目を見開く。
「先ほどまで死にかけてた貴方が何故……。いえ、それよりも、大きさが変わって」
「教えるわけないじゃん。ただ、一つ言えることがあるとするなら、ボクはパワーアップして、帰ってきたっていうところくらいだよ」
「キサマノ魂、ヨコセ!」
会話を遮る様にレギオンはシルフ……? いや、シルフィードになったんだっけ?
いや、この際シルフでいい!
レギオンはシルフへと襲い掛かる。
恐らく……いや、間違いなく、自身の中にあるシルフの魂が欠けた状態なのだと、目覚めたシルフを見て、確信したんだ。
倒れていたシルフを見た時は弱っているおかげで、そんなものを感じ取ることはなかったが、今は違う。
シルフはウィリデと融合することによって、力が戻った……いや、本人はパワーアップしたって言ってるし、パワーアップしたことによって、取り損ねた魂があったのだと感じ取った様だ。
走って近づいてくる敵に対し、未だに視線はミラルに向けたまま。
「シルフ、危ない!」
「あ、そうそう、ユージにもお願いがあってさ」
「ヨソミトハ、ヨユウダナ!」
「メイ! スイム! ルフェ!」
「わかってるよ!」
「今、援護に入るみゅ!」
「行きます!」
三人の魔人の名を呼び、その三人が行動に出ようとした時だ。
「大丈夫。ボクのこと信じてよ」
そういったと同時にレギオンが両手でシルフを掴んだ……と思った瞬間、シルフの体は風となり、その場から消える。
その光景に俺だけでなく、レギオンやメイたちも驚いている。
次の瞬間には、俺の隣に風が吹く感覚がして、そちらへと視線を向けると、風から実体へと戻ったシルフが姿を現した。
「ね? 大丈夫でしょ?」
「い、一体何が……!?」
俺が声を上げるよりも先に驚いたのはミラルの方。
まさか、風になって空気中へと消えて、別のところで実体を出現させるなんて、誰が思うだろうか。
誰も思わないだろうが、俺自身は似た現象を見たことがある。
【貴方の予想通りです。彼女は個体名:ウィリデと融合して、『精霊人』となったことにより、新たにユニークスキル『空気の体』と『大気操作』の所得を確認しました】
やっぱり……そういうことか。
シルフの体を構成しているのは、元々はウィリデの体。
精霊の体は元々は魔力で出来ていたから、融合する際にはシルフの体の方は魔力として消えたに違いない。
だからこそ、風の様な体を持つことができた、というわけだ。
「あ、その顔、ユージは気付いた様だね。その顔、敵の方に向けちゃダメだよ? ボクの秘密がバレちゃうからね」
「いや、わかってるよ。俺の考えは読まれやすいっていうのは……。それで用事ってのは?」
何が起こったのか、理解しようとして、混乱しているミラルとレギオンに注意を向けながら、シルフへと視線を向ける。
「あ、そうそう。その話なんだけどさ、君にお願いがあるっていうのは」
「……ッ! キサマ、ナニヲシタァァァァ!」
レギオンは考えるのを放棄したのか、こちら目掛けて走り出してくる。
だが、シルフは我関せずと言う感じでレギオンには目もくれず、ずっと俺を見ている。
「契約は繋がったままなんだけど、この体の所有権がボクになったせいか、少し繋がりが薄くてさ」
