融合体
「ウィリデにシルフを捕食させる……!?」
「シルフ様、何を言ってるんですか!?」
シルフの放った言葉に俺とエリーナは驚きを覚え、思わず聞き返してしまう。
ウィリデに捕食させるって一体何を考えてるんだ。
「まぁ、わかるよ……。コイツ、何を言い出してるんだって思っていることはさ……。ちゃんと理由もあるけど……説明する時間も惜しい……! ボクの……気合と根性が持っている間に……! 何とかして……ウィリデにボクを捕食してもらわないと……!」
「それだけで、ハイ、そうですか。わかりました。とか言えるかよ! なんでウィリデに捕食してもらう必要があるんだ!? 理由を教えてくれなきゃ困る!」
「だからぁ……時間が……ないんだから……ボクの言う通りに……」
「なら、これでどうでしょう」
シルフが言い切るのを遮る様にエリーナがそっとシルフに触れる。
手からは淡い光が溢れ出し、それがシルフへと流れ始めており、シルフの消滅の勢いが弱まる。
エリーナは一体何をして。
【恐らくですが、魔力をシルフに与えることで存在を保てるように補助しているのでしょう。この森のエルフは『風の乙女』の守護の元過ごしてきた一族です。彼女にとって、エリーナの魔力は一番馴染みやすいものかと思います】
「復活はできないでしょうが、姿形を保たせる程度の魔力を与えることくらいはできます。これなら、話す余裕はありますよね?」
「……まぁ、そうだね。魂の半分以上持っていかれてるから、どれだけ魔力を得たとしても、完全復活は無理だし、君のおかげで姿を保つくらいならできるかな。おかげで、少し気分も楽になって、話しやすくもなったかな」
「では、ユージにわかりやすく教えてあげてください」
「オイ、それは俺が理解力が低いバカだって言ってない?」
というよりも、エリーナも絶対わかってないよな?
そんなことを思っていると、シルフも「わかったよ」と言って、口を開く。
「そもそもボクが捕食してもらおうと思った理由だったね?」
「あぁ」
俺が頷くと、シルフは人差し指を立て、一つ目、という感じにする。
「一つ目、ボクを捕食してもらおうと思ったのはウィリデとボクが近しい存在であるからこそだよ。これに関してはユージもわかってるんじゃないかな? 君の持つスキルのおかげで」
「確かにヘルプさんから聞いてるけど……」
シルフは風の概念が魔力で体を形成したことによって生まれた存在。
ウィリデ―――『ストームスライム』は風そのものが形を成し、魔物となった存在。
とは言っても、スイムが亜種へと進化させたのだが。
風の概念と風そのもの。
似た者同士だと言ってもいいとはヘルプさんからは確かに聞いている。
「だからって、それがどう関係して」
そこまで言うと、シルフはピースサインを作ることで二つ目、というのを示す。
「二つ目、近しい存在だからこそ、だよ。ボクを取り込むことによって、ウィリデは凄い力を得ることができる。膨大な魔力、風雷魔法の強化、後は身体とかも強化されたり、色々ついてくるハズだ」
「だからって、どうして捕食させる話になるんだよ!」
助かるために足掻こうとは思わないのか。
魂を半分以上持っていかれたから、復活できないとは言っていたが、他に方法だって……。
そうだ、フェネクスさんなら、俺たちにかけた様な加護を。
「無理だろうね……。君が『蘇生』した加護はそもそも万全な状態でかける、というのが条件だと思うよ。もう消滅が始まっているボクにかけたところで、『蘇生』という状態はかからないだろうね。かけられたとしても、その彼がボクが消滅までに間に合うと言う道理はあるのかい?」
「……エリーナには悪いが、フェネクスさんが来るまで魔力を」
