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夢の国を行く帆船    作者: 鈴宮とも子
禁断の木の実をめぐる争い―――呪わしい命たち
30/43

勝利に酔う裏切り者

「永遠の命を得るのだ!」

「死ぬ恐怖のない世界を!」

「木の実を食べれば、幸せになれる!」

 おどろおどろしい声。

「おまえらの言ってることは、ぜんっぜん説得力ねーな!」


 死霊だし!

 俺は、断固として言った。

「永遠の命って、いったいどういうものなんだ。死んでも死なないって意味じゃあ、死霊と変わらねーてことだろ、やめとけよ!」

「俺様は、死霊のボスになる」

 エリヤは、取り憑かれたように口走っている。

「死霊を操り、人々に恐怖を与え、アスリア王女を支配し、いずれはネルビア国を、いや、世界を手に入れるのだ!」

 あーっはっはっは。

 頭をのけぞらせて、哄笑する。


「じゃあ、聖水を無効化したのは、あんただな!」

「おうよ、聖別された水とふつうの水を取り替えるぐらい、わけのないことだ」

「なんてことをするんですか! それでも邪神ブラークルに対抗する聖なる国ネルビアの民なのですか!」

 ペテロが絶叫すると、エリヤはふと、目をこすった。

「なにもかも、サウル国王のためなんだ。サウル国王は、死にかけていた俺様を、助けてくれた。彼のために俺は世界を支配する。彼が命じるのなら、どんな人生だって歩んでやる。そして、ほうびにアスリア王女を手に入れる!」


「あんた、どっかイカれてるぜ」

 俺は、宝珠を取り出した。光ってくれ、宝珠よ! 

 しかし、宝珠は反応しない。

「死よ、おまえを滅ぼしてやる!」

 エリヤは、木の実を丸ごと飲み込んでしまった。


 同時に。

 死霊どもが襲ってきた!

そいつらの笑い声が耳にこだました。うさぎが笑うなんて、初めての体験だ。明るくて無邪気でふかふかしたうさぎの身体の、どこからあんな声が出るのか。胸くそが悪くなってくる。

 そして、笑いながら、身体ごとぶつかってきた。したたる腐肉がべっとりと地面をよごしている。思わず身を引いてしまった。べとべとした汚らしいものが、腕の先にくっついてきて、じゅうっと酸のように溶かした。


「気をつけろ! こいつ、硫酸の体液だ!」

 俺は警告した。ペテロは聖水を、聖句とともにぶちまける。

「前方に、デリラがいる! 呪文を放っている!」

 ラハブが、明るい声で叫んだが、うさぎはその希望の声を、あざけるように笑い飛ばす。その声の不気味なことと言ったら……。

「【ターン・アンデッド】!」


 半径40mの有効範囲がある、死霊系モンスター浄化呪文。それが【ターン・アンデッド】だ。うさぎたちは、光の波動を受けて、

「うひ、ひひひひひ」

 笑いながら消えていく。

 と、そう見えた。

「なにをやっている! 俺様の部下として、身を捨てて働け、働くのだ!」

 その向こうに、どこかで見覚えのある―――しかし、どう見ても人間とは思えない、鬼のような男がわめいていた。


 エリヤだ。


 人相が変わっている。かつては、どことなく田舎の隊長っぽい雰囲気がかもしだされていたのだが、いまは口元は酷薄につりあがり、目はギラギラと熱病のように輝いている。しかも瞳孔は赤くて蛇のように開いたり閉じたり。無精髭はどこかに消えて失せている。つるっぱげになっていて、なにやらおどろおどろしい雰囲気があった。


「禁断の木の実を―――食べたから、なのか……?」

 蛇のような目を見ながら、俺はつぶやいた。

「こ、この、化物め! 元のエリヤさまを、返せ!」

 ラハブが剣を振り上げて、猪突猛進、突っ走っていく。

「あ、や、やめ……!」


 俺は止めようとする。うひ、ひひひひひとウサギたちの群れが合唱する。

「【ターン・アンデッド】!」

 デリラがエリヤに向けて、呪文を放ったが、

「俺様を死霊と同じと思うなあああああ!」

 いきなり、拳が飛んできた。もろにみぞおちに食らって、俺は館の壁に吹っ飛ばされた。壁のしっくいがパラパラ落ちてくる。


 げほっ。血を吐いてしまった。あばら骨に、ヒビが入ったかもしれない。

「これで俺様は、無敵だ。邪神ブラークルの加護を得て、ネルビア国を闇に閉ざし、サウル国王とともにかのネルビア国を―――ひいては、世界を、支配するのだ!」

 エリヤは、勝利宣言をやってのける。


 俺は、地面に手をついてから起きあがった。死んでも死なない男。死霊系モンスター浄化呪文、【ターン・アンデッド】も効かない無敵の人間。

「サウル国王はおっしゃった。俺様に、アスリア王女をくれてやると。あの美しい、たおやかな、平和主義のアスリア王女が、俺様のものになるのだ!」

 エリヤは、剣をかざして、天に向けて突き刺した。

「アスリア王女は、俺様のものになる! たっぷり鞭でかわいがってやるぜ」

「鞭……」


 ヘンタイか。こいつはSだったのか。

「おまえらのことも、たっぷりかわいがってからあの世へ送ってやるぜ。いや……、むしろ、死霊にして、ブラークルさまの忠実なしもべに変えてやろうか」

 エリヤは、すっかり楽しんでいるようだ。

 消えたはずの死霊たちが現れた。周りはみんな、死霊どもばかりだ。

「うひ、ひひひひひ」

「うひょーひょひょ」

「あはーははははは」

 みんな、耳障りな声で笑っている。

 デリラは、まっさおになって崩れ落ちた。

「ああ、魔力を……使い果たして……」

 ダメだ。なにもかも、もう、ダメだ。

 アスリア王女……、ごめん。

 俺は、ジンジン痛む胸を抱えながら、宝珠を握りしめた。

 彼女を、悪の手から守りたかった。

 叔父から逃げている、というところは不満だったけど、アスリアはそれなりに、覚悟してこの旅に出ていたのだ。


 まさか、ヘンタイの化物に、犯される未来が待っていようとは……。

 なんとかならないのか。

 エメット神!

 俺は……、健司の自殺を食い止められなかった。

 アスリア王女は、死よりもひどい運命にさらされている。なのに、またも悪の勝利を見ることになるのか?


 俺は、宝珠を握りしめた。なんの反応もしない宝珠を握ったまま、ふらりとエリヤのまえに立ちふさがった。

「あんたのいいようにはさせない」

「どうするつもりだ?」

 けけけっ。エリヤは、ニワトリみたいに笑った。ウサギたちの群れも、一斉に笑っている。イライラしてくるぜ。


「その宝珠は使えないんだろう? ざまあないな、勇者とおだてられていい気になって。ただ目立ちたいだけの、ピエロにすぎんのだよ、きさまは」

 エリヤは、頭をのけぞらせて笑った。

 俺は、宝珠を砕けんばかりに握りしめたまま、立ち尽くしている。目で殺せたら、エリヤを百万遍は殺してる。

「情けない姿だ。おまえはただのブタ野郎だ! はは、あーははははは!」

「義也さま、ご主人さま!」

「逃げろ、義也! おまえのかなう相手じゃねえ、相手はレベルもスキルも上の、上級親衛隊長だぞ!」

「義也さま、わたくしめが聖水で清めますゆえに!」

「ふはははははは、苦しめ、苦しめ! そんな水や呪文ごときで、この【禁断の木の実】の魔力が破れるものか」


 こいつ、ほんっとに典型的なヤツだな。自分が徹底的に優位に立ったとたん、牙をむいて襲ってくる。そう、蛇のようなヤツ。

 考えてみれば、デリラの夢は、こうなることを警告していたのだ。

 うさぎとへびの夢。

 うさぎというのが、俺たちの軍だと俺は解釈してしまったが、死霊だったのだ。

 誘惑したのは、へびだったが……。

 そのへびは、エリヤ。

 その赤い目と、開閉する瞳孔。チラリと見える赤い舌。

 頭から髪の毛は抜け落ちて、まさにへびのような顔だった。

「うはーはははははははは!」


 エリヤは俺を徹底的に馬鹿にし、見下し、あざけっていた。完全に、ブラークルに心を、魂を、捧げているのだ。ゲラゲラ笑い転げ、いやらしい言葉を吐いている。デリラとラハブは、顔を赤らめて伏せてしまった。

 そして、とどめの一言。

「こんな軟弱なヤツに、アスリア王女が守れるものか。死霊のような、中程度の魔物相手に、こんなにも手こずってるじゃないか。勇者だなどと言っているが、宝珠も操れない。人間的にも、問題があるんじゃないのか?」


 そこまで言う!

 爆笑しているうさぎ人間たちの群れを従えるエリヤに、俺は頭の中が、マグマでドロドロするほどの怒りを感じた。

「エリヤさま万歳!」

「不死者の中の不死者!」

「世界とアスリアさまは、あなたの手に!」

「ひゃっはっはっははー!」

「サウル国王、万歳! ブラークルさまに栄光あれ!」

「ははは、あーははははは!」

 うさぎとエリヤは、ほとんど交互になるように、笑い合い、褒めそやし、おだてあった。

「ひゃーっはっはっはっは!」

「わははははははは、闇よ、悪よ、我が軍に集え! この西方教会を乗っ取り、アスリア王女を犯すのだ!」


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