「ムシヲスルナァァ!」
「コレをしっかりとしたものにするためにも」
間合いへと入り、レギオンがシルフへと掴みかかろうとした瞬間、シルフがゆっくりと手だけをレギオンの方へと向ける。
その瞬間、手の中に形成されるのは風の砲弾。
「話の邪魔しないで。『風の一撃』」
一撃だ。
メイでさえ、苦戦したレギオンを魔法の一撃で吹き飛ばし、壁にめり込ませる。
レギオンの胴体には先ほどの一撃によって、大きな穴が出来ている。
だが、その傷は修復をはじめ、自身にできた風穴を塞ごうとしている。
その間にと、再びこちらへと視線を向けるシルフ。
「で、コレなんだけど」
そういって見せてきたのは、いつの間にか、シルフの羽にできていた契約の証。
だが、それはメイたちと少し違うところがある。
その違うところというのが、色が落ちたかの様に薄い色なのだ。
そういえば、シルフがさっき自分が体の主導権となったことで契約はそのままだが、繋がりが薄くなったのを感じるって言ってたな。
手の甲に浮かんでいる紋章へと目を向け、意識を集中させてみると、確かにシルフの言う通りだ。
他の繋がりと比べると、シルフとの繋がりは薄く、まるで細い一本の糸で繋がっている様な感覚だ。
いつ切れてもおかしくないって感じでもある。
「そう、気付いた? というわけでボクからするお願いは」
「興味深い……! 実に興味深いですね! 先ほどまで死にかけてたシルフが何故、そんな姿になっているのか! それも魔力量も、小さい時の比ではありませんね。一体何をしたのかはわかりませんが、その魂をぜひレギオンに捧げ、魔王をも、天使どもをも殺す存在へと成長」
「話の腰を折らないでほしいな?」
シルフは腕を一振りすると、長々と喋り出していたミラルの声が聞こえなくなる。
口は動いているから、喋ってはいるのだろうが……一体どういうからくりだ。
【『大気操作』によって、こちらと向こうの間に真空の壁を生成したと思われます。彼自身は興奮気味に声を荒げていますが、こちらへ届くまでの間に真空の壁があるために聞こえないんです】
なるほど……声や音が聞こえるのは空気の振動によるものっていうのを学校で習った覚えがあるな。
だからこそ、間に真空状態の壁が出来れば、声が届かないのも当然だ。
にしても、『大気操作』か……。
やろうと思えば、魔力を使わずに竜巻とかも巻き起こせそうだな。
「まぁ、できるって言ったらできるかな。コレを使えば、街一つ消し飛ばす竜巻さえ生成できるよ? 魔力も使わないんだから、お得だよね」
また心読まれたとか思うよりも、怖いと思ってしまうよ。
最早歩く天災じゃないか、コイツ。
「今はそこじゃなくて、ボクが言いたいのは再契約? いや、ボク自身がこの肉体の持ち主になってしまったから、弱まってるだけだから……。元シルフである、ボクと契約してほしいんだ」
「え? あ、あぁ……。別にいいけど。本当にいいのか?」
「消える前に言ったでしょ? ボクはこの森の事件が解決したら、君についていく気満々だったって。なんてたって、君は面白い。それに君は色んなところがボクの好きなタイプだからね」
「アハハ……。そういってもらえて嬉しい限りだよ」
友好的な意味での好きでいいよな?