「難しいだろうね。エルフとはいえ、彼女の魔力だって有限だ。それなら、フェネクスだっけ? その人が来るまで持ちこたえさせるよりも、自衛に使ってほしいよ。それに結構辛いんだよ? 姿を保たせるの。死にかけだからね、ボク」
確かにそうかもしれないが、もし生き残ってくれるチャンスがあるなら、俺は……。
「くどいよ、ユージ。ボクがいいと言っているんだから、いいじゃないか。そうやって、いつまでもずるずると引きずるのはいけないよ。いつか尽きる命だったんだ。それが少し早くなっただけ。それに最後に君の様な人間に出会えて、よかったよ」
「シルフ……」
「本当はさ、この森の問題が解決したら、君についていくのも面白そうだと考えていたんだよ。まぁ、こんな状態になっちゃったから、無理になっちゃったけど」
そういって、シルフは三本目の指を立て、三つ目と示してみせる。
「これが三つ目。だから、別の方法でついていくことに決めた。この子の中で……君たちについていこうって。ボクは死んじゃうけど、ボクの魂は、魔力は、この子の一部となって生きるんだ。そしたら、君についていくと言う目的も果たせたも同然になるでしょ?」
「シルフ……」
俺は拳を強く……力強く握りしめる。
爪が食い込んで、血が出てくるほどまでに。
シルフを助けに来たのに、結局間に合わず、ウィリデまで深手を負わせてしまって。
後ろではメイとレギオンの拳がぶつかり合う音や魔法同士のぶつかり合って、生まれる余波を感じたりする。
本当なら、俺はメイに指示を出してやるべきなのかもしれない。
ここでの決断を素早く決めて。
俺はシルフとウィリデへと交互に視線を動かしてから、ゆっくりと目を閉じて、頷いてみせる。
「わかった。シルフがそう決意したのなら、もう俺は何も言わない」
「……ありがとう、ユージ。さっきはくどいって言ったけど、その優しさ……ボクは嬉しかったよ」
シルフは微笑みを浮かべ、ウィリデの方へと向き直る。
足は消えてしまっているために、浮遊して近づいて行く。
【待ってください】
「ヘルプさん……?」
「アレ? ボク、『念話』を使った覚えはないんだけど……」
【私が使いました。ちょっとした提案がありますので。後、私ですが、怪しいものではありません。ユージのユニークスキルだと言っておきます】
「あぁ、前に『念話』を間に入って、一旦止めたり、ユージに色々教えてるって言ってた。なるほどね。それで提案って?」
シルフは何度か頷いて、納得した様な素振りを見せてから、こちらへと視線を向けてくる。
いや、正しくは俺のスキルであるヘルプさんにだ。
【私のマスター、ユージのスキルを使えば、そのままで捕食させるよりも、より良い効果を発揮できると思います】
「ユージのスキル……? そんなものがあるの?」
「……まさか、『魔物へのお菓子』のことか?」
【ハイ、彼女を貴方の『次元倉庫』へと収納し、スキルを使うことで、『風の乙女』を別の形へと変えることにより、ウィリデに対して、彼女の力が全て行き届く様にするんです】
人間味が増してきたな……とは思ってきたが、こうやって合理的に考えるところは少し機械的なところを感じ取れるな。
とはいえ……。
【もちろん、理由もあります。普通に捕食させては『風の乙女』の力が全て行き届くことはありません。一部の魔力を吸収できた、ということになるでしょう。通常の魔物が他の魔物を食べたとしても簡単に進化しないのはそこにあります。ですが、『魔物へのお菓子』を使うことによって、シルフの全てをウィリデに引き継がせることを可能とします。スキルも、魔力も、全てです。そして、私の考えが正しければ……魔人へと進化すると思われます】
「魔人に……? へぇ、ユージは変わったスキルを持ってるんだね。それがボクが前に聞いたウィリデとかを強くしている方法の答えなんだね?」
「まぁ、そうなるな……」
