表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
46/50

46.命の継承

 

「……グッ」


 どれくらい意識を失っていたのか。目を覚ますと、レッドは燃え盛る廃村の地面に横たわっていた。

 先ほどまで天を覆うほどだった誇り高き巨体は、元の小さなトカゲのようなサイズまで縮んでしまっている。

 全身の骨が砕け、鱗は剥がれ落ち、ひどい出血だった。肺が焼け焦げたように痛む。

 これ以上の戦闘はおろか、じきに命の灯火が尽きることは、誰よりもレッド自身が一番よく理解していた。


「──アイツら、ハ……」


 あの不気味な翼竜と女はどこだ。血にまみれ、ひどく霞む視界で夜空を仰ぐが、あの絶望的な巨大な影はもうどこにも見当たらない。


「ハァ……ハッ……ゥウ゛……!」


 だが、そんな事はもうどうでもよかった。

 レッドは動かない四肢を必死に地面へ突き立て、泥と自身の血に塗れながら、ずるずると体を前へ引きずる。

 何かを探さなければ。

 首を振り、目をこじ開け、痛みに軋む全身を無理やり駆動させて、瓦礫の中を這い進む。

 そして、ようやくそこにたどり着いた。


「グッ……ゲホッ……アルス……」


 隆起した木の根に引っかかるようにして、彼の人間の友人は倒れていた。

 小さな胸の中心には、冷酷な群青色の羽根が深々と突き刺さっている。

 あの激しい戦闘の余波で吹き飛ばされたのか。奇跡的に原型を留めてはいたが、その身体はひどく冷たく、もはや生命の気配を感じない。


 レッドは震える前足で、アルスの土気色の頬にそっと触れた。

 その冷たさが、レッドの脳裏に遠い昔の記憶を呼び起こす。


 遥か昔。終わりのない継承を繰り返していた自分は、ずっと人間と共に暮らしていた。

 自分だけではない。多くの魔物や動物が、種族の壁を越えて手を取り合っていた時代。


 共に狩り、共に喰らい、火を囲んで語らい──ただ、大いなる世界で生きる事そのものを無邪気に楽しんでいた日々。自分はそんな世界を見守り、愛し、調停していた。


 不思議な道具も便利な機械もなく、明日の糧すら危うい日々だったが、そこには確かに『平等な命』の輝きがあった。


「オマエは……賢い、子ダ」


 血を吐きながら、とぎれとぎれに言葉を紡ぐ。


「純粋で、勇敢な、子ダ」


 色々な生き物に目を輝かせ、元気に村を走り回っていた少年。

 世界の理も、強者の恐ろしさも、何が危なくて何が安全なのかも、まだ何も分かっていなくて。

 言ってしまえば、どこにでもいるようなちっぽけな命。

 けれど、そんな少年こそが、この世界においてどこまでも尊く、無限の可能性を秘めているのだとレッドは知っている。


「生きロ、アルス。世界は、まダ……育っていク……諦める、ナ……考える、ことヲ……やめるナ……」


 言葉をこぼすたびに、自分の中の命が急速に冷えていくのを感じる。

 残された時間は、もう数秒もない。


「俺様は、もう──見守って、やれないみたいダ」


 ごほり、と黒い血を吐き出しながら、レッドは顔を歪めて笑った。

 傲慢で偉ぶっていたいつもの竜ではなく、ただ友を愛する者の、優しく寂しい笑顔だった。


「ごめんナ──でモ」


 レッドは、残された最後の力を振り絞り、自身の胸元へ鋭い爪を突き立てた。


「一族としテ──オマエの、友達としテ……! 可能性ヲ、未来へ……!」


 肉を裂き、骨を砕く激痛。

 だがレッドは躊躇わず、自身の最も奥深く、膨大な生命力と魔力が渦巻く中心へと手を伸ばす。


「繋げるかラ──!!」


 絶叫にも似た咆哮と共に、レッドは自らの心臓を引き抜いた。

 それは単なる臓器ではなく、赤く眩い光を放つ、高位の魔法生物の命の結晶そのものだった。

 炎のように脈打つ光の塊を、レッドは震える手でアルスの胸の傷口へ力強く押し当てる。


 瞬間、周囲の炎すら霞むほどの優しく温かい光が、二人を包み込んだ。

 赤い光は、吸い込まれるようにアルスの身体の中へと溶けていく。


 ほどなくして、アルスの胸に空いていた致命傷がみるみるうちに塞がり、失われた血の気が肌に戻っていく。

 そして──こほっ、と。

 止まっていた小さな肺が再び動き出し、確かな呼吸の音が夜の空気に響いた。


「これデ、オマエは、レッドの継承者──その心臓ガ……オマエを守ル……」


 しかしアルスの顔に色が戻り始めるにつれて、レッドの生気はみるみる内に色あせていく。


「頼んだゼ、アルス」


 友の命が再び繋がり、確かに脈打ち始めたことを直感で悟り。

 レッドは安堵の息を吐き出し、くたりと力なくアルスの傍らに倒れ伏した。


「俺様、楽しみにしてるかラ」


 薄れゆく意識の中で、レッドが見たのは絶望の火の海ではない。

 誰もが手を取り合い、命を謳歌していた、あの懐かしくも遠い理想郷の景色。


「みんなガ、一緒ニ──せル──世界──」


 満足げな、穏やかな笑顔だった。

 レッドはそれきり目を閉じ。

 長い長い眠りにつくように、静かに息を引き取った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