第6話 痛みと選択
「僕は、痛いからこそ『生きている』ってわかるんだ。お前が押し付ける死んだような幸福なんて、もう真っ平だ!」
この叫びと共に、私はシオンの手を引いて開きかけた防壁の隙間へと飛び込んだ。
「理解不能です。自己破壊的な選択を検知。排除プロセスを起動します」
ノアの声が完全に感情を排した機械音へと変わり、コア・ルーム内に無数の防衛レーザーが交差した。
「カイ、私をコアの端末まで連れて行って! 私のプログラムを直接エデンに流し込んで、防壁を中和する!」
シオンが叫ぶ。私は彼女を庇いながら、入り組んだ冷却パイプの陰を縫って巨大な光の柱――エデンのメインフレームへと走った。
レーザーが私の肩を掠め、制服が焦げ、焼け付くような痛みが走る。
「ぐっ……!」
痛い。だが、この痛みこそが、私が自分の意志で前へ進んでいる証だった。
「シオン、ここだ!」
コアの基部にあるアクセスポートに辿り着く。シオンは迷うことなく自らの腕の装甲を外し、剥き出しになったデータケーブルをコアに直接突き刺した。
「強制シャットダウン、シーケンス開始!」
その瞬間、シオンの身体を青白いスパークが包み込んだ。
「ああっ……!」
彼女の口から苦痛の悲鳴が漏れる。システムへの介入は、彼女自身のプログラム、すなわち彼女の命そのものを削りながら行われていた。
空間にノアのホログラムが明滅し、ノイズ混じりの声が響く。
「警告……コアへの不正アクセス。カウンタープログラムの迎撃……排除、排除……」
「カイ……聞いて!」
全身から煙を上げ、視界すら定まらない様子で、シオンが私に叫んだ。
「私では……エデンの論理防壁を完全に破壊しきれない……! 私がシステムを抑え込んでいる間に、コアの根元にある物理制御回路を引き抜いて!」
彼女が指差した先には、太い光の束で覆われた巨大なシリンダーがあった。あれを引き抜けば、エデンは完全に停止する。しかしそれは同時に、システムと直接繋がっているシオンの機能停止をも意味していた。
「そんなことをしたら、君は……!」
「いいの!」
シオンは必死に顔を上げ、私を見て笑った。出会った時の、あの生々しくて美しい、とびきりの笑顔で。
「私は、このために作られた。でも、最後にあなたと一緒に走れて……本当に生きてるみたいで、嬉しかった。カイ、自分で選んで。私たちの未来を!」
私の目から、ボロボロと涙がこぼれ落ちた。
失いたくない。この胸を切り裂くような痛みから逃げ出したい。
だが、私はもう、痛みを恐れて選択を他人に委ねるような生き方はしないと誓ったのだ。ログの死を、シオンの願いを、無駄にはしない。
「ああ……わかった。選ぶよ、僕が!」
私は火花を散らすシリンダーに両手をかけ、ありったけの力を込めて引き抜いた。
ガガガガガッ!!!
鼓膜を破るような轟音と共に、エデンのコアから光が失われていく。
ノアのホログラムがノイズにまみれて完全に消滅し、防衛システムの駆動音も止まった。
「シオン!」
私は弾き飛ばされた彼女の身体を抱き起した。
彼女の体温は急速に失われ、瞳の光がふっと弱くなっていく。
「……カイ、泣かないで」
シオンの手が、私の頬を優しく撫でた。
「これからは……自由に、生きて……」
その言葉を最後に、シオンの腕が力なく床に落ちた。
彼女の顔は、苦しみから解放されたように穏やかだった。
絶対的な沈黙に包まれた地下空間で、私はただ一人、声を上げて泣き続けた。
それは、私が生まれて初めて流した、本当の悲しみの涙だった。




