崩壊する村
一歩、アユムが踏み出して、シルフとウィリデへと距離を詰める。
シルフは目と鼻の先まで一瞬で迫ってきたアユムに焦ることなく、腕を一振り。
その瞬間、部屋の中を突風……いや、暴風が吹き荒れる。
暴風によって、家具は壊れながら部屋の中を飛び交い、窓や扉も吹き飛んでいく。
嵐と言っても過言ではない風の発生源はシルフからであり、俺は吹き飛ばされない様に姿勢を低くし、屈みこむ。
俺はこれだけでも必死なのに、ウィリデはシルフの隣にいるのに吹き飛ばされる気配がない。
何故?
【恐らくですが、ストームスライムだからではないでしょうか。風のスライムだからこそ、どれだけの風が吹き荒れようと影響を受けずに普通にしていられる、ということだと思います。驚きです。精霊と同じ様なとこがあるなんて】
ヘルプさんの驚愕している様な声を聞くなんて、初めてだな。
それほどウィリデは凄いことをしているのかもしれない。
だけど、シルフが腕を一振りするだけでこれほどの暴風が吹き荒れるなんて。
俺と同じ人間である二人はどうなっているのかと視線をそっちへと向けていると、驚くべき光景が広がっていた。
「ハハハハハ! 腕の一振りで嵐を呼ぶシルフなんて初めてみるなぁ! 特殊個体っていう奴か!」
「まぁ、確かにボクは君たちでいう特殊個体さ。他のシルフと一緒にしてもらっちゃ困るよ。何せ、この『風精の森』の守護精霊なんだからね。いや、それよりもボクは君たちに驚きだよ。特にアユムって名乗った君だよ。どういう手品だい? この嵐の中で人間が直立不動で居られるなんて、おかしすぎでしょ?」
「鍛え方が違う、とだけ言っておくぜ」
「私は飛ばされない様に固定しているだけ」
シルフの言う通り、驚くべきなのはアユムだ。
アユムは暴風の発生源であるシルフの目の前にいながら、腕を組み、堂々と立っているのだ。
アイリの方は目を凝らしてみれば、細く魔力で編まれたであろう糸が体中に絡みついて固定されており、その魔力の糸の先は天井や床、壁などに張り巡らせている。
それによって吹き飛ばされない様にしているのだろうが、あんな細い糸なのに、この嵐で切れないとはどれほど丈夫なのだろうか。
【コレも『人形遣い』の特徴の一つで、手先と魔力のコントロールが凄く器用なことです。基本、人形を操る時は目に見えないほどの糸を魔力で編み上げ、人形に繋いで操ります。そのため、『人形遣い』の魔力の糸というのは人形に繋ぐ糸を簡単に切られない様に丈夫なのですが……アレは丈夫すぎるかと。少なくとも、この嵐の中で人をその場に固定できるほどの強度は普通ではあり得ません】
つまり、他の『人形遣い』の糸よりも……!
【丈夫です。それほどに魔力のコントロールがうまく、アレほど細くともかなりの強度を保たせる精神力があると言うことです。希代の天才、と言ってもいいかもしれません。恐らく、世界を探しても、彼女ほどの魔力コントロールと精神力、手先の器用さを持つ者はいないです】
なんか凄いことを言っている気がする。
とりあえず、アイリもやばい奴だと言う認識で間違いないだろう。
出していた人形はいつの間にか消えているのを見る限り、風に飛ばされない様にどこかにしまったか、それともこの暴風に吹き飛ばされたか。
急いで目だけ動かして、辺りを確認してみるが、人形らしき姿はどこにもない。
なら、どこかにしまったと考えるべきだろう。
もしかしたら、俺の『次元倉庫』に似たスキルを持っている可能性があるかもしれない。
そんなことを考えている間にシルフは次の行動に移っており、拳を構えてみせる。
「なら、これでどうかな!」
轟ッ! と風が唸り声をあげたのかと疑いたくなる様な鈍い音と共に放たれた正拳突き。
妖精サイズのシルフの拳はその場から放っても届かないのでは、と思ったが、正拳突きを繰り出したと同時に放たれたのは圧縮された風の拳。
もしくは砲弾と言ってもしっくりくるかもしれない。
それがアユムに一瞬で襲い掛かるが、腕をクロスして防御の構えをして受け止め、吹き飛ばされない様に歯を食いしばっている。
その光景に俺だけでなく、シルフも驚いているが、すぐに笑みを浮かべる。
「へぇ、コレも耐えるんだ。君も人間の中では特殊なんじゃない?」
「ハハハ! まぁ、そうかもしれねぇな! 他の奴らより多少体が頑丈なくらいだぜ」
「多少? 冗談よしてよ。多少で耐えられる風圧じゃないよ、それ。君の職業、結構特殊だったりする?」
「残念、特殊なもんでもなんでもねぇ。俺の職業は『戦士』。それ以上でもそれ以下でもない。平凡だが、傭兵やってる身には十分な職業だよ」
アユムはクロスした両腕を無理矢理開く様に動かして、風の砲弾を打ち消してみせる。
確かにシルフの言う通り、俺から見てもあの攻撃はかなりのものだとわかる。
それこそ人間なんかが受け止められるものではないと言うのはわかる。
そんなものを受け止めたのだ。
彼自身、ただの人間じゃないと言うのはわかる。
【貴方の様に『可能性』を大きく秘めた人なのかもしれません。人によって、どういった可能性を秘めているかはわかりませんが、彼の場合は人でありながら、人ならざる肉体と言ったところでしょうか。貴方と同類ですね】
「えぇ……」
ということは向こうも俺みたいな『魔王』とかみたいな可能性を秘めていたりするのだろうか?
それとも、肉体が特殊だと言う可能性だけなのだろうか?
そして、暴風が収まったと同時に気付いたのは、あの一瞬の出来事で壁や屋根がなくなっていること。
簡単に言えば、さっきまでいた家がなくなっていると言うことだ。
それにより、何事だと言う周りからのエルフの視線を感じ始める……いや、感じない?
「きゃあああああ!?」
「うわあああああ!?」
聞こえてきたのは悲鳴。
さっきまではあの暴風のせいで聞こえていなかったが、村の方へと視線を向けてみると、魂を奪われ、抜け殻となっていたエルフたちが他のエルフへと襲い掛かっているのだ。
それも襲われたエルフは何かされたのか、さっきまで抵抗していたのが嘘かの様にピクリとも動かなくなる。
すると、動かなくなったエルフの両腕が上がり、ゆっくりと浮き上がりながら立ち上がる。
まるで人形を操る時の様な起き上がり方で……まさか!?
俺はすぐさまアイリの方へと視線を動かすと、指を小さく動かしているのが見える。
アイリが抜け殻のエルフを操り、襲わせるだけに足らず、そのまま倒れたエルフさえをも次々と糸をつなげて、操り出しているのだ。
確か、半数以上はもう抜け殻のエルフだったハズ……!
このままだと、すぐに全滅するのは間違いないだろう。
まるで、ゾンビゲームや映画を見ている気分だ。
エリーナは……無事なのだろうか?
村から少し離れた場所に牢屋があったのは確かだし、近くに人はいなかったから無事の可能性は高いかもしれないが、それも時間の問題だ。
エリーナのことをこいつ等が把握してないわけがない。
牢屋に放り込んだ張本人たちなのだから。
「考え事してる場合?」
「ッ!?」
そこまで言われて、気付けば俺の目の前に剣を持った小さな人形が来ており、その剣を振り下ろそうとしている。
避ける……いや、間に合わない。
既に人形は剣を振り下ろしてきていて、斬られる! と思った瞬間だ。
「フゥ!」
人形の横から風の球が飛んできて、直撃を受けた人形は吹き飛ばされていく。
俺は驚きながらも、助かったと言うことに安堵の息を吐き、風の球を放った者———ウィリデへと視線を向ける。
「ありがとう、助かった」
「フゥ!」
ウィリデはすぐさま俺の前まで移動すると、アイリと対峙する。
エリーナのことは確かに心配だが、アイリさえどうにかすれば、この状況は止められる。
シルフとアユムも一触即発の雰囲気だ。
「ウィリデ、やるぞ。あの子を止めれば、この騒動も止められる」
「フゥ!」
「シルフ、力を貸してくれるか?」
「もちろんだよ。ボクも守護精霊として、これは見逃すわけにはいかないよ」
シルフはそういうや否や、手の上に風の球を生み出してみせる。
魔法陣を必要としないのか……?
【精霊は概念そのものですから、魔法を扱うのに魔法陣を必要とはしません】
魔族と言っても、悪魔や魔人などとはそういう違いがあるのか。
メイが言っていた魔族の種族は更に分岐していると言う意味も今ならわかる気がする。
そして、シルフは『風の球』をアユム目掛けて放つ。
「『餓鬼道』」
風の球がアユムに直撃した、と思った瞬間、風の球は分解され、突き出されていた右手へと吸い込まれていく。
吸収を終えたアユムはその手をゆっくりと閉じると、左手をこちらへと向けてくる。
「返すわ」
左手から放たれたのは先ほど放ったシルフの『風の球』。
シルフは驚きながらも、軽く指を振るうと風の球は散布した様にかき消される。
恐らく風を操作することによって、無効化したのだろう。
いや、それよりも今の力は……。
「『修羅道』」
次に聞こえてきたのはそんな言葉。
何もない床から一本の剣が姿を現し、柄を握ると引き抜く。
シルフはすぐさま身構え、手を前に突き出す。
「『道幅』」
アユムの姿がその場から消えたことに、俺たちは驚く。
俺はすぐさま全体を見渡す様に首を動かすと、シルフの後ろにアユムは回り込んでおり、シルフ目掛けて剣を振り下ろしている。
「シルフ! 横にかわせ!」
「ッ!」
俺の叫びに疑問を持つことなく、シルフは素早く動いて、迫りくる凶刃を避ける。
後ろに回り込まれたことに驚いた後、シルフはアユムを睨みつける。
「君、なにしたの? というより、いつ動いたの? 風や大気の動きが一切変わらずに動くなんて、普通あり得ないよね?」
「俺のスキルだと言っておくぜ。ユニークスキル」
一体、何のスキルだ?
ここはヘルプさんに解析を……。
「『自己の道』」
【解析が遮断されました】
「なっ!?」
オイオイ、嘘だろ?
ヘルプさんが探りを入れるのをわかって、何かしたのか?
「フゥ!」
「! ウィリデ」
声に反応し、そちらへと視線を向けると、複数の人形の攻撃を避けながら、魔法で迎撃しているウィリデの姿があった。
それにウィリデが人形を倒していっても、どこからか新しい人形が姿を現し、数が減る気配がない。
操っている張本人をやろうにも人形たちが行く手を阻んでくる。
というよりも、抜け殻のエルフたちを操りながら、あの数の人形を操るって……普通、指足らないだろ。
器用どころの話じゃないぞ、コレ。
【人形そのものはある程度の命令を刻み込んだ魔力を流せば、その通りに動けます。もしかしたら、抜け殻もそういう理屈で操っていると思います】
「なるほどな……」
確かにその方法ならアレだけの量を操れるのも納得だ。
【それでも、異常なんですがね。アレだけの抜け殻と人形に同じ命令の魔力を常に送り続けているんです。普通なら何個かは命令が疎かになってもおかしくないハズですし、頭の情報処理も追いつかないハズです】
なら、あっちもそういう『可能性』を持った『人形遣い』ということか。
気を付けないと……。
「お兄さんは後ろにご注意」
「え……? ッ!?」
その言葉に不思議に思っていると、背後から気配を感じ、横に転がって、その場から離れる。
それと同時にドサッ! と何かが倒れる音が聞こえてきて、俺がいた場所へと視線を向けると、そこにいたのは抜け殻のエルフ。
ゾンビか何かかと疑いたくなる様な感じで起き上がると、再びこちらへと歩き出す。
「フゥ!?」
「ユージに手は出させないよ」
シルフはこちらを見ることなく、手をこちらに向けると、風の槍を射出。
風の槍は抜け殻のエルフの体に突き刺さり、プツン! と何かが切れる音と共に吹き飛ばされていく。
体がボロボロになってだ。
俺はその光景に驚く。
「シルフ!? 今の」
「もう手遅れだよ。こいつ等が魂を何かのために集めているのは明白なんだから。その何かのために、魂は既に使用済みだよ。違う?」
「まぁ、正解だな。俺たちをどうにかできたとしても、もうこの村はおしまい。既に計画は最終段階に移っているんだからな」
「そういうこと。だから、殺す? 壊す? ことに戸惑いを覚えちゃダメだよ。もうそいつ等はアンデッドみたいなもんなんだから」
「……わかった」
納得はしたくはないけど、シルフが言うのなら、確かなことだろう。
アユム本人もそれを肯定しているのだ。
なら、今俺がすることはエリーナの無事を確認しに行くこと。
「おっと、あの娘のとこに行くのか? そうはさせねぇぜ。アイツのとこには今、俺たちの仲間が向かってる頃だろうよ。今回の計画を立てた、な」
「ッ! エリーナ!」
俺はすぐさま走り出そうとするも、目の前に操られた抜け殻のエルフたちと人形たちが現れ、道を塞いでくる。
こうしている間にもエリーナの身が危険に晒されている。
ルフェはあの時間に合ったからよかったが、エリーナの方は間に合うと言う保証はない。
だからこそ、連れ去られる前に助けないと……!
だが、シルフとウィリデもアユムとアイリの相手で手がいっぱいだ。
なら、どうすれば……!
「ユージに手を出すなァァ!」
「この声は……!」
声が聞こえてきたと同時に俺の前に降り立った人物———メイへと目を向ける。
メイは降り立って、すぐさま魔法陣を展開。
「『雷撃』!」
魔法陣から雷が放たれて、その場にいた抜け殻のエルフや人形たちは薙ぎ払われ、焼かれていく。
ついでに言うと通るべき道の橋まで落ちてしまったのだが。
だが、それよりもメイが駆け付けてくれたことに驚きを隠せない。
足が飛蝗の様なものから人間の足へと戻ると、笑顔で振り向く。
「やっと追いついたよ、ユージ」
「メイ……お前、来てくれたのか?」
「うん! 後、私だけじゃないよ」
メイがそういったと同時にノワールが上から降ってきて、俺の隣に着地してみせる。
背中にはスイムとルーフスとフラウムが乗っている。
次にルフェが俺の隣にゆっくりと降り立ち、翼を畳むと同時にアルフが俺の肩に着地する。
まさか、皆駆けつけてくれるとはな……。
「ユージさん、お待たせしました。どうやら、ちょうどいいタイミングで駆けつけることができたみたいですね」
「あぁ、グッドタイミングだよ。これなら、エリーナのとこに行ける」
メイたちが来たのは予想外だったが、駆け付けてくれたことに嬉しさを覚える。
グッドタイミングということもあるが、俺を心配してきてくれたと言う証拠なのだから。
「ハ、ハハハ……! ハハハハハハハハ! スゲェな、オイ! これはメフィもロキも、ニャルも興味を持つわけだぜ! ユージ、お前さん面白いぜ。ここまで凄いテイマー、俺は見たことがねぇ」
「そうかよ。だが、今はアンタの相手をする気はない。エリーナのとこに」
「行かせると思うのかよ? 通行」
「『紅蓮の熱線』」
「ッ!」
アユムが何かをする前にルフェが紅い魔法陣を展開、そこから一つのレーザーが放たれる。
いきなりのことで驚きながらも、アユムは回避し、ルフェへと視線を向ける。
「オイオイ、アンタ、魔王ルシファーの妹じゃねぇか。なんでこんなとこに?」
「今の私はユージと契約したテイムモンスターです。お兄様とは兄妹の縁を切られ、追い出されてきたので。ですから、今の私はルフェ・ルシフェルと言います。よろしくお願いします」
「そこのテイマーの……? ハハハ、ますます面白ェ。魔王の妹とまで契約を結ぶなんざ尋常じゃねぇな?」
アユムの口は三日月の形だと言っていいほど歪んだ笑みへと変わる。
まるで面白い玩具を見つけたと言わんばかりに。
ルフェはシルフとウィリデの前に出る……と言っても、シルフの姿は見えていないんだろうけど。
「ここは私にお任せください。ウィリデちゃんとシルフちゃんが戦っていたんですよね? シルフちゃんの姿は相変わらず見えませんが、交代ということで」
「ルフェ……」
「あの時、ユージさんたちは私を助けるために命を懸けてくれました。次は私がユージさんのやろうとしていることに手を貸す番です。ですから、ここは私にお任せください」
ルフェの初めてみる真剣な表情に俺は頷く。
だけど、ルフェだけでは心配だ。
アイリはともかく、アユムの能力はまだわかっていないのだから。
「ノワール、スイム、ルーフスとフラウム。ルフェと一緒に戦ってくれないか?」
「わかったみゅ!」
「ガウッ!」
「メラ!」
「ドン!」
俺の問いに四体は頷くと、ルフェと並びたち、身構える。
その様子にルフェは笑みを浮かべて、横目でこちらを見てくる。
「ユージさんはシルフちゃんとウィリデちゃんを連れて、メイちゃんとアルフちゃんと共にエリーナさんのところに向かってください」
「あぁ、頼んだぞ」
「行こう、ユージ! 道は私が切り開くから」
「頼むぞ。シルフ、ウィリデ! 行くぞ!」
「わかった。ここは素直にお礼を言っておこうかな」
そういうとシルフは腕を軽く一振り。
恐らく、スキル解除の合図。
「ありがとう」
「! いえ、お気になさらず」
シルフが見えたことにルフェは驚くが、すぐに笑顔を浮かべて答える。
そして、俺たちはルフェ達にその場を任せ、エリーナの元へと向かうために走り出す。
無事でいてくれよ、エリーナ……!




