勝利に酔う裏切り者
「永遠の命を得るのだ!」
「死ぬ恐怖のない世界を!」
「木の実を食べれば、幸せになれる!」
おどろおどろしい声。
「おまえらの言ってることは、ぜんっぜん説得力ねーな!」
死霊だし!
俺は、断固として言った。
「永遠の命って、いったいどういうものなんだ。死んでも死なないって意味じゃあ、死霊と変わらねーてことだろ、やめとけよ!」
「俺様は、死霊のボスになる」
エリヤは、取り憑かれたように口走っている。
「死霊を操り、人々に恐怖を与え、アスリア王女を支配し、いずれはネルビア国を、いや、世界を手に入れるのだ!」
あーっはっはっは。
頭をのけぞらせて、哄笑する。
「じゃあ、聖水を無効化したのは、あんただな!」
「おうよ、聖別された水とふつうの水を取り替えるぐらい、わけのないことだ」
「なんてことをするんですか! それでも邪神ブラークルに対抗する聖なる国ネルビアの民なのですか!」
ペテロが絶叫すると、エリヤはふと、目をこすった。
「なにもかも、サウル国王のためなんだ。サウル国王は、死にかけていた俺様を、助けてくれた。彼のために俺は世界を支配する。彼が命じるのなら、どんな人生だって歩んでやる。そして、ほうびにアスリア王女を手に入れる!」
「あんた、どっかイカれてるぜ」
俺は、宝珠を取り出した。光ってくれ、宝珠よ!
しかし、宝珠は反応しない。
「死よ、おまえを滅ぼしてやる!」
エリヤは、木の実を丸ごと飲み込んでしまった。
同時に。
死霊どもが襲ってきた!
そいつらの笑い声が耳にこだました。うさぎが笑うなんて、初めての体験だ。明るくて無邪気でふかふかしたうさぎの身体の、どこからあんな声が出るのか。胸くそが悪くなってくる。
そして、笑いながら、身体ごとぶつかってきた。したたる腐肉がべっとりと地面をよごしている。思わず身を引いてしまった。べとべとした汚らしいものが、腕の先にくっついてきて、じゅうっと酸のように溶かした。
「気をつけろ! こいつ、硫酸の体液だ!」
俺は警告した。ペテロは聖水を、聖句とともにぶちまける。
「前方に、デリラがいる! 呪文を放っている!」
ラハブが、明るい声で叫んだが、うさぎはその希望の声を、あざけるように笑い飛ばす。その声の不気味なことと言ったら……。
「【ターン・アンデッド】!」
半径40mの有効範囲がある、死霊系モンスター浄化呪文。それが【ターン・アンデッド】だ。うさぎたちは、光の波動を受けて、
「うひ、ひひひひひ」
笑いながら消えていく。
と、そう見えた。
「なにをやっている! 俺様の部下として、身を捨てて働け、働くのだ!」
その向こうに、どこかで見覚えのある―――しかし、どう見ても人間とは思えない、鬼のような男がわめいていた。
エリヤだ。
人相が変わっている。かつては、どことなく田舎の隊長っぽい雰囲気がかもしだされていたのだが、いまは口元は酷薄につりあがり、目はギラギラと熱病のように輝いている。しかも瞳孔は赤くて蛇のように開いたり閉じたり。無精髭はどこかに消えて失せている。つるっぱげになっていて、なにやらおどろおどろしい雰囲気があった。
「禁断の木の実を―――食べたから、なのか……?」
蛇のような目を見ながら、俺はつぶやいた。
「こ、この、化物め! 元のエリヤさまを、返せ!」
ラハブが剣を振り上げて、猪突猛進、突っ走っていく。
「あ、や、やめ……!」
俺は止めようとする。うひ、ひひひひひとウサギたちの群れが合唱する。
「【ターン・アンデッド】!」
デリラがエリヤに向けて、呪文を放ったが、
「俺様を死霊と同じと思うなあああああ!」
いきなり、拳が飛んできた。もろにみぞおちに食らって、俺は館の壁に吹っ飛ばされた。壁のしっくいがパラパラ落ちてくる。
げほっ。血を吐いてしまった。あばら骨に、ヒビが入ったかもしれない。
「これで俺様は、無敵だ。邪神ブラークルの加護を得て、ネルビア国を闇に閉ざし、サウル国王とともにかのネルビア国を―――ひいては、世界を、支配するのだ!」
エリヤは、勝利宣言をやってのける。
俺は、地面に手をついてから起きあがった。死んでも死なない男。死霊系モンスター浄化呪文、【ターン・アンデッド】も効かない無敵の人間。
「サウル国王はおっしゃった。俺様に、アスリア王女をくれてやると。あの美しい、たおやかな、平和主義のアスリア王女が、俺様のものになるのだ!」
エリヤは、剣をかざして、天に向けて突き刺した。
「アスリア王女は、俺様のものになる! たっぷり鞭でかわいがってやるぜ」
「鞭……」
ヘンタイか。こいつはSだったのか。
「おまえらのことも、たっぷりかわいがってからあの世へ送ってやるぜ。いや……、むしろ、死霊にして、ブラークルさまの忠実なしもべに変えてやろうか」
エリヤは、すっかり楽しんでいるようだ。
消えたはずの死霊たちが現れた。周りはみんな、死霊どもばかりだ。
「うひ、ひひひひひ」
「うひょーひょひょ」
「あはーははははは」
みんな、耳障りな声で笑っている。
デリラは、まっさおになって崩れ落ちた。
「ああ、魔力を……使い果たして……」
ダメだ。なにもかも、もう、ダメだ。
アスリア王女……、ごめん。
俺は、ジンジン痛む胸を抱えながら、宝珠を握りしめた。
彼女を、悪の手から守りたかった。
叔父から逃げている、というところは不満だったけど、アスリアはそれなりに、覚悟してこの旅に出ていたのだ。
まさか、ヘンタイの化物に、犯される未来が待っていようとは……。
なんとかならないのか。
エメット神!
俺は……、健司の自殺を食い止められなかった。
アスリア王女は、死よりもひどい運命にさらされている。なのに、またも悪の勝利を見ることになるのか?
俺は、宝珠を握りしめた。なんの反応もしない宝珠を握ったまま、ふらりとエリヤのまえに立ちふさがった。
「あんたのいいようにはさせない」
「どうするつもりだ?」
けけけっ。エリヤは、ニワトリみたいに笑った。ウサギたちの群れも、一斉に笑っている。イライラしてくるぜ。
「その宝珠は使えないんだろう? ざまあないな、勇者とおだてられていい気になって。ただ目立ちたいだけの、ピエロにすぎんのだよ、きさまは」
エリヤは、頭をのけぞらせて笑った。
俺は、宝珠を砕けんばかりに握りしめたまま、立ち尽くしている。目で殺せたら、エリヤを百万遍は殺してる。
「情けない姿だ。おまえはただのブタ野郎だ! はは、あーははははは!」
「義也さま、ご主人さま!」
「逃げろ、義也! おまえのかなう相手じゃねえ、相手はレベルもスキルも上の、上級親衛隊長だぞ!」
「義也さま、わたくしめが聖水で清めますゆえに!」
「ふはははははは、苦しめ、苦しめ! そんな水や呪文ごときで、この【禁断の木の実】の魔力が破れるものか」
こいつ、ほんっとに典型的なヤツだな。自分が徹底的に優位に立ったとたん、牙をむいて襲ってくる。そう、蛇のようなヤツ。
考えてみれば、デリラの夢は、こうなることを警告していたのだ。
うさぎとへびの夢。
うさぎというのが、俺たちの軍だと俺は解釈してしまったが、死霊だったのだ。
誘惑したのは、へびだったが……。
そのへびは、エリヤ。
その赤い目と、開閉する瞳孔。チラリと見える赤い舌。
頭から髪の毛は抜け落ちて、まさにへびのような顔だった。
「うはーはははははははは!」
エリヤは俺を徹底的に馬鹿にし、見下し、あざけっていた。完全に、ブラークルに心を、魂を、捧げているのだ。ゲラゲラ笑い転げ、いやらしい言葉を吐いている。デリラとラハブは、顔を赤らめて伏せてしまった。
そして、とどめの一言。
「こんな軟弱なヤツに、アスリア王女が守れるものか。死霊のような、中程度の魔物相手に、こんなにも手こずってるじゃないか。勇者だなどと言っているが、宝珠も操れない。人間的にも、問題があるんじゃないのか?」
そこまで言う!
爆笑しているうさぎ人間たちの群れを従えるエリヤに、俺は頭の中が、マグマでドロドロするほどの怒りを感じた。
「エリヤさま万歳!」
「不死者の中の不死者!」
「世界とアスリアさまは、あなたの手に!」
「ひゃっはっはっははー!」
「サウル国王、万歳! ブラークルさまに栄光あれ!」
「ははは、あーははははは!」
うさぎとエリヤは、ほとんど交互になるように、笑い合い、褒めそやし、おだてあった。
「ひゃーっはっはっはっは!」
「わははははははは、闇よ、悪よ、我が軍に集え! この西方教会を乗っ取り、アスリア王女を犯すのだ!」




