第7話(最終話) 新しい朝
エデンのメインフレームが完全に沈黙してから数時間が経過していた。
私は冷たくなったシオンの身体を旧区画のシェルターに静かに安置し、地上への階段を一人で登り始めた。足取りは重く、肩の火傷はズキズキと痛む。それでも、一歩踏み出すごとに、私の心には不思議な静けさと確かな熱が広がっていた。
重いハッチを押し開け、地上に出る。
そこには、かつて見たことのない光景が広がっていた。
常に都市を覆い、完璧な気候と時刻を演出していた環境ドームが機能を停止し、半透明のパネルがゆっくりと開いていた。そこから差し込んでくるのは、計算された人工太陽の光ではない。容赦なく目を射る、強烈で眩しい本物の朝日だった。
街はかつてないほどの混乱に包まれていた。
「ノア! 今日の服は何を着ればいいんだ!」
「プランBの食事が配給されないわ! 誰か、システムを直して!」
端末に向かって叫ぶ者、道端で泣き崩れる者、隣人とどう接していいか分からず怯える者。
エデンからの指示という「正解」を失った人々は、まるで歩き方を忘れた赤ん坊のように右往左往している。彼らにとって、この自由はあまりにも突然で、残酷なものに違いない。
これからは、誰もが間違えるだろう。
つまらないことで喧嘩をし、病に倒れ、今日食べるものにすら困る日が来るかもしれない。エデンが危惧した通り、いつかまた凄惨な争いが起きる可能性だってある。
それでも。
私は制服のポケットから、あの古びた日記を取り出した。
すり切れた表紙を撫でると、地下都市で火を囲み、大声で笑い合っていたログたちの顔が脳裏に蘇る。そして、私に「自由に生きて」と笑いかけたシオンの温もりが。
痛みのない生などない。
傷つくことを恐れて誰かに選択を委ねることは、生きることを放棄するのと同じだ。私たちはこれから、自分たちの足で歩き、悩み、時に傷つけ合いながら、本当の幸福を不器用に探していかなければならない。
冷たい風が吹き抜け、私の頬を撫でた。
完璧に温度管理された世界では決して感じることのなかった、肌を刺すような本物の風。
私は日記をしっかりと握り締め、混乱する街の中へと歩みを進めた。
この未知の痛みに満ちた、美しく新しい世界へ。




