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97.

よろしくお願いいたします

「それでジェイル様はどうお答えになられたの?」


 アニスは相変わらずソルシアンの膝の上にいる。そしてソルシアンも相変わらずアニスにキスを贈りながら愛の言葉を囁いている。


「ああ、それがあの野郎、『後でのお楽しみで』なんて言って教えないんだ!本当に燗に障る男だ!」


「ふふふ。その『男』が貴方の義理の弟ぎみになるかもしれないのよ。」


「うわっ!!考えたくない!あいつに兄と呼ばれたりしたら、死ぬ。絶対に拒否反応で死ぬ!!」


 ソルシアンはぶるっと身震いをする。


「ああ、寒気がする。アニス、私を暖めておくれ。」


「ちょ、ちょっとソル、く、くるしい……」


 ソルシアンはアニスをぎゅうぎゅうと抱きしめた。



 





 そして一人帝都に入ったジェイルはその足でナターシャの住む離宮に向かった。彼女の事はどんな些細なことでも全て調査済みだった。勿論、人だよりではなく、最初から最後まで自分ひとりで調べ上げた。面倒な事には首を突っ込まない。それがモットーだった。まさか女ひとりにこれほど入れ込むとは思いもしなかった。


「実に私らしくないな。」


 ジェイルが独り言を洩らす。冷静に判断するのなら、ラドハルト国にとってナターシャとの婚姻にはなんのメリットもなかった。そればかりか、あの皇帝の手中にまんまと嵌まる恐れもあった。


 それでも彼は諦めることが出来なかったのだ。あの真夏の太陽のように燃え立つような赤毛の少女を。冷えきっていた心に小さな火を灯した、ギラギラと輝く生命力に溢れた瞳を、彼は何年経っても忘れることなど出来なかった。


 彼女の住む離宮は帝都の外れにひっそりと佇む、小さな屋敷だった。


「ここに君がいるんだな。ナターシャ、たとえ君が今でもルルドールが好きだとしても、私は君を逃がす事はない。」


 ジェイルは屋敷の前を素通りすると、皇帝のいる宮殿を目指した。宮殿は帝都の中心にそびえ立つ、まるで要塞のような建築物で美より機能性を重視したそれは、アムド2世の人となりを顕著に表していた。


 ジェイルは父、ラドハルト国王とイール国王からの手紙を手に、アムド2世への謁見を申し出た。扉が開き、彼が部屋の中に通されると、アムド2世は謁見の間に設置されている金の玉座に座っていた。


「ジェイル・ファサーか。久しぶりだな。」


「はい、陛下。ご無沙汰しております。」


「して、今日は何用でこちらに参ったのだ?」


「本日は皇帝陛下にお許しいただきたい儀がございまして、お目通り願った所存でございます。」


 慇懃に腰を折り、ジェイルが恭しくお辞儀をする。  


「なんだ?申してみよ。」


「……皇帝陛下。しばらくの間、お人払い願います。なに、貴方の事です。私がもし刺客だとしても、こんな若造の一人や二人、ねじ伏せることなど造作もないのではありませんか?」


「ふっ。よかろう。皆のもの、部屋の外に出ておれ。」


「しかし、陛下……」


「命令だ。早く外に出るんだ!」


「……かしこまりました」


 大臣や兵士たちは皇帝の命令で部屋の外に渋々出ていった。


「さあ、邪魔者はいなくなったぞ。早く用件を申してみよ。」


「はい、陛下。実は先のイール国の花婿選びでアビゲイル女王は我が弟、ルルドールを伴侶として選びました。こちらが父と女王から預かりました文でございます。」


「……え?今な、なんと申した!?ソルシアンは何をしていたのだっ!あんな子どもにしてやられるとは、なんと情けない奴だ!」


 アムド2世は声を荒げ、この場にいない息子を罵った。


「ああ、彼は早々に花婿候補を辞退したようですよ。なんでも運命の女性を見つけてしまったそうで」


「なっ!ソ、ソルシアンめ、ふざけたことを言いおって!それでそやつは一体どこの貴族の娘だ!?」


 激昂する皇帝と対照的にジェイルが冷静に対応する。


「いいえ、彼女は平民ですよ、陛下。」


 ジェイルの言葉にアムド2世は今までの怒りも忘れてしばし呆然と彼を見つめた。そして


「……なんだと!!へ、平民の娘だというのかっ!?」


 椅子から立ち上がった彼はジェイルに向かって怒鳴り声を上げた。大声が広間に響き渡ると同時に、外から護衛の兵士が勢いよくなだれこんできた。


「陛下!!どうなされました?」


「なんでもない。私の言葉に皇帝陛下が少し驚かれただけだ。ありがとう、君たちは下がってくれて大丈夫だよ。」


 即座にジェイルが笑顔で答えると兵士達はこの見目麗しい若者に改めて目を向けた。ラドハルト国王や兄王子、そしてルルドールと同じ金髪に皆より少し紫がかったブルーの双眸。すらりと伸びた肢体は些細な仕草すら優美に見える。そんな王子が悪者のわけがないだろうと、兵士達は変に納得してその場を後にしたのだった。


 ややあってジェイルは説明の続きを始めた。


「陛下、ソルシアンが見初めた女性はただの平民の娘ではありませんよ。」


「ええい!ではその娘は誰だというのだ?早く申さぬかっ!!」


「彼女はザック・クラーロの一人娘、アニス・クラーロ嬢ですよ。」


「……え?あ、あのクラーロか?」


「ええ。あのクラーロ商会ですよ、陛下。」


「うーむ……」


 今まで厳めしい顔をしていたアムド2世は ソルシアンの相手の娘の素性を知るや否や唸り声を上げ、何やら考え始めたのだった。


「ここだけの話ですが、私からしたらクラーロはイールの国王などよりよほどアムダルグには有益な姻戚関係が築けるお相手だと思います。イール国王はとても出来る方ではありますが、所詮はか弱き女性。宰相ロックフォードなくしてはあそこまで国民の支持を得ることは無かったでしょう。


 その点クラーロ商会は後継者もしっかり育てており、今や彼の右腕になるほどの成長を見せております。事業も順調そのもので、ラドハルトやユノールにある鉱山の採掘権も保有しております。アムダルグにこれほどの良縁はないのでは。」


 ジェイルの話を聞きながら赤毛の皇帝は時折考える素振りを見せ、彼が話し終えると暫くその場で直立不動の状態で瞳を閉じ腕組みをしていた。そして再びゆっくりと椅子に腰かけた。


「で、そなたは私にどうしろというのだ?」


 皇帝は赤々と燃えるような瞳で射るようにジェイルを睨み付けた。


「ソルシアンとアニス嬢との仲をお認めください。それにより、アムダルグは莫大な利益を得られるでしょう。陛下はもともとイール国を手中に収めたかった。そうですよね?それに次いでラドハルトも。」


「うっ!」


 図星をつかれアムド2世が言葉に詰まっていると、ジェイルはある提案を彼に持ちかけたのだった。


「貴方はソルシアンとアニス嬢との婚姻により、イール国で絶大なる力を持つことが出来ます。あとはラドハルトですね。………でしたら、ナターシャ姫を私に下さいませんか?父と母の破綻により、崩れかけた両国の絆を私達の婚姻で修復するのです。」


「……え?」


 ジェイルの意表を突いた提案に流石のアムド2世もしばしの間、その言葉の意味を頭で読解するのに手間取っていた。


「……す、すまぬが今一度、申してくれぬか?」


「ナターシャと結婚させて頂きたいと申しました。」


「え?」


「ですから、私に…」


「ああ、聞こえている。そこじゃない!信じられんのはそなたがナターシャを娶るという事だ。あれはそなたの弟を誘拐した娘なのだぞ。ラドハルト国王はこの事を知っておるのか?」


「いいえ、私は父にすら何も話さずここに来ましたから。ですから、私達の婚姻に支障がきたさないように陛下から我が父に頼んでは頂けないでしょうか?」


 このジェイルの言葉にアムド2世は再び椅子から立ち上がり、この何を考えているのか皆目見当もつかない、隣国の王子のもとにズカズカと歩み寄り胸ぐらを掴んだ。


「どうして私がおまえの為にあいつに頭を下げなくてはならんのだ!いい加減にしろっ!!」


 今にも殴りかかられそうなほど、烈火のごとく怒り狂うアムド2世に、ジェイルは顔色ひとつ変えることなくにっこりと微笑んだ。


「貴方にはそれをする義務があるからですよ……叔父上」


「!!叔父上などと呼ぶなっ!」


「ですが、私の実母は貴方の妻の姉ですよ。いうなれば、私達は親戚じゃないですか?」


「確かにおまえの母は我が妻の姉だが、あのラドハルトのせいで不幸な生涯を送ったのだ。それを今さら親類縁者などと。それに義務とはなんだ?そんな義理はどこにもない!!」


「……それが大ありなんですよ。さあ、今から貴方に私の最大最悪の秘密をお教えしますよ。」


 そう言うとジェイルは胸ぐらを掴んでいる皇帝の手をそっと取り外し、一番近くに飾ってあった花を花瓶から投げ捨てると、その中に入っている水を頭から盛大に被ったのだった。


「ジェイル、おまえ気でも触れたのかっ!?……え?」


 彼の行動に驚く皇帝だったが、その驚愕の表情はすぐさま恐怖の表情にとって変わった。


「ひっ!!お、おまえは……う、うわぁーーー!!」


 謁見の間には先ほどよりも遥かに大きな皇帝の悲鳴が響き渡った。




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