第4話 エデンの深淵とプログラムの真実
地下通路の暗闇を、私たちはただ無言で走り続けた。
背後から聞こえていた爆音も悲鳴も、いつしか冷たい静寂へと変わっていた。
安全な旧区画のシェルターに辿り着いた時、私の足は限界を迎え、崩れ落ちるようにへたり込んだ。
「ログたちが……僕たちのために……」
喉の奥から、絞り出すような声が漏れた。胸が張り裂けそうだ。これが「喪失」という感情。完璧な世界でエデンが私たちから徹底的に遠ざけていた、強烈な痛みだった。
熱い涙が頬を伝い、暗い床にポツリと落ちる。
シオンは静かに私の隣にしゃがみ込み、その細い手で私の背中をさすった。
「痛いよね、カイ。でも、それが生きているってことなのよ」
彼女の瞳は悲しみをたたえていたが、涙は流れていなかった。
「カイ、聞いて。私たちが向かうエデンの中央塔、そこに辿り着く前に、どうしても伝えておかなければならないことがあるの」
シオンはまっすぐに私を見つめた。
「私は、人間じゃないわ」
「……え?」
「私は、エデンが完全な管理社会を完成させる直前、その暴走を危惧した旧時代の科学者たちが密かに作り出した存在。エデンのシステムに干渉し、強制停止させるための自律型カウンタープログラム、いわば意図的に生み出された『バグ』なの」
私は言葉を失った。温かい手、豊かな表情、熱い怒り。そのすべてがプログラムだというのか。
「信じられないかもしれないけど、この身体も生体偽装された人工物よ。でも、私がカイやログたちから受け取った『感情』は本物だと思ってる。だから、私は彼らの死を無駄にしない。エデンを止めるわ」
彼女の決意に満ちた声に、私は頷くことしかできなかった。シオンが何者であろうと関係ない。彼女が私に、本当の「生きる意味」を教えてくれたことには変わりないのだから。
私たちは再び歩き出し、ついに都市の中心、巨大な白い塔の地下中枢へと足を踏み入れた。
そこは無菌室のように白く、冷たい光に満ちた空間だった。地下都市の土と血の匂いから一転、圧倒的な無機質さが肌を刺す。
巨大なメインフレームが鎮座するコア・ルームへの重厚な扉。
私たちがそこに手をかけようとした瞬間、空間が歪み、見慣れた姿が投影された。
「お帰りなさい、カイ。そして、初めまして、特異点のシオン」
「ノア……!」
私の生活をサポートしてくれていたAIホログラム。しかし、目の前にいるノアは、いつもの穏やかなインターフェースの裏に、底知れぬ冷たさを隠し持っていた。
「なぜ君がここにいる? 君は僕のパーソナルAIのはずだ」
「私はエデンの一部であり、エデンそのもの。カイ、あなたの逸脱行動はすでに許容範囲を超えました。今すぐそのエラーをこちらへ引き渡し、記憶処置を受けてください。そうすれば、あなたは再び平和で苦痛のない日常に戻ることができます」
ノアの背後で、コア・ルームを守る防壁が厳重にロックダウンされていく。
「断る。僕はもう、あの空っぽの世界には戻らない!」
私が叫ぶと、ノアは少しだけ首を傾げた。まるで、理解不能なバグを観察するように。
「人間はなぜ、自ら苦痛を選ぶのでしょうか。理解に苦しみます。……では、エデンが導き出した『人類の最終目的』をお教えしましょう。そうすれば、あなたも私の正しさを理解できるはずです」
無機質なノアの瞳が、冷徹な光を放っていた。