ウィリデが魔人に進化する……か。
シルフの力を、魔力を、全て受け継ぐことを可能とすることにより、俺の魔力で生み出すきび団子よりも成長しやすいと言うわけか。
シルフを……俺のスキルで。
「いや、決めたことだ。やるしかない。シルフ、そういうことだから、いいか?」
「勿論だよ。ボクの全てをウィリデが受け継いでくれるなら、嬉しい限りだよ。じゃあ、『次元倉庫』を発動してね。今から、ポケットに入るから」
「わかったよ」
俺は頷いて、『次元倉庫』をポケットに発動する。
シルフは俺のパーカーのポケットへと近づき、中へと入ろうとする。
「シルフ様……」
「……エリーナ、最後に魔力を供給してくれてありがとう。おかげでゆっくりと会話する時間ができたよ。君はこの森最後のエルフだが、残る必要はないよ。君はこの『風精の森』に住む風のエルフ……。風の様に自由気ままに旅をするといいよ。だって、ボクもいなくなるんだ。この森に残る理由はないだろう?」
「……はい、シルフ様がそうおっしゃるのなら」
「うん、よろしい」
シルフはそういって、俺のポケットを通じて、『次元倉庫』へと入っていく。
頭の中で『次元倉庫』にシルフが入った情報を受け取ると同時にヘルプさんの声が聞こえ始める。
【シルフを解析し、『魔物へのお菓子』を発動、レシピを会得しました。『風の乙女の想い』です。『風の乙女』の意思を残したまま、別の形に変えることができるものです。魔力で体を形成している精霊だからこそ、可能なことですね】
「そうか……」
【ハイ、それに彼女の意思が残っているのは嬉しい限りだと思います。これにより、個体名:ウィリデの崩壊した自我の補強を行うことが可能となりますから】
ヘルプさんにも悪気はないんだろうけど……本当に機械的だなって、思ってしまう。
いや、うじうじ悩んでしまう様な俺にはヘルプさんくらいのがちょうどいいのかもしれないな。
俺は魔力を流し込み、きび団子を作る時と同じ感覚でやっていく。
次第にシルフの形が変わっていくのを感じ、完成したと同時に『次元倉庫』から取り出す。
そこにあるのは風を纏った緑色に光る魔力の球体。
俺のスキルによって、姿形を変えたシルフ……。
『何か感傷に浸ってる様だけど、早くウィリデに渡してくれないかな? 君のスキルでやったこととは言っても、気にする必要はないよ。っていうか、くどいって言ったよね!?』
「この状態でも喋れるのか……」
『意思は残ってるからね!』
なんだか、シルフの元気そうな声を聞いていると、感傷に浸っていたのが馬鹿らしくなってきた。
俺はゆっくりとウィリデに近づける。
「ウィリデ、これを食べてくれ。お前が動けるかはわからないが、もしできるなら」
『そんなことしなくても、ウィリデはスライムだよ? 体そのものが口の様な生き物なんだから、そのまま押し付ければいいよ』
「いや、それはちょっと、ウィリデが可哀そうっていうか」
「自我が崩壊してしまっているので、難しいと私は思いますよ? それなら、無理矢理食べさせるようにするのがベストです」
「平然と言ってるけど、やるの俺だからな? 俺の気持ちも考えてな?」
「人間なら、これくらい気にしないと思っていました」
「気にするわ」
たまに人間に対するディスリ入るよな、本当に。
とはいえ、確かにウィリデは動く気配はない。
仕方ないと考え、ゆっくりと『風の乙女の想い』をゆっくりとウィリデにあてがう。
その瞬間、風の球はウィリデの中へと吸い込まれ、取り込まれていくのが目に見えてわかる。
次の瞬間、ウィリデの体は風に包まれ、姿が見えなくなる。
この光景、前にも見覚えがある。
それはノワールがヘルハウンドからガルムへ進化する時の光景だ。
ということはヘルプさんの言う通り、ウィリデは魔人へと進化を開始している?