精霊の時からも思っていたことだが、シルフは美女? いや、美少女と言った方がいいくらいの可愛らしい顔立ちをしている。
今、シルフが着ている服も精霊の時の服装そのままのため、薄着なのだが、少し困ったことが。
小人サイズの時は気にしていなかったのだが、人間サイズになったことによって、どうしても男として、目が行ってしまう場所がある。
胸……である。
少し大きめと思える胸が薄着を持ち上げて、強調しているのだ。
真面目な話をしている時は何とかなるが、ふとした瞬間に目が行ってしまう時がある。
いや、今はそんなことを考えてる場合じゃない。
「シルフ様、その肉体がウィリデのがベースだとするのなら、もう既に名前を持っていて、契約を成されていると言うことになるのでは?」
「いや、違うね。アレはウィリデ自身の『魂』に刻み込まれた情報……名前だよ。ボクと混ざり合い、魂、魔力、肉体、力……。ありとあらゆるものが融合した結果、もう別物なんだ。後は魂はその肉体の持ち主になった者に書き換わるんだ。だからこそ、ボクじゃなく、ウィリデが消えなかったら、契約が弱まってる、なんてことはならなかったけどね」
「……そういう理由なら、わかった。契約しよう」
「ありがとう。あ、後一つお願いがあるんだ」
「お願い?」
一体、何のお願いだと言うのだろうか。
「ウィリデの名はこのまま残して、ボク自身に別の名前を。簡単に言うと、人間でいうところのウィリデをファミリーネームにさせてもらうのさ。苗字ともいうね」
「私と同じということですね。私がユージさんからルシフェルの名を授かって、今はルフェ・ルシフェルと名乗っている様に」
「そういうこと」
「そういうことなら、わかった」
シルフが望むなら、それでいいのかもしれない。
それにウィリデの名を遺すことで、ウィリデはまだここにいるんだって感じ取れる気もするし。
「なら、シルフ、契約だ。名前はフィリア―――『フィリア・ウィリデ』だ」
「フィリア・ウィリデ……。いいね、気に入ったよ! 今日からボクは君のテイムモンスターであり、友である。『フィリア・ウィリデ』だよ!」
瞬間、俺とシルフ―――フィリアの足元に魔法陣が展開され、薄くなっていた契約の紋章が色を取り戻し、契約が確かなものとなったことがわかる。
フィリアはそれを確認すると、満足げに頷き、レギオンへと視線を向ける。
レギオンはフィリアによってできた風穴が塞ぎ終わった様で、ゆっくりと立ち上がると、フィリアを睨みつける。
怒りが籠った様な目でだ。
「じゃあ、あそこで未だに長々語っている奴は無視して、レギオンだっけ? 深淵から来たか、何かは知らないけど、ボクが相手になってあげるよ。せっかくだから、ボクの強さをユージに、それに先輩たちに見てもらわないといけないからね」
笑みを浮かべながら、身構えるフィリアに対し、レギオンの顔全てがフィリアから視線を外す。
その先にいるのは、真空の壁のせいで何を言っているか聞こえない、長々と語っているミラル。
一体何をしようとしているんだ?
レギオンの急な行動に疑問を持つと同時に一歩、怪物はミラルの方へと歩き出した。
ミラル自身もレギオンが自身へと近づいているのに気付いた様で、そちらへと視線を向ける。
だけど、急にどうして、レギオンはミラルの方へと……?
何故かわからないが、嫌な予感がする。
「ユージ、何故、あの怪物は急にミラルの元へと行っているのでしょうか? 先ほどまでは命令に従っていたのに」
「わからない……。わからないけど、嫌な予感はする。敵だけど……フィリア!」
「ボクを利用した奴を助けるのは癪だけど……君からのお願いじゃ、仕方ないね!」
フィリアが動き出すと同時にレギオンも走り出し、ミラルへと手を伸ばす。
フィリアは手をレギオンへと向けると、その手には雷電が溢れ出す。
雷まで扱える様になったのかよ……。
【『風の乙女』の時は風の概念の具現化のために風しか扱えませんでしたが、今は精霊と魔人の融合体、『精霊人』であるが故に雷も扱える様になりました。雷の精霊が見たら、驚きそうですね】
そりゃ、驚くだろうな。
フィリアは溜め込んだ雷撃を放つ魔法———『雷撃』を放ち、レギオンへと迸る。
「グオオオオオ!?」
ライトニングが直撃し、レギオンは痛みからか、悲鳴をあげるが、変わらずミラルへと手を伸ばす。
ミラル自身も異様な何かを感じ取ったのか、逃げ出そうと背を向けた時だ。
ミラルへと向けていた手の口が開いたと同時にミラルの動きが停止する。
その場で倒れてしまい、ピクリとも動かなくなる。
一体何が……まさか。
【ハイ、そのまさかです。真空の壁のおかげでこちらへの被害はありませんでしたが、『深淵大群』は『深淵の咆哮』を使いました。それにより、ミラルの精神は汚染され、自我が崩壊したものと思われます】
「そこまでして、一体何を……!」
「ユージさん、私も行きます。敵とはいえ、アレは見逃せません」
「ルフェ、私も行くよ!」
「スイムも行くみゅ!」
「ガウッ!」
ルフェが飛び出し、それに続く様にメイ、スイム、ノワールも飛び出していく。
ルーフスとフラウム、アルフは俺とエリーナの元に来て、護衛という感じにいる。
三人と一匹がレギオンへと距離を詰めていこうとすると、メイたちの方にある顔が全て口を開く。
幾つかは風をため込んでおり、他は……まさか!?
「メイ! 『抵抗の咆哮』だ! ルフェ、スイム、ノワールはメイの後ろに移動しろ!」
「ッ! わかった!」
「かしこまりました」
「了解みゅ!」
「ガウッ!」
メイたちは俺の指示に従って移動し、メイは思いっきり息を吸い込む。
『AAAAAAAAA!』
「ワアアアアアアアアアア!」
放たれた風の咆哮と『深淵の咆哮』。
それに対して、メイの『抵抗の咆哮』がぶつかり、打ち消そうとする。
だが、相手の方が数が多いせいか、メイは声を上げながら、辛そうな顔をしている。
「援護します。『浄化の息吹』」
魔法陣が展開され、そこから放たれるのは魔力の光の粒子。
それがメイの咆哮に乗る様な形で押し出され、向こうの攻撃とぶつかり合うと、相殺したのか、風が打ち消される。
恐らくだが、『深淵の咆哮』も打ち消されたのだろう。
「イタダキマス」
聞こえてきた、その一言にレギオンへとすぐさま視線を向ける。
ミラルを両手で持ち上げ、レギオンの体が真ん中から縦に割れる。
捕食する気なのか……!?
ミラル自身は自我が崩壊したために、悲鳴も、抵抗する仕草さえも見せることはない。
レギオンは見せつける様にこちらへと向いて、ミラルを中へと入れる。
その瞬間、中から大量の黒い手が現れ、ミラルを動けない様に固定し、それと同時にレギオンの体が閉じられる。
そして、次の瞬間、レギオンの体のてっぺん―――本来なら頭がある場所が盛り上がり、そこから姿を現したのは苦痛に歪んだ顔。
どことなく、ミラルの顔に見える気はするが……まさか、取り込むなんて。
「これで新たな魂を取り込むことができた」
「しかも、流暢に喋り出しやがった……」
「恐らくだけど、新たな魂を取り込んで、更に強力になったっていうことなのかな」
マジかよ……。
フィリアの推測に、俺は苦笑いを浮かべるしかない。
ということは、あの顔は先ほど取り込んだミラルの魂で体を構成して……?
待てよ、魂で体を構成しているって、言ってたよな?
ということは、あの体は……魂で出来た肉体?
「メイ、スイム、ルフェ、ノワール! こっちに来てくれ!」
俺の声に反応し、メイたちはその場から素早く離脱し、俺の元へとやってくる。
「どうしたの、ユージ?」
「良い作戦を思いついた。聞いてくれるか?」
「作戦ですか。ユージさんの作戦がどんなものか、気になりますね」
「うみゅ。ご主人様の指示は的確だし、きっとうまく行く作戦に違いないみゅ」
「ガウッ」
そこまで期待されると、逆に失敗した時が怖いんだけど。
「ボクは一人でも十分なんだけどなぁ。ユージにボクの力を見せて、褒めてもらいたいし?」
「ダメだ。つうか、お前……そういうキャラだったか?」
「長い間一人だったからね。甘えたいんだよ」
「……そういうことにしとくわ」
とりあえず、確実な方法を取るのが一番だ。
「なら、言うぞ。この作戦の要はメイ……お前だ」
「え? 私?」
俺の言葉にメイは驚いた様に目を点にして、小首を傾げた。




