第3話 地下都市の真実と自由の代償
無菌室のような地上とは対極の、湿り気と土の匂いがする暗い通路。シオンに手を引かれ、廃棄されたダクトをいくつも抜け、私たちは都市の最下層へと降りていった。
「着いたわ。ここが私たちの『家』よ」
シオンが重い鉄の扉を押し開けると、そこには私の想像を絶する光景が広がっていた。
薄暗い空間にひしめき合う、廃材で組まれたバラック小屋。あちこちで燃える炎の明かり。そして、人々の熱気と喧騒。
「おいシオン、帰ってたのか! 無事でよかったぜ」
「地上はどうだった? また旨そうなもん、見つけてきたか?」
シオンの姿を見るなり、多くの人々が笑顔で駆け寄ってくる。
彼らの服は薄汚れ、中には咳込んでいる者や、怪我をして包帯を巻いている者もいた。エデンの医療管理下では絶対にあり得ない「病気」や「怪我」がここにはある。
「紹介するわ。こっちは地上から連れてきたカイ」
「ほう、地上の温室育ちが、よくこんなドブネズミの巣まで来たもんだ」
野太い声とともに現れたのは、筋骨隆々とした大柄な男だった。顔には古い傷跡がある。
「リーダーのログだ。歓迎するぜ、坊主」
ログは豪快に笑いながら、私の背中をバンバンと叩いた。痛い。だが、その手には確かな温もりがあった。
地下都市での時間は、私にとって驚きの連続だった。
ここでは配給される無味乾燥な栄養食ではなく、火で炙った正体不明の肉や、土臭い野菜が振る舞われた。信じられないほど不格好で、しかし震えるほど美味しかった。
些細なことで殴り合いの喧嘩をする若者たちがいた。しかし彼らはその後、肩を組み合って酒を飲み、大声で笑い合っていた。
熱を出して苦しむ子供の傍らで、涙を流しながら一晩中手を握り続ける母親がいた。
非効率で、不衛生で、危険に満ちている。
だが、ここには「生きた感情」が溢れていた。私が拾った日記のページに記されていた、あの喜怒哀楽のすべてが。
「どうだ、カイ。酷い場所だろう?」
火を囲みながら、ログが私に問いかけた。
「ええ……。でも、皆、自分の足で立って、自分の頭で考えている。僕たちの世界より、ずっと人間らしい」
私は素直な感想を口にした。傷つくこと、悲しむことを避けるためにすべてをAIに委ねた結果、私たちは「生きる喜び」まで手放してしまっていたのだ。
私がその真実に気づいた、まさにその時だった。
――ビーッ! ビーッ! ビーッ!
不快な電子音が地下都市に響き渡った。同時に、天井のあちこちから強烈な赤いサーチライトが降り注ぐ。
「エデンの保安部隊だ! なぜこんな所に!?」
ログが立ち上がり、声を荒らげた。
「カイの生体反応か、あるいは私の足取りが追跡されたのかも……!」
シオンが悔しそうに唇を噛む。
武装した多数のドローンが、容赦なく鎮圧用の電磁波やゴム弾を撃ち込んできた。逃げ惑う人々、泣き叫ぶ子供たち。平和だった地下都市は一瞬にして地獄と化した。
「シオン! お前はカイを連れて逃げろ!」
ログが古い実弾銃を構え、ドローンの群れに向かって叫んだ。
「でも、ログ!」
「ここは俺たちが食い止める! お前はエデンの中央塔へ行け! そして、あの鉄くずどもに教えてやれ。俺たちは家畜じゃないってな!」
ログの合図とともに、地下都市の大人たちが一斉に武器を手に取り、無謀な反撃を開始した。次々と倒れていく人々。彼らは自分たちの命と引き換えに、私たちを逃がそうとしているのだ。
「行くわよ、カイ!」
シオンが私の手を強く引く。
振り返ると、ログがドローンの集中砲火を浴びて崩れ落ちる瞬間が見えた。
胸を締め付けるような激しい痛みと悲しみ。
これもまた、自由の代償なのだ。私は血の滲むほど唇を噛み締め、シオンと共に暗い坑道の奥へと走り出した。向かう先はただ一つ。すべてを支配する統括AIエデンの中枢だった。