風の球体は徐々に大きくなり始めていっているため、中では姿形が変わり始めている証拠なのだろう。
「ぐっ!」
「! メイ!」
メイの短い悲鳴に反応し、振り返る。
そこには所々に打撲傷が目立つメイが肩で息をしながら膝をついており、レギオンも多少は怪我を負っているが、メイほどではない。
メイは右腕をマンティスブレイドの腕へと変更し、立ち上がる。
「メイ、大丈夫か?」
「大丈夫だよ……。一応、治癒魔法かけながら、やってるけど……」
「戦いながら、治癒魔法を自分にかけるなんて……メイは器用なんですね」
エリーナの反応を見る限り、戦闘をしながら、治癒魔法をかけるのは難しいことみたいだ。
まぁ、魔法があまり使えない俺でも想像がつく。
体を動かし、尚且つ相手に攻撃しながら、治癒魔法の術式を頭に思い浮かべる。
俺だったら、どちらか一つにしか集中できないな。
とはいえ、メイが疲弊しきっているのは確かだ。
フェネクスさんたちはいつ来るかわからないし、このままだと……。
「グオオオオオ!」
レギオンは大声を上げながら、メイ目掛けて走り出す。
メイはすぐさまマンティスブレイドの腕を振りかぶり、レギオンを迎え撃とうとして。
「俺の炎は熱いよ?」
聞き覚えがある声が聞こえてきたと同時に飛んできたのは火球。
火球はレギオンに直撃し、吹き飛ばしながら、火達磨へと変えていく。
「グオオオオオ!?」
苦しそうな声を上げながら、火を消すために転がり始める。
その間に俺たちは聞こえてきた方へと顔を向けると、そこには離れ離れになったフェネクスさん、スイムやルフェ達がいたのだ。
「うみゅ! ご主人様にメイちゃん、エリーナさんを見つけたみゅ!」
「本当ですね。ユージさんとエリーナさんの近くにある人間大の風の球体も気になりますが……今は」
皆、レギオンの方へと顔を向けると、フェネクスさんはなるほどね、という感じで頷いてみせる。
「文献で読んだことあるぞ。それ、『深淵大群』だね?」
「ほほぉ、一目でわかるとは……。貴方、私と同じ研究者で?」
「いや、俺は学者だよ? ただどこかの文献で読んだ覚えがあるから、知っていただけで。でも、そうか。ここのエルフたちの魂が抜かれていた理由は納得いったよ。まさか、レギオンを召喚するためだったとは」
そういいながら、炎をかき消したレギオンがフェネクスを睨みつける。
流石魔将というべきだろうか?
あの火球だけでも、レギオンがダメージをかなり受けたのが見て取れる。
フェネクスさんがいるなら、レギオンも……!
「いや、ボクが決着をつけさせてもらうよ」
背後から突如聞こえてきた声に驚いて、俺とエリーナは振り返ろうとした瞬間だ。
俺とエリーナの間を何かが通り過ぎ、次の瞬間に聞こえてきたのはレギオンの悲鳴。
「グオオオオオ!?」
「どうだい? 本家シルフの風の刃は? 魂を奪っただけのお前とは比べ物にならないでしょ?」
「この……声は……」
そして、次こそ姿を確認するためにゆっくり振り返ると、そこには見覚えのある顔があった。
肩で短めに切り添えた緑色の髪、綺麗な翡翠色の瞳は俺をまっすぐと見ている。
そして、背中にはシルフと同じ妖精を思わせる羽を持っている。
その姿は正しく人間大のサイズにしたシルフの様で……そして、この喋り方は。
「シルフ……なのか?」
「本当にシルフ様ですか……?」
「……あ~あ。せっかく、カッコよくお別れを言えたと思ったのにさ。まさか、こんなことになるなんてね。主が主なら、それに仕える魔物も魔物か。あの子がこんなことをするなんて思ってなかったからさ」
「それって、一体どういう」
「う~ん、理由は話してあげたいけど後でかな? 本当は今ここに立っているのはボクのハズじゃないんだけど」
そういって、俺とエリーナの間を通り、前へと出ると、レギオンを睨みつける。
レギオンは何かを感じ取ってか、ゆっくりと標的をシルフへと移す。
まるで取り損ねた残りの魂を見つけたと言うかの様に。
それと同時に頭にヘルプさんの声が響く。
【個体名:ウィリデの進化を確認、『ストームスライム』から『魔人』と『精霊』の融合体、仮称として、『精霊人』とします。新種族『嵐の女魔霊』への進化を確認しました。それと同時に体の主導権を『風の乙女』へと譲っているのを確認しました。ウィリデは自ら……消滅しました】
「え……?」
その一言に、俺は驚きの声を上げることしかできなかった。




