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よろしくお願いいたします。
「はぁー、それにしても二人とも、子供相手に大人げなくて、見ているこちらの方が恥ずかしかったです!!男の嫉妬……ああやだやだっ!!」
「「うっっ!」」
クリストファーは心底呆れたようにため息をつきながら文句を言い、女王も無言で頷いている。言われた二人の男はぐうの音も出ず、うめき声を漏らした。 現在、ガロンとフォス以外の四人は応接室に移動して一息ついていた。
フォスが無事女王との謁見を済ませ、長年ロックフォードの人間が頭を悩ませていた最大の問題も解決した。そこで、では皆でお茶でもという流れになったのだが
「一刻も早くフォスをロックフォード家の籍に入れる手続きをし、妻やアルブレイ、そ、それに息子の嫁、ロザリーにもこの朗報を知らせてやらねばなりませんので、これにて失礼いたします!フォス、行くぞっ!!」
「ええっ!?僕は陛下とお茶を………」
「ええい!何をのんびりしたことを!!さっさと来んかっ!」
「へ、陛下ー!!また僕をお茶にお誘いくださいますか?」
フォスが名残惜しく、アビゲイルを熱い眼差しで見つめながら尋ねる。
「ああ。そなたがロックフォード家に入籍したら祝いの席を設けてやる。」
「ほ、本当ですか?嬉しいな!僕、楽しみにしてます!!」
フォスは満面の笑みを浮かべ、素早く女王の手を取ると自分の唇を押しあてた。
「「ああっ!!」」
その様子を脇で見ていた二人の男が思わず声を上げる。フォスはちらりとそちらを一瞥すると二人にだけしか分からないように、口許をほんのわずか持ち上げて見せた。
「「!!」」
「女王陛下。次にお会いできるのを楽しみにしております。」
「こら、いい加減にしないか!行くぞ!!では陛下、失礼いたします!」
「ああっ、陛下ー!!」
むんずと襟首を掴まれ、フォスが祖父に無理やり引きずられるように連れていかれた。
そして茶の席で、先ほどまでずっとフォスに刺すような視線を送っていたクライブがようやく口を開いた。
「……あいつ!どこがシーザー殿に似ているんだ?とんだ食わせものじゃないかっ!ルルドール、見たか?あいつの嫌味ったらしい笑みを!」
「ああ、見たとも!同じ魂?優しい笑顔?とんでもない!あいつはまるで肉食獣のようなギラギラした瞳をして僕のアビーを見つめていたじゃないか!!」
「まだ七歳だそうだが、末恐ろしい小僧だな。」
「全く油断も隙もない奴だ。クライブ、あいつには気を付けよう!」
「ああ、そうしよう!」
珍しく意見の合った二人は、用意された紅茶を飲みながらブツブツと新しく登場した、まだ七歳のライバルの悪口を言い合った。そんな狭量な二人を横目にアビゲイルとクリストファーは諦めの境地で良い香りのするカップを口に運んだ。そして冒頭のクリストファーの嫌味を彼らは言い返す事も出来ず聞く羽目になったのだった……
宰相ロックフォードの仕事は実に早かった。女王からの許可をもらった翌日には全ての書類は整えられ、国王であるアビゲイルに提出した。そしてルルドールをはじめとする皆が一概に驚き、アビゲイルも目を丸くしてそれを受け取ったのだった。
「……ロックフォード、そなた本当に仕事が早いな!!」
「おそれいります。」
実のところ、ガロンは恥も外聞もかなぐり捨てて司教、貴族院、大臣たちに全てを告白し、頭を下げまくった。中には侮蔑の眼差しを送ってくる者もいたが、彼にはそんな些細な事は全く気にならなかった。フォスにロックフォードの正式な跡取りとしての地位を与えられるのであれば、例え土下座をしろと言われても彼は甘んじてそれを受け入れたことだろう。
それほどまでにガロンは必死だった。勿論女王の気が変わることはないだろうが、早いに越したことはない。ガロンは自分の持ち得る全ての力を行使し、この任務を僅かな時間で遂行したのだった。
「ガロン・ロックフォード。イール国国王として、フォス=シーザー・ロックフォードを侯爵家の跡取りと正式に認める。……本当によかったな、ロックフォード。」
「あ、ありがとうございます!女王陛下にはなんと感謝すればよいのか見当もつきませぬ。このご恩は私の残りの生涯をかけてお返しして参ります!!」
「ああ、期待しているよ。ロックフォード、これからも頼む。」
昨日、シーザーの醜聞を聞きつけた貴族たちからはロックフォードへの厳罰を望む声も上がったが、彼のこれまでの功績を盾にして、女王はそれらの言葉を全てはねのけた。ガロン・ロックフォード本人からも辞職願が出されたのだが、それもその場で却下した。
「そなたが辞めたら一体誰が私と共にこの国を支えていけるというのだ?さあ、ロックフォード宰相、答えてみよ!!」
「うーむ……」
確かにこの国の舵取りに自分はまだ必要とされている事はガロン本人にもよく分かっていた。そして自分に代わる者は未だこのイール国には存在しない事も事実であった。
「そなたは途中で職務を投げ出すような無責任な男ではなかろう?そんなに辞めたいのなら、そなたの代わりになる者を育て上げてからにしろ。よいな?」
「…御意。陛下の仰せの通りに」
女王の言い分はもっともだった。ガロンは完膚なきまでに言い負かせれ、辞職願を取り消すこととなった。
「風当たりが強い分、結果を残せば誰も何も言えなくなるはず。ふふふ。今以上に頑張れ、ロックフォード!」
「はあ………出来うる限り力を尽くす所存でございます。」
今以上頑張ったらきっと死ぬんじゃないかとガロンはひそかに思うのだった。
「ロックフォード殿、おめでとうございます。これで心置きなく僕らの結婚式の予定を立てられますね。出来るだけ早くお願いします。」
この機に便乗して、ルルドールがちゃっかりと女王との結婚を急かす。あのこずるいフォス=シーザーに知らしめす為にも、腹黒いクライブに諦めさせる為にも早くアビゲイルを自分だけのものにしなくてはならない。
「分かっております。ラドハルト国王陛下にもご予定をお伺いしておりますゆえ、しばしお待ちください。兄ぎみのジェイル殿下がアムダルグ帝国からご帰国いたしましたら日取りを決めるといたしましょう。」
ルルドールは内心「ちっ」と舌打ちをした。次男のジェイルは本来、兄弟の中で一番、面倒な事が嫌いだった。しかし今回は、あのアムダルグの我が儘皇女を本気で落とすつもりらしい。それがどれだけ厄介な事なのか、彼なら解るはずなのだが………。彼女は六年前、我欲の為に当日10歳だった自分を誘拐した自己中な娘だ。兄があのそばかすだらけの赤毛娘の、一体どこがそんなにお気に召したのか、ルルドールには皆目見当もつかなかった。
「兄上、さっさと脅すなり罠に嵌めるなりして拐ってきちゃってくださいよ……」
ルルドールは独り言しながら意気揚々と異国の地に赴く兄に思いを馳せた。
イール国を出て今日で4日が経過する。
「ねえ、ソル。まだアムダルグの帝都まで辿り着いていないのに、なぜここに何日も滞在してるの?」
アニスは何故だかソルシアンの膝の上に座らされていた。赤毛の男は彼女の華奢な体を抱き締めながら「チュッ」と頬にキスをする。
「だって仕方ないだろ?ジェイルの奴がここでしばらく待機しろと言うんだから。」
ここはもうすぐ帝都だという位置にある宿場町だ。ソルシアン一行はこの宿屋に2日前から宿泊しているのだった。




