救出 Ⅳ
洞窟に入ると、少し奥の方にムルムルさんが腕を組みながら、俺たちを待っていた。
先々行くのかと思っていたが、待っていてくれた様だ。
潜入していくのだろうか……と考えたいが、スイムが連れてきた大量のスライムたちを考えると、それは難しい。
となるとだが、ムルムルさんの考えはもしかしたら。
「……ん、ユージもそう考えたみたいだね。そう、せっかくの戦力。使わない手はない」
「もしかして、スイムが連れてきたたくさんのスライムを先に突撃させるの?」
「……そういうこと」
メイもムルムルさんの言葉から察した様で、小首を傾げながら聞くと、ムルムルさんは小さく頷く。
確かにスイムが用意してくれた戦力なのだから、使わない手はないだろう。
それにこれだけのスライム……しかも、見たこともない魔物たちが大量に押し寄せれば、急な襲撃ということも合わさり『悪魔神教』の奴らも混乱するに決まってる。
ただ問題があるとするなら、メフィストフェレス、ロキ、ジンの三人くらいだろうか。
あの三人は『悪魔神教』が有する実力者だと考えていいだろう。
特にロキの力は未だによくわかっていない。
突然現れたか思えば、自身の姿を、というよりは年齢を自在に変えれる。
そして、突然消えたりもしていたし。
「……今、考えても仕方ないよ。対峙した時に考えた方がいい。それじゃ、スイムにお願いしてくれる?」
「あ、ハイ」
確かに今考えている場合じゃないか。
ルフェさんを助け出すのが第一だ。
俺はスイムへと視線を向けると、スイムは頷いてみせる。
いつでも指示は出せるよ、と言っているかの様に。
「スイム、お願いしてもいいか? スライムたちの突撃を」
「うみゅ!」
任せて! という感じで頷いたスイムはスライムたちの方へと振り返る。
「うみゅ! うみゅみゅ! うみゅみゅみゅ!」
なんか、声をあげながら、手ぶり身振りで何かをスライムたちに伝えている。
それもなんか、演説っぽい仕草だし。
そして、最後に洞窟の奥の方へと手を伸ばしてみせると。
「うみゅー!」
『!!』
突撃~! と言ったのだろう。
スイムの一言にスライムたちが反応し、洞窟の奥へと次々と突撃し始める。
俺たちはそれの邪魔にならない様に端っこに寄っているが……この突撃していく光景、濁流では? と思ってしまうほどだ。
そして、最後の列が突撃していったと同時に聞こえてくる悲鳴らしきもの。
恐らく、奥の方で敵と接触し、戦闘を開始したのだろう。
それも悲鳴が聞こえてくる辺り、倒したりしているのだろう。
これは予想以上に強いのかもしれない、上位種スライムたち。
「凄い勢いだったね、ユージ」
「あぁ、確かにな……。だが、これで進みやすくなったのは確かだな。スイムには感謝だな」
「そうだね!」
「ガウッ!」
「キキッ!」
俺がそういうとメイとノワールとアルフはスイムを称賛するかの様に声をあげた。
それを聞いたスイムは嬉しそうに胸を張る。
「うみゅ!」
「凄いだろ? 的な感じか?」
相変わらず、元気がよろしいことで。
と思っていると、スイムの足元に気になるものが三つ。
それはというとファイア、ウイング、ランドのスライムたちが各一匹ずつ残っているのだ。
まるでスイムの護衛だと言わんばかりにさ。
まさかだが……。
【推測ですが、自分たちの王を守るために、あの中でも、能力値が高い個体が残り、護衛をしているのでは】
「へぇ、なるほど」
ヘルプさんの言うことが本当なら、あの三体はあの中にいたスライムの中でも能力値が高い個体ということなのだろう。
スイムと共に戦ってくれるのなら、心強いな。
「……更に声が奥から聞こえてくる。中がどんどん混乱に陥っているのは確か。今の内に行くよ」
「ハイ、わかりました」
「行こう、ユージ」
メイの言葉に俺は頷き、奥へと足を踏み入れていく。
ルフェさんがいるであろう場所を目指して。
※
洞窟の奥の部屋。
そこにはロキとジンの手によって、攫われたルフェが祭壇の様な場所で寝かされている。
「ん……? ここは……?」
そして、意識を取り戻したのか、ルフェの瞼がゆっくりと開く。
視界に入ってきた見慣れない天井に反応したのか、辺りを見渡すかの様に首を動かす。
その時、メフィストフェレスとロキ、ジンの姿が目に入った瞬間、意識が覚醒し、自分の身に何が起こったのかを思い出す。
「そうだ、私は……! え!?」
ルフェはすぐさま起き上がろうとしたが、体が持ち上がらないのに反応する。
どうして? と不思議に思うルフェ。
体は鎖などで拘束されているわけでもない。
いや、鎖で拘束されたとしても、ルフェの力なら逃げ出すことは可能だろう。
つまり、それをわかったうえで何かしらの魔法で、拘束しているのだろう。
起き上がれないことに驚いているルフェに、メフィストフェレスは笑顔で近づく。
「おやぁ、目が覚めましたかぁ? ルシファーの妹さん」
「貴方は……まさか、ユージさんたちが言っていた、メフィストフェレスですか?」
報告で聞いていた名前を思い出し、訪ねると、メフィストフェレスはニヤッと不気味な笑みを浮かべる。
「嬉しいですねぇ! 私の名前を知ってもらえてるなんてぇ! ねぇ、ロキさん、ジンさん!」
「そうだね。あの傲慢王ルシファーの妹に知っていてもらえるなんて、ロキでも感激しちゃうよ」
メフィストフェレスは嬉しそうに振り返って、一緒にいるロキとジンを見る。
ロキの姿は裕司が初めて会った時の子供の姿であり、同意するかの様に無邪気な笑みを浮かべながら頷く。
そんなメフィストフェレスの反応に、心底どうでもよさそうにしているジン。
「んなことはどうでもいいんだよ。さっさと儀式ってのを始めねぇのかよ?」
「う~ん、そんな冷めた反応しなくてもいいじゃないですかぁ、ジンさん。面白くない人ですねぇ」
「うるせぇ」
やれやれと首を横に振るメフィストフェレスを睨みながら答えるジン。
ジンは未だに動こうと抵抗しているルフェへと近づき、動けないルフェを愉快そうに笑いながら見る。
「よぉ、堕天使の姫さんよ。必死に抵抗している様だが、何も出来ねぇだろ?」
「くっ……! 一体、何をしたのですか!? 魔力さえ働かないのは一体……!」
ルフェは動く以外にも色々と抵抗を試みていた。
それこそ魔力放出を行うことで、魔力の衝撃破を作り、何かしらの拘束を破壊しようとも試みたが、魔力がうまく働かず、それさえできない。
少なくとも、文献でそんな魔法は聞いたことがない。
ならば、誰かのスキルだと考えるのが妥当だろう。
それに答えるかの様にロキが手を挙げて、元気よく跳ねる。
「ハイハーイ! それはね、ロキがやったんだよ! ちょっと私のスキルを応用してね? 実質、貴方の体は『停止状態』にあるから、意識はある、喋ることはできるだけに制限してるんだよ」
「て、『停止状態』? 一体、何の力を」
「そ・れ・は……秘密! タネを教えたら、面白くないし、何かされても困るでしょ? まぁ、わかったところで、ロキの力に対抗できる術なんてないけど」
さっきまで無邪気な笑みを浮かべていたロキだが、薄ら笑みになって、ルフェを見る。
抵抗は無駄だ、と言ってくるかの様に。
ルフェはその間に自身が保有するスキルを試そうともするが、それすらも働かないことに動揺する。
このままでは、生贄として捧げられてしまう。
自分が生贄に捧げられて、あの邪悪王アンラマンユが蘇るとは限らないが、それでも生贄にされるのだけは避けなければならない。
そのためにも、『停止状態』にあると言う自身の体をどうにかして動かさなければならない。
他に何かないか、と思った時だ。
この部屋に通じる扉が勢いよく開かれ、そこから中に入ってきたのは一人の獣人の男。
「め、メフィストフェレス様、ロキ様、ジン様! き、緊急事態です!」
「おやぁ、どうしましたかぁ?」
息を切らしながらもやってきた獣人の男に対し、メフィストフェレスが反応する。
「み、見たこともないスライムたちが大量に押し寄せてきて、そのせいで拠点内は大混乱を起こして」
「見たこともないスライム……ですかぁ?」
メフィストフェレスはそれを聞いて首を傾げる。
はて? スライムとは最弱の存在で、上位種や変異種などいなかったはずと。
その報告を聞いたジンは舌打ちすると、獣人の男へと近づき、胸倉をつかむ。
「じ、ジン様!?」
「見たこともないスライムだぁ!? ふざけたこと抜かしてんじゃねぇよ! スライムっつったら、最弱の魔物じゃねぇか! それに他の魔物の様に上位種や変異種が確認されているわけじゃねぇ! どうせ、見間違えたんだろうが!」
「う、嘘ではありません! 本当なんです! 赤や緑、黄色に普通のスライムよりは一回り大きいスライムの大群が……。それも色違いの方は魔法まで使う始末で」
怯えた様に言う獣人の男に苛立ちを覚えたのか、ジンは背中に背負う『黙示録の獣』の柄に手をかける。
「あんましふざけたこと抜かしてると、こいつの餌にしちまうぞ」
「そ、そんな! 私は別にふざけてなど!」
「いいや、ふざけてる。つうことで、ここで「いや、少し待ってくれませんかねぇ?」あぁ? んだよ、メフィスト」
苛立ちが最高に達したジンは血肉の大剣を抜こうとしたところで、メフィストフェレスに止められ、反応する。
少し考えていたメフィストフェレスだったが、何かに気付いた様だ。
「いえね、少し変わった魔人を連れていた人間を思い出しましてねぇ。ほら、話したでしょう? 面白いテイマーがいるって」
「あ、もしかして、ユージお兄ちゃんのこと?」
メフィストフェレスの言葉で気付いたロキは嬉しそうに反応する。
その話題は大好きだと言わんばかりの良い笑顔で。
「ハイ、そうです。彼は面白いほどに『人間の可能性』を体現した方でしてねぇ? 見たことない魔人を二体、連れていましたからねぇ。どちらかが何かをしたのでしょうねぇ、スライムに」
「思えば、いたね。ユージお兄ちゃんの傍に見たことない魔人が二体」
メフィストフェレスの言葉に同意するかの様に頷くロキ。
ジンもそれを聞いて、確かに変わったのがいた気がするな、と思い出す。
一方、その話を聞いていたルフェはユージ達が助けに来ていることに反応する。
「ユージさんたちが……」
私を助けに来てくれた。
それだけの事実が嬉しく、さっきまであった焦りや不安が拭われていく。
それにしても、見たことないスライムがたくさんとはどういうことか? とルフェは考えるが、すぐに心当たりがある存在を思い出す。
それは『水帝』という魔人になったスイムのことだ。
もしかしたら、彼女の保有するスキルによって、生まれた存在なのかもしれない。
そして、それを利用して混乱を引き起こしているのなら……。
「何にしろ、あの時の人間様が来ているのでしたら、私は嬉しいですねぇ。あの人の『可能性』は私、凄く気になっていましたのでねぇ」
「ロキも! ロキも! ロキはね、可能性というよりはユージお兄ちゃんが興味深いんだ~。それに遊ぶ約束もしたし」
ロキは元気よく跳ねまわりながら言うと、メフィストフェレスは反応する。
「ほほぉ、そうなのですかぁ。ぜひ、その約束の中に私も加えてほしいですねぇ」
「ダメェ! いくら、メフィストのお願いでも、これだけはダメ。ユージお兄ちゃんは私と遊ぶんだから」
「おやおや、そうですかぁ。それは残念ですねぇ。これなら、彼のことは話さない方がよかったかもしれませんねぇ。私が話したばかりに興味を持ってしまったようですし」
軽いため息をついてから、やれやれと首を横に振るメフィストフェレス。
「それじゃあ、早速! 会いに行ってこようかな。楽しみだなぁ、ユージお兄ちゃん」
カチッ! とロキの持っていた懐中時計が秒針が進んだ音を立てた瞬間、その場には既にロキの姿はなかった。
消えたロキを見て、ルフェは目を白黒させて驚き、メフィストフェレスは笑みを浮かべる。
「せっかちな子で困りますねぇ。行くのなら、私も連れて行ってほしかったのですが」
「き、消えた……? 転移魔法……というわけではなさそうですが」
「えぇ、勿論違いますよ。まぁ、転移を私は使えるのですがねぇ。彼女自身は一つのスキルだけで様々なことができてしまうのでねぇ」
「一つのスキルだけで……!?」
それは普通ではありえないことだ。
スキルは物によっては二つや三つ、応用できるものがあるが、それまでだ。
だからこそ、一つのスキルで様々なことができてしまうと言うのはあり得ないことだ。
どれだけできるかはわからないが、それはそのスキルが強力だと言うことだ。
「えぇ、一つのスキルだけでですねぇ。貴方のその『停止状態』だって、そのスキルなんですよぉ?」
「そんな……」
そんな存在が今、ユージ達の元へと向かっている。
このままではユージ達が危ないと言うことだ。
「このままじゃ、ユージさんやメイちゃんたちが……!」
「えぇ、大変なことになるでしょうねぇ。あ、でも、あの人間様は大丈夫かもしれませんねぇ。ロキさんは彼のことを気に入っているので。まぁ、生きている、というだけの保証だけですが」
「それは一体、どういう」
「これ以上、教えるわけにはいきませんからねぇ。さて、あの人間様はロキさんに取られる様ですしぃ、私はあの変わった魔人を相手させていただきましょうかねぇ。あの悪魔やら天使やら、色々と混ざっているねぇ」
その瞬間、メフィストフェレスの足元から闇が溢れ出し、それが渦巻いて、彼を包み込む。
待ちなさい……! とルフェが声を出す前に闇が消えると、そこにはメフィストフェレスの姿はそこにはなかった。
変わった魔人……そして言い残していった特徴から考えるに、メイしかいないだろう。
このままではユージが、メイが、あの二人によって、大変な目に遭ってしまう。
ルフェは何かできないか、と考え始めている時だ。
「ぐぎゃっ!?」
「!?」
いきなり聞こえてきた悲鳴にルフェは反応するが、いつの間にか、首を動かすことさえできなくされており、意識があることと喋ること以外何もできない状況では何が起こっているのか確認できない。
ただ聞こえてくるのは何かを噛み砕く音と水を啜るかの様な音。
そして、この場に残っているのは『黙示録の獣』の所有者であるジンのみ。
これから導き出される答えはただ一つ。
「貴方……まさか、自分の仲間を!?」
「あぁ? そうだよ。アポカリプスの餌にしてやった。変わったテイマーだが、魔人だか知らねぇがな、襲撃くらいで騒いで、混乱する様な奴はいらねぇんだよ」
「酷い……!」
そういったルフェにジンは近づき、血が付いた顔で笑みを浮かべて、ルフェを見下ろす。
「酷いもクソもあるかよ。役立たずなのがワリィんだろうが」
「貴方……!」
「ついでに言うと、そろそろ、そのお口を閉じろよな? 今、俺を止める奴はいねぇんだ。ちょっとした手違いで、この剣でガブリ、なんてあり得るかもしれないからな」
「……!」
ジンはケラケラと愉快そうに笑いながら、祭壇にもたれかかる様に座り込み、アポカリプスを床に突き刺す。
「まぁ、儀式をする前の余興として楽しませてもらうとしようや。その侵入者たちがここまで来れるかのな」
それを聞いたルフェはただただユージ達の無事を祈るしかなかった。
堕天した身ではあるが、今この場限りでは神にユージ達の無事を祈るしかなかった。




