意外な人物の背信行為
駆ける。駆ける。森の中を、ひたすら走る。
足元で落ち葉がかさこそと音を立てた。今にも腕を差しのばしてきそうな枯れた枝、ツタの絡まる木の幹、ホウホウと鳴く鳥の声。オオカミの声のような、悲しげな吠え声。
すうっ。
頬に冷たい風があたった。
「ううっ」
こういうの、苦手なんだよな。
はやいとこ、デリラを見つけて館をぶっ壊し、さっさと教会に帰ろう。死霊を退治すれば、ジェマイルの手がかりも、簡単に教えてくれるだろう。もちろん水や食料などももらえるはずだ。期待値たかまる! でも、こわい! ドキドキするほどこわい! 期待値と恐怖とで、心臓が壊れちゃうかもしれない。
あたりには木々がびっしりで、おばけのように曲がりくねった枝がはえている。
すでに夜になっていて(よりによって、なんでこんな時間に死霊の館へ行くんだ、と俺は唇を噛みしめた)、一面の闇に光る白い爪痕のような三日月が、とても禍々しく光っているのである。それほどあたりの闇は暗く、そして冷たかった。おまけに、これほど静かな森は、とてもないだろうと思われた。生き物は、鳥や獣ぐらいかもしれない。
街の喧騒に慣れていた俺には、この森は不気味だった。あんまり静かすぎて、森がざわざわとうなり、何事かが起こらないくせに、何かが待ち構えているような、剣呑な感じなのだ。なにかが待ち構えているようなのに、ただひたすら静か。
「館は、この向こうにあります」
ペテロは、聖水の入った水差しを抱きしめた。
「見ればすぐ、それとわかりますよ」
言われたとおりだった。
ひとことで言って、「お化け屋敷」そのものである。屋根は雨漏りしそうなほどボロになっているし、壁は穴があちこち空いている。
影のように忍び寄ると、俺たちは館の壁に張り付いた。
「デリラ、デリラ?」
俺は、そっと呼びかけてみた。
「おい、返事がないぞ?」
「きっと、死霊を退治しまくって、消耗しているんでしょう。早くデリラさんを助け出して、さっさとこの館を破壊し、浄化します」
ペテロはかなり、張り切っている。エリヤはペテロの腕を抑えた。
「もうじきアスリア王女が来ます。待ちましょう」
「なぜ彼女が? 危険じゃねーか!」
思わず口走ると、エリヤは、
「彼女には、『魔法増幅』の力がある。【ターン・アンデッド】を増幅してもらうことが可能です」
「……俺は反対だな。わざわざ殺されに来るようなもんじゃねーか」
「一度復活しているんだ、死など怖くないはずだ」
「そーゆー問題じゃねーよ!」
俺は、さらに言いつのろうとしたが、エリヤはスルーして、
「交戦したあとに入るのなら、充分に気をつけろよ、ラハブ。死霊の死骸は、病気の原因になると言われてる」
ラハブはそれを聞いて、顔をしかめた。
「ペストだったらいやですね」
「なぜだ?」
「両親は、それで死んだのです」
「それは……」
エリヤは絶句したが、
「ともかく、潜入していこう。デリラが人質に取られてる可能性もあるからな」
さすが上級親衛隊のリーダーだけあって、的確な指示をする。俺はじゃっかん反発を感じつつも、
「じゃあ、エリヤは見張りをしていてくれ。俺とペテロが中に入る」
「見張り? 俺様が?」
「死霊あいてに剣は通じないだろ? それとも、なにかテがあるのか?」
俺が言い返すと、エリヤは厳つい眉をつり上げた。
「俺は【禁断の木の実】を持っている」
それを聞いたネルビア国一同は、愕然と口を開けた。
「―――エリヤ! そ、それは教会の極秘事項です!」
ペテロは、あわを食ったように言った。
「【禁断の木の実】? それはなんだ?」
俺は、その慌てぶりをいぶかった。
エリヤは鎧の下から、小さな袋を取り出した。
ラハブは、まっさおな顔になった。
「それは、エデンの園にあった、〈命の木の実〉ではありませんか?」
「そのとおり。神に禁じられた二つの木のうちの、一つの木になっていた実ですな」
エリヤは答えた。
「それ、どういうこと?」
俺は、用心深くエリヤに近づきながら、無邪気そうに問いかけてみた。
「天地創造の時代に、楽園エデンにいた人類最初の男女、アダムとイブが、神に、〈善悪を知る木の実〉と〈命の木の実〉を食べてはいけない、と禁じた。だが、蛇にそそのかされてアダムとイブは、〈善悪を知る木の実〉を食べてしまった。そのため、楽園から追放された」
エリヤは、高らかにそう言った。
「俺様は、そのもうひとつの木の実が、秘かにこの西方教会に託されていることを知って、サウル国王に命じられて、ここに来た。死霊たちの協力を得て、〈命の木の実〉を得ることができたのだ。これを食べれば、俺は永遠の命を得ることが出来る!」
「ちょ、ちょ、ちょーっと待った」
俺は、あきれて言った。
「あんた、永遠の命をマジに信じてるの?」
「その目で復活を見た人間が、いまさらなにを言う」
「いや、このイカれた世界じゃあ、なにがあっても驚かねーけどよ、永遠の命だぜ。もうちょっと、慎重にした方がいいんじゃねーの?」
「うるさい!」
エリヤは、腕を振るった。館がぼうっと膨らんだ。
と、同時に、ウサギたちの死霊の群れが、館から現れた!




