46.命の継承
「……グッ」
どれくらい意識を失っていたのか。目を覚ますと、レッドは燃え盛る廃村の地面に横たわっていた。
先ほどまで天を覆うほどだった誇り高き巨体は、元の小さなトカゲのようなサイズまで縮んでしまっている。
全身の骨が砕け、鱗は剥がれ落ち、ひどい出血だった。肺が焼け焦げたように痛む。
これ以上の戦闘はおろか、じきに命の灯火が尽きることは、誰よりもレッド自身が一番よく理解していた。
「──アイツら、ハ……」
あの不気味な翼竜と女はどこだ。血にまみれ、ひどく霞む視界で夜空を仰ぐが、あの絶望的な巨大な影はもうどこにも見当たらない。
「ハァ……ハッ……ゥウ゛……!」
だが、そんな事はもうどうでもよかった。
レッドは動かない四肢を必死に地面へ突き立て、泥と自身の血に塗れながら、ずるずると体を前へ引きずる。
何かを探さなければ。
首を振り、目をこじ開け、痛みに軋む全身を無理やり駆動させて、瓦礫の中を這い進む。
そして、ようやくそこにたどり着いた。
「グッ……ゲホッ……アルス……」
隆起した木の根に引っかかるようにして、彼の人間の友人は倒れていた。
小さな胸の中心には、冷酷な群青色の羽根が深々と突き刺さっている。
あの激しい戦闘の余波で吹き飛ばされたのか。奇跡的に原型を留めてはいたが、その身体はひどく冷たく、もはや生命の気配を感じない。
レッドは震える前足で、アルスの土気色の頬にそっと触れた。
その冷たさが、レッドの脳裏に遠い昔の記憶を呼び起こす。
遥か昔。終わりのない継承を繰り返していた自分は、ずっと人間と共に暮らしていた。
自分だけではない。多くの魔物や動物が、種族の壁を越えて手を取り合っていた時代。
共に狩り、共に喰らい、火を囲んで語らい──ただ、大いなる世界で生きる事そのものを無邪気に楽しんでいた日々。自分はそんな世界を見守り、愛し、調停していた。
不思議な道具も便利な機械もなく、明日の糧すら危うい日々だったが、そこには確かに『平等な命』の輝きがあった。
「オマエは……賢い、子ダ」
血を吐きながら、とぎれとぎれに言葉を紡ぐ。
「純粋で、勇敢な、子ダ」
色々な生き物に目を輝かせ、元気に村を走り回っていた少年。
世界の理も、強者の恐ろしさも、何が危なくて何が安全なのかも、まだ何も分かっていなくて。
言ってしまえば、どこにでもいるようなちっぽけな命。
けれど、そんな少年こそが、この世界においてどこまでも尊く、無限の可能性を秘めているのだとレッドは知っている。
「生きロ、アルス。世界は、まダ……育っていク……諦める、ナ……考える、ことヲ……やめるナ……」
言葉をこぼすたびに、自分の中の命が急速に冷えていくのを感じる。
残された時間は、もう数秒もない。
「俺様は、もう──見守って、やれないみたいダ」
ごほり、と黒い血を吐き出しながら、レッドは顔を歪めて笑った。
傲慢で偉ぶっていたいつもの竜ではなく、ただ友を愛する者の、優しく寂しい笑顔だった。
「ごめんナ──でモ」
レッドは、残された最後の力を振り絞り、自身の胸元へ鋭い爪を突き立てた。
「一族としテ──オマエの、友達としテ……! 可能性ヲ、未来へ……!」
肉を裂き、骨を砕く激痛。
だがレッドは躊躇わず、自身の最も奥深く、膨大な生命力と魔力が渦巻く中心へと手を伸ばす。
「繋げるかラ──!!」
絶叫にも似た咆哮と共に、レッドは自らの心臓を引き抜いた。
それは単なる臓器ではなく、赤く眩い光を放つ、高位の魔法生物の命の結晶そのものだった。
炎のように脈打つ光の塊を、レッドは震える手でアルスの胸の傷口へ力強く押し当てる。
瞬間、周囲の炎すら霞むほどの優しく温かい光が、二人を包み込んだ。
赤い光は、吸い込まれるようにアルスの身体の中へと溶けていく。
ほどなくして、アルスの胸に空いていた致命傷がみるみるうちに塞がり、失われた血の気が肌に戻っていく。
そして──こほっ、と。
止まっていた小さな肺が再び動き出し、確かな呼吸の音が夜の空気に響いた。
「これデ、オマエは、レッドの継承者──その心臓ガ……オマエを守ル……」
しかしアルスの顔に色が戻り始めるにつれて、レッドの生気はみるみる内に色あせていく。
「頼んだゼ、アルス」
友の命が再び繋がり、確かに脈打ち始めたことを直感で悟り。
レッドは安堵の息を吐き出し、くたりと力なくアルスの傍らに倒れ伏した。
「俺様、楽しみにしてるかラ」
薄れゆく意識の中で、レッドが見たのは絶望の火の海ではない。
誰もが手を取り合い、命を謳歌していた、あの懐かしくも遠い理想郷の景色。
「みんなガ、一緒ニ──せル──世界──」
満足げな、穏やかな笑顔だった。
レッドはそれきり目を閉じ。
長い長い眠りにつくように、静かに息を引き取った。




