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91.

 扉が開いてガロンが部屋に入って来た。


「さあ、おまえも入りなさい。」


 彼の後ろからもう一人、小さな影が姿を現した。ガロンの背に隠されたその人物は、彼に促されるようにルルドール達の前に一歩歩み出た。


「女王陛下、ルルドール殿下、皆様。お初にお目にかかります。私はシーザー・ロックフォードの一子、フォス=シーザー・ロックフォードと申します。」


 しっかりとした声で挨拶をしながら彼らの前に一人の少年が立ち止まり慇懃に挨拶をした。そして彼はゆっくりと頭を上げた。グレーの髪に、琥珀色の瞳をした顔がアビゲイルの瞳に写る。


「………シーザーに瓜二つだな。そなたがフォスだな。よく来た、逢えて嬉しいよ。」


「お、恐れ入ります、女王陛下!」


「ふふふ。そんなにかしこまるな。そなた、幾つになる?」


「はい、今年で7歳になりました。」


「7歳か!時の経つのは早いな。」


 アビゲイルは繁々とフォスの姿を眺めた。シーザーはどちらかと言えば線が細く、武術には不向きな体つきをしていたが、フォスは顔こそシーザー似だが、7歳にしてはがっしりとした大柄な身体は祖父にあたるガロンとよく似通っていた。その上、ロックフォードの血筋を明確に示す、グレーの髪と琥珀色の瞳をフォスは兼ね揃えていた。


「して、今どこで暮らしているのだ?」


「はい、母のロザリーと共に祖母の兄上に当たる、ハロルド・アルブレイ大伯父のもとに身を寄せております。」


「……なるほど、司教枢機卿のアルブレイか。」


 既にロザリーはランバート家の男爵位を王家に返上していた。猫の額ほどの領地は、隣接したダーナム伯爵領に合併されており、老朽化が進み誰も住むことのなくなった屋敷は取り壊された。そしてその場所はダーナムの好意で誰もが立ち寄れる公園となり、今でもロザリーが育て上げた草花がきちんと手入れをされ、季節になると良い香りを辺りに漂わせていた。


 そしてロザリーとフォスの母子はシーザー亡き後、ロックフォード家の者達に守られながら暫くの間は屋敷に留まった。しかしフォスが大きくなるにつれて、貴族の嫡男としての然るべき教育が必要となってきていた。


 フォスは聡明で教えられたことは一度で理解し、すぐに自分の中に吸収した。剣も乗馬も6歳まではロックフォードの家の者が教えてきたが、フォスの上達は著しく早く、もはやきちんとした師に教わる時期に到達していた。


 それに、一番の問題は同年代の子ども達との交流が一切ない事だった。彼の周囲には生まれてからこのかた、男も女も大人しかいなかった。だからなのか、フォスは物心つく頃から物静かで大人びた所のある、 控え目な子供に育った。早く外の世界を見せなくては。屋敷で彼を守ってきた者達の考えは一致していた。


 しかし世間には隠された存在のフォスは学校に通うことも叶わず、ましてや外出などしたこともない。彼の日々はこの屋敷と敷地内で完結していた。だが、ゆくゆくはロックフォード家を継ぐ身、いつまでも屋敷の中だけという訳にはいくはずもなく、皆で相談した結果、ふたりの名を偽りターニャの実家である、アルブレイ家の遠縁の母子として屋敷の外に送り出すことにしたのだった。


 そしてターニャはハロルドをフォスの後見人に立て王都から離れた場所にある、アルブレイ家所有の別邸に母子を住まわせ、地方貴族が多く通う近くの学校にフォスを入学させたのだった。ハロルドもその頼みを快く引き受けてくれ、すぐにフォスはその環境に慣れた。そんな周囲の深い愛情を一身に受け、彼は順調に育っていった。だがいつまでも隠し通せるような秘密ではなかった………





「申し訳ありません、女王陛下!全ては私の不徳のいたすところでございます。アルブレイは私の代わりにフォスに教育を施し、育ててくれただけなのです。ですから、アルブレイへの罰は全て私にお与えください。」


 ガロンが頭を深々と下げ、女王に謝罪をすれば、横からフォスが祖父を庇った。


「いいえ!女王陛下への不敬の罪は亡き父の代わりにどうか私にお与えください。祖父はつい最近まで私の存在すら知らずにいたのです。」


 ガロンがこの驚くべき事実を知ったのは僅かふた月前のことだった。執念でフォスという子どもの存在をつきとめたローダスが、ガロンの妻であるターニャを脅してきたのだ。思い悩んだ結果、とうとう彼女は夫に最大の秘密を打ち明けたのだった。それを聞いた時のガロンの驚きといったらなかった。


 まさかシーザーとロザリーが恋仲で彼の知らない間に子まで為していようとは、自分には既に7歳になる孫がいようとは、夢にも思っていなかった。正に青天の霹靂だった。当初は妻にもロックフォード家に仕えている者達にも裏切られた気持ちで一杯で強い怒りを感じたが、しかし………。初めてフォスと対面したとたん、そんな気持ちは一瞬で何処かにふっ飛んでいった。


 ガロンは息子であるシーザーですら優しく抱きしめた記憶がない。愛情がなかった訳ではないが、宰相を務める一族の嫡男だからこそ厳しく育ててきたのだった。なのにフォスを一目見た瞬間、シーザーが繋いでくれた生命(いのち)に今まで感じたことのない強烈な愛しさを胸に込み上げてきた。自分に良く似た祖父に、はにかんだような笑顔を見せたフォスを、ガロンは気がついたら抱きしめていたのだった。彼の琥珀色の双眸からはとうとうと涙が流れ落ちていた。






 先王時代からローダスは宰相ロックフォードの弱味を探っていた。イール国を我が物にする一番の近道は、この国の要である、宰相ガロン・ロックフォードを陥落させることだったからだ。ローダスは疫病が落ち着き、イール国に復興の兆しが見え始めると再び王座を狙い始めた。しかし、一時避難から帰国してみるとアビゲイルはシーザーと婚約しており、新王としての地位を磐石なものにしていた。


 この事実を覆すのは容易な事ではなく、その間にアビゲイルは着々と力を付けてしまった。そんな矢先、闘病生活を送っていた婚約者のシーザー・ロックフォードの訃報が届いた。こうなればやはり当初の計画通り、ロックフォードを潰そう。そして何年もの月日をかけてロックフォードの屋敷を手下に見張らせていたのだった。


 それが今から一年前、漸くその機会(チャンス)が巡ってきたのだった。いつものように手下が屋敷を見張っていると、一台の馬車がロックフォード家の広い敷地内の庭園から出てきたのである。男がそっとその後をつけたところ、その馬車はロックフォードの妻、ターニャの兄であるアルブレイ司教枢機卿の住まいに入っていった。そこで男がこっそり邸中に忍び込み垣根の隙間から様子を垣間見れば、馬車の中から若い女が少年を連れて出てきたところだった。


 一目見ただけでその少年の素性が判る。それほどまでに少年はロックフォードの血筋を色濃く引き継いでいた。彼は死んだシーザーにも宰相ロックフォードにも酷似していた。『見つけた!!』男は咄嗟にそう思った。それは鉄壁の守りを見せていたロックフォードという要塞が崩れる瞬間だった。


「ローダスは奥方にどう脅しをかけてきたのだ?」


「そ、それが………」


 ガロンが言葉を濁す。


「包み隠さずに話してくれないか」


「実は………」


 ガロンは躊躇い、中々言葉を紡ぎだす事が出来ずにいた。






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