87.
ロザリーは無くなったポットの湯を貰いに調理場に来ていた。シーザーは久しぶりに再会できた伯父、ハロルドといつにも増して機嫌良く話していた。いつもなら一杯しか飲まないお茶を今日は三回もお代わりしている。それに伴い、お茶菓子も幾つか口に運ぶことが出来た。
「本当に良かった……」
ここのところ、めっきり食欲をなくしていたシーザーがロザリーは心配でならなかった。ハロルドの登場がシーザーに良い影響をもたらす事を彼女は祈った。湯を満たしたポットを持ち、ロザリーは二人の待つ部屋に向かおうと歩き出したとたん、後ろから誰かに腕を掴まれた。
「きゃっ!」
驚きの声を上げロザリーは慌てて振り向いた。
「あ、お義母様?」
「探したわよ、ロザリー!!」
そこにいたのはターニャだった。彼女は何故だか汗だくでハアハアと荒い息を吐いていた。
「ロザリー!やっと見つけたわ!!さあ、早く私に付いてきて!」
「お、お義母様?そんなに慌てて一体どうしたのですか?ま、まさかシーザー様に……」
「ち、違うわ。シーザーは変わりないわ。ふふふ、貴女はいつでもシーザーの事ばかりね。」
その言葉にロザリーはホッと安堵の息を漏らす。
「さあ、行くわよ!」
「え?何処へですか?私、お二人にお茶のお代わりを差し上げなくてはならないのですが……」
「シーザー達もそこにいるから大丈夫。早く!」
「は、はい。」
ロザリーは何が何だかわからないまま、ターニャの後をついていった。そしてたどり着いた先は、以前ドレスを着付けてもらったターニャの衣装部屋だった。
「さあ、早く中に入ってちょうだい。」
「あの、お義母様?」
「いいから、さっさとしなさい!」
ターニャは彼女を有無を言わさずに中に押し込む。部屋の中に入ったとたん、美しい純白のドレスがロザリーの目に飛び込んできた。
「……綺麗」
ロザリーが思わず見とれていると後から中に入ってきたターニャが嬉しそうに言った。
「ありがとう。私はそのドレスを着てロックフォード家に嫁いできたのよ。幸い私達の体型は似ているから貴女にちょうどいいと思うのよ。」
ターニャの言っている意味が理解できず、ロザリーは首を捻る。
「だから、今から貴女がこれを着るのよ。」
「へ?」
「ああもうっ!貴女はこのドレスを着て、シーザーと結婚するのよ!」
とうとう待ちきれなくなったターニャが答え合わせを始めたが、ロザリーはやっと今の状況が理解できたのか、今度は驚きのあまり固まってしまった。そんな義理の娘に苦笑いのターニャは彼女の手を掴み強引にドレッサールームに連れ込んだ。
「ちょ、ちょっと待ってください、お義母様。」
「もう、なんでもいいからこのドレスを黙って着なさい!」
最後の方は力業でロザリーはあれよあれよと言う間に美しい花嫁に変身させられたのだった。
「ああ、とても綺麗よ。ロザリー!」
ターニャが感に堪えないといった面持ちで彼女を抱きしめた。
「お義母様、ありがとうございます。こんな素敵なドレスを着てシーザー様と結婚出来るなんて、夢のようです。」
「何を言っているの?こちらこそ、本当にありがとう。それにこんなに晴れやかな気持ちになったのは、久しぶりよ。さあ、シーザーがお待ちかねよ。」
ロザリーが連れてこられたのは、美しい白薔薇が咲き乱れる広い温室だった。室内は良い香りで満たされ、両側を白薔薇で埋め尽くされた通路には、赤い絨毯が一直線に敷かれており、長い一本道を造り出していた。見事な白と赤のコントラストにロザリーは目を奪われる。そしてその最奥に見えるのは……
「……シーザー様?」
そこには白いタキシードを着たシーザーが立っていた。ロックフォード家の執事である、アルフレッドがロザリーの側にやって来て、左腕を組んで彼女に差し出す。
「さあ、ロザリー様。参りましょう。」
彼の言葉が合図のように、整然と並んでいた、ロックフォード家に仕える者全員が讃美歌を歌い出した。仲良しのメイドが彼女にこっそりとウインクを送る。
「皆さん、ありがとうございます……」
ロザリーの瞳に涙が浮かぶ。感動のあまり、彼女がしばらく立ち止まっていると、アルフレッドが笑顔で言った。
「早く参りませんと、シーザー様のお首が長くなってしまわれますよ。」
その言葉にロザリーは笑みを見せ、アルフレッドの左腕に自分の右手を添えた。
「ふふ、そうですね。アルフレッドさん、宜しくお願い致します。」
「かしこまりました、ロザリー様。では参りましょう。」
ロザリーはバージンロードに一歩踏み出した。シーザーに少しずつ近付くにつれ、様々な想いが胸に巻き起こる。嬉しかった事、悲しかった事。全ての思い出の中に彼がいた。彼女は今、幸せの絶頂にいた。ロザリーはその瞬間を噛みしめるように、一歩一歩確かめるようにシーザーへと繋がる道を進んだ。彼が間近に迫るとアルフレッドが彼女に向かって言った。
「では、私はここで失礼いたします。…どうか、お幸せに。」
心なしかアルフレッドの瞳も潤んで見える。ロザリーはこの心優しい執事に礼を言い、添えていた右手を離した。そしてその右手を今度はシーザーが握った。そして 跪いて愛を乞う。片手に三本の白薔薇を携えて……
「ロザリー、誰よりも君を愛している。僕の過去も現在も…少ない未来も。全てを君に捧げるよ。だから、僕と結婚してくれるかい?」
シーザーの穏やかな眼差しが暖かい日だまりのようにロザリーの心を暖めた。溢れる涙を堪えるように、彼女はシーザーに笑顔を見せた。
「はい、シーザー様。私、幸せです。でも、もっともっと幸せにしてくださいね。」
「ふふふ、君は案外欲張りなんