攫われる姫君
「さてと、まずはスイムからだねぇ」
興奮が落ち着いたカーラさんによって、奥の部屋へと案内された俺たち。
そこでカーラさんはテーブルの上に一つの羽ペンを置くと、スイムを見てくる。
「刻み込む刻印は何個かは決まってるね。『清潔』と『自己修復』だね。これさえあれば、服はもう大丈夫だからね」
「うみゅ!」
うん、その二つは欲しいね、服が傷ついたり、汚れたりしても元通りになるんだからさ。
スイムもそれを理解してか、笑顔で頷いている。
「後はそうさねぇ。『同化』も付与しておくかい?」
「『同化』を? それはどうしてですか?」
そんなことをしてしまえば、服とスイムが同化してしまうだけの様だが……。
「あぁ、『同化』と言っても、この子の体質に合わせてだよ。この子、元はスライムなんだろう? 魔人化したのはこの子が初めてだけど、水に関係する能力を持ってそうだからね。この子と服を何も一体化させるわけじゃないさ。服がスイムに合わせる様にするだけさ」
「服がスイムに……?」
そういう風にする意図がまったく読めないのだが。
とりあえず、カーラさんが何かに気付いて、それを付与してくれるのなら、構わないが……。
「後は、そうだねぇ。ダメージを受ける時だけ『硬化』するようにしておこうかい。後一つは『雷耐性』にでもしておくよ。それじゃ、早速」
そういって、羽ペンを手に取ると、スイムの前の空間に文字を書く様に羽ペンを走らせる。
すると、そこに光でできた文字が書かれ始める……って、紙も何もないとこに文字?
【羽ペンに魔力を流し込むことにより、空中に魔力文字の『刻印』を作り出し、それを服や装備に流し込むことによって、『刻印強化』を行います】
なるほどな……『刻印強化』っていうのは、そういう風にして行われるのか。
やっぱり、専門的な知識が必要なのだろうか?
【必要です。彼女は『ドワーフ』だからこそ、『刻印強化』も得意なのだと思われます】
サラッとカーラさんの種族を言ったな、ヘルプさんは……。
でも、ドワーフか。
なら、エンチャントとかもできて、当たり前なのかもな。
個人的にはエルフがしてそうなイメージだったけどな。
まぁ、専門的な知識があれば、種族問わずできるんだろうけど。
そうやって、ヘルプさんと会話をしている内に、カーラさんの羽ペンの動きが止まる。
「よし、後は……『刻印強化』!」
カーラさんがそういうと、空中に書き出されていた魔力文字はスイムの服へと吸い込まれていく。
一瞬、スイムの服が淡い光を放ってから、消える。
エンチャントが終了したと言うことだろうか?
「これで、この子のエンチャントは完了だよ。どうだい?」
「うみゅ! うみゅみゅ! うみゅ、うみゅー!」
「アハハ、何か言ってるんだろうけど、わからないねぇ。でも、気に入ったっていうのはわかるよ」
「うみゅ!」
笑顔で満足そうに頷くスイムを見て、微笑むカーラさん。
思えば、メイは決まったのだろうか?
俺は隣にいるメイへと視線を向けてみると……アレ、いない?
どこ行ったんだ、アイツ?
辺りを見渡してみると、ルフェさんと一緒に何かの本を読んでいる。
服をどうするか考えていたはずだから……ファッション誌的なもんでも読んでるんだろうか?
「! カーラ、コレ!」
「お前、ルフェさんの時も思ったけど、いきなり呼び捨ては」
「構わないよ。私は気にしないからね。それで、どれが気に入ったんだい?」
カーラさんはそのまま二人の元へと行き、メイは本のページを指さしている。
「あぁ、この服だね。在庫もあるから、大丈夫だよ。それに、運がいいねぇ。エンチャントが最大の五個をつけられるやつがあるよ。すぐに持ってくるよ」
「うん、お願い!」
カーラさんはメイが頼んだ物を取りに部屋の奥へと消えていく。
「一体、どんな服頼んだんだろうな」
「うみゅ?」
「ガウッ……?」
「キキキ……」
皆も想像がつかない様だ。
まぁ、メイの性格的におしゃれってイメージがないもんな。
まだ三日くらいしか一緒にいてないから、何とも言えないけどな。
カーラさんが戻ってくるまでにスイムとノワール、アルフに『魔物へのお菓子』のきび団子を与えておく。
メイが反応して、こちらへと近づいてくる。
「ユージ、私も!」
「おう、エンチャントが終わったらな」
「今欲しいの!」
「ダメだ。コレ、急成長を引き起こしてるんだから、エンチャントする前に何かあってからじゃ遅いだろ? 終わったら、ちゃんとやるからさ」
俺はメイの頭を撫でてやると、少し不満そうに頬を膨らませる、メイ。
「わかった。約束だよ?」
「あぁ、約束だ」
メイが感情豊かになってきていて、嬉しい限りだ。
それとルフェさんもきび団子へと視線が行っていたが、あげちゃダメだ。
テイムしてない者に与えると、懐き度を一気に上げるそうだからな……。
あげて、大変なことになってからでは遅い。
そう思っていると、カーラさんが服を持って、戻ってくる。
「待たせてすまないねぇ。どこにしまったかなと思って、探してたんだよ。コレだろう?」
そういって、差し出してきたのは赤と黒を基調とした服。
その下のは短パン……っていうか、ショートパンツっていうんだったかな。
黒いショートパンツをカーラさんは持っていた
「うん、コレだよ! 動きやすそうだもん!」
「まぁ、確かに動きやすいだろうな」
「それにユージと同じ色!」
「うん、ちょっと待とうか」
確かに俺の服装の配色そのものだけど!
「もっと別のあるだろう? ほら、自分の好きな色とか」
「私もこの二つの色が好きだよ?」
「いやいや、それでもだな……」
「私はこの色がいいの。だって、ユージと一緒だから」
満面の笑みでこちらを見てくるメイ。
そういう笑顔で見られると、別の色でも、とは言いにくくなる。
まだ三日しか経ってないが、コレも懐き度が上がったおかげか……?
【こういうのは懐く云々とは関係ないかと。貴方のことが友として好きだからと予想できます】
そういえば、メイは友達を大切にする傾向があったな。
それなら、その好きも納得かもしれない。
懐くと好きでは、また意味が違ってくるだろうしな。
「まぁ、本人がそれでいいっていうなら、それでいいか」
服の色にケチをつける必要なんてないしな。
メイはその服を受け取ると、その場で着替えようと自身の服に手を……って、オイ!?
「ちょっ!?、待て、メイ!?」
「? どうしたの?」
メイは俺の声に反応して、不思議そうに首を傾げる。
ルフェさんも、その場で着替えようとしたメイを見て、慌てて服を掴んで脱がさない様にしている。
「何をしているんですか、メイちゃん!? ユージさんがいるんですよ!?」
「? 問題ないと思うんだけど」
「大ありだよ!?」
何故? という感じで小首を傾げるメイ。
コイツ、人並みの知性は持ってる癖に、変なとこで天然だからな……。
「そもそも、ここで着替えようとするな! カーラさん、試着室とかありますよね!?」
「ん? あぁ、勿論あるよ。それがなかったら、服を取り扱ってもねぇ?」
「ほら、そこで着替えてこい」
「え~」
「え~、じゃない。向こうで着替えてこい」
メイは不満そうな顔ながらも、ルフェさんに行きましょう、と言われて連れていかれた。
アイツ、俺が異性だってわかってんだろうか?
【それは認識していると保証します】
ヘルプさんが言うのなら、そうなのかな。
じゃあ、ただの天然か。
【ハイ、ちょっと抜けてるだけかと】
うん、もうちょっと常識を教えた方がいいかもしれないな。
今後、変なことをしでかす前に。
「着替えるついでに、エンチャントをしてやるかね。少し待ってな」
そういって、試着室がある部屋へとカーラさんも入っていく。
エンチャントで、何をつけてもらえるかは謎だが、メイに適応したものをつけてくれるだろう。
後は俺の服やヘッドホンにどんなエンチャントをつけてもらうかだ。
まぁ、共通は『自己修復』だろうか。
服には『清潔』だろうか。
後は防御系統のエンチャントをつけてもらうとして。
「お兄ちゃん、そんなに考え事してどうしたの?」
「え?」
ふと、自分の右側から聞こえてきた声に反応する。
視線を向けると、そこには小さな白髪の少女がいた。
いうならスイムより少し大きいくらいだろうか。
その少女はまるで血の様に紅い瞳で、手に持っている懐中時計の時間を見ている。
カチッ、カチッと、時を刻む懐中時計に珍しさを感じ、見てしまう。
懐中時計なら、この世界にもあるんだな、ヘルプさん。
【……】
アレ? 反応なし?
いや、それよりも、この子はいつからここにいた?
入ってきたのなら、スイムやノワール、アルフが反応するはずなのにな。
俺はスイム達へと視線を向けようとした時だ。
「ねぇ、お兄ちゃん。お名前、教えてほしいな!」
急に話しかけられ、少女の方へと視線を戻す。
まぁ、ノワールとアルフが何も行動を起こしていないと言うことは、大丈夫なんだろう。
それに、こんな子がルフェさんを攫いに来たなんてありえないしな。
「俺は久遠裕司。ちょっと珍しいかもしれないけど、裕司が名前なんだ」
「へぇ、そうなんだ。あ、ロキはね! ロキっていうの! よろしくね」
「あぁ、ロキだな」
自分のことを名前で呼ぶとは。
まぁ、これくらいの歳の子なら、よくあることだ。
でも、ロキって、女の子につける名前かな。
「それでロキはここに何しに来たのかな?」
「えっとね、暇だったから、うろうろしていたら、ユージお兄ちゃんたちを見かけたの! だから、ついてきたんだ! ここに入る時はコッソリ入ったんだよ?」
「そうなのか」
年相応というべき活発さを見せながらしゃべるロキ。
微笑ましいと言うか、可愛らしいと言うか。
スイムとかなら、仲良くできそうだな。
「なら、ロキと同い年っていうべきかはわからないけど、同じくらいの子が、俺の仲間に」
「ロキはね、ユージお兄ちゃんと遊びたいな」
スイムを呼ぼうとする前に、ロキが俺に飛びついてきた。
その行動に反射的に反応し、ロキを受け止める。
「えっとな、俺はな、今から用事が」
「えー! ユージお兄ちゃん、遊ぼうよ! 大丈夫、楽しい遊びをロキは知ってるから。これから起きる、とっても楽しい遊びをね」
無邪気な笑みを浮かべた時、カチッ、とロキが持っている懐中時計が音を立てた。
「ルフェ様!」
「っ!?」
懐中時計の時を刻む音と同時に聞こえてきたカーラさんの声。
ロキを引き剥がし、スイム達を連れて、すぐさま試着室へと突撃する。
そこにいたのはカーラさんと着替え終えたメイ。
そして、気を失っているルフェさんを抱えた一人の男。
赤い髪が特徴的で、種族の見分け方が未だに難しい俺でもわかる。
アレは俺と同じ人間だと。
背中には大剣を背負っているのだが、これまた怪しそうな大剣だ。
いうならば、血肉で出来ている。
魔物か何かを、そのまま武器へと作り替えたかの様な大剣。
その大剣が今でも、ドクン! ドクン! と脈を打っているのがわかる。
「ハハハ、ルシファーの妹だと思って、警戒していたが……なんてことはねぇ。魔族だろうと、小娘だな!」
「いつの間にこの部屋に……!?」
そうだ、いつの間にこの部屋に入ってきたんだ?
出入り口は俺やスイム達がずっといた。
この試着室だって、辺りを見渡す限り、出入り口は扉一つだけ。
天窓があるが、あそこから人が入ってくるなんて不可能……って、言いたいけど、なんかそういうスキルとかありそうだよな。
でも、まぁ、あったとしても、あの大剣を背負った状態では絶対に無理だ。
となると、どうやって入ってきた?
俺たちに気付かれずに、どうやって。
「ユージお兄ちゃん、答えは簡単だよ。私が協力者の一人だから」
後ろから聞こえてきた声に反応して振り返ると、そこにはロキがいた。
いや、正しくはロキの面影を残している十八くらいの少女がいたのだ。
「ロキ……なのか?」
「そうだよ、ユージお兄ちゃん。驚いた? コレ、一応ロキの力なんだ。凄いでしょ?」
喋り方はそこまで変わっていないが、どうしてだろうか。
何処か、落ち着いた雰囲気をロキから感じる。
それこそ成長したからこそ、という様な感じでだ。
いや、それよりも協力者って……。
「まさか、ロキ……お前も」
「そうだよ? ロキは『悪魔神教』に属する者ロキ。で、そこにいる人間は魔剣『黙示録の獣』を扱うジン・ラングだよ」
「『黙示録の獣』だって!?」
カーラさんはジンという男が持つ魔剣を名前を聞いて、驚愕している。
それほどに有名な魔剣なのだろうか?
俺の世界だと、レーヴァテインとかが有名だが……まぁ、神話上の話だけど。
カーラさんは冷や汗を流しながら、ジンを見る。
「なんで、そんな魔剣を人間であるアンタが持ち歩いてるんだい!? いや、そもそもどこで、それを……!」
「うるせぇなぁ! んなもん、『悪魔神教』の上層部から貰ったに決まってんだろ? 俺に適性があるらしいからな」
『黙示録の獣』と呼ばれた大剣を抜き、構えてくる。
その瞬間からわかる。
あの大剣の鼓動が少し速くなったのが。
飢えているんだ。
己で敵を斬り、その血肉を食わせろ、糧とさせろと言っている様にだ。
「人間に適性だって? そんなのあるはずないだろ! その魔剣は『アンラマンユ』が扱っていたとされる代物なんだよ!?」
「アンラマンユが!?」
あのアポカリプスという魔剣、ただの魔剣じゃないのは確かだ。
邪悪王、アンラマンユが扱っていたものということはかなりやばい魔剣だ。
「アンタ、悪いことは言わないよ。その魔剣、今すぐ捨てな! でないと……喰われちまうよ?」
「喰われるぅ? ハハハ! んなのあるかよ! 俺には適正がある! コイツを振り回せるほどのな! そうだ、ちょうどいい。魔人二体に魔物が二体、いるんだから……この剣で斬ってやろうか?」
ジンは歪な笑みを浮かべ、大剣の剣先をメイたちへと向ける。
それに反応したメイたちが身構えるが、次の瞬間にはロキがジンの隣に立っており、肩に手を置いている。
「そういうのはいいからさ。さっさと帰ろうよ、ジン」
「あぁ? ロキ、これから面白いことに」
「いいから帰るよ。今はルシファーの妹を早く連れていかないと。後、その魔剣が扱えるからって、調子乗らないでよ。ロキに勝てると思ってるの?」
背筋に悪寒が走った。
言葉で言い表すのなら、本当にそういうしかなかった。
笑顔を浮かべて話しているはずなのに、不気味な何かを感じた。
ジンも笑顔を引きつりながら、『黙示録の獣』をしまう。
「命拾いしたな。まぁ、次会う時は俺の魔剣の錆……いや、血肉になってもらうだろうけどよ」
「じゃあね、ユージお兄ちゃん。次会った時はたくさん遊ぼうね? まぁ、次があればだけどね」
「待て!」
「私に任せて、ユージ!」
メイが踏み込み、その場から消えて、ロキ達の懐へ飛び込んだ瞬間だ。
「『停止』」
その声と懐中時計の一度時を刻む音が響いた瞬間、そこにはもうロキとジン、そして捕まったルフェさんの姿はなかった。
メイは驚きで目を見開き、鼻を動かしながら辺りを見渡し、耳をうさ耳へと変えて、音を拾うのに集中するが、耳を元に戻し、落ち込みながら、俺を見てくる。
「ゴメン、ユージ。ルフェ、連れていかれちゃった」
「え? こ、痕跡は?」
「ない。ニオイも、音も、何もない。何をしたのかはわからないけど、本当に何も残ってない」
そんなバカな……。
まさか、転移系の魔法でも存在しているのだろうか?
それによって、目的地までジャンプを?
いや、それよりもルフェさんが……。
「うみゅ!」
「あだっ!?」
スイムに頭を叩かれた!?
俺はスイムに叩かれた後頭部を擦りながら、スイムへと視線を向けると、メイたちが俺を見ていた。
その目はまるで、早くルフェさんを助けに行こうと言っている様で。
「ユージ、アンタはこの子たちの司令塔なんだ。いきなりのことで頭の中が混乱しているのもわかるよ。だけどねぇ、アンタがしっかりしないでどうするんだい? できるなら、アタシも助けに行きたいけど、戦闘はからっきしでね。だから、頼むよ。ルフェ姫を助けに行ってやってくれないかい?」
「カーラさん……」
そうだ、俺がしっかりしないと。
ルフェさんを必ず守るって決めたんだ、助けにいかないと。
「ユージ、リオンならもしかしたら」
「あぁ、そうだな。リオンさんならわかるかもしれない。行こう」
「待ちな」
俺たちが向かおうとした瞬間、カーラさんが素早く俺とメイの前に魔力文字を描く。
「『刻印強化』」
すると、魔力文字は俺とメイの服に吸い込まれていく。
そして、素早くもう一度魔力文字を俺の前で書くと、次はヘッドホンへと吸い込まれていく。
「とりあえず、『清潔』『自動修復』はつけておいたよ。後、ユージの方は特殊だと言っても、戦闘用の服じゃなさそうだからね。『頑強』と四大元素の耐性はつけておいたよ。その変わった装備にもね。後はそれ、耳につけそうだから『聴覚強化』もつけておいたからね」
「カーラさん、ありがとうございます」
「いいんだよ。早く行きな。ルフェ姫のこと、頼んだよ」
俺たちはカーラさんの言葉に頷いてみせて、店から飛び出していく。
急いで、リオンさんの元へと向かうために、人混みの中を走り抜けていくのだった。




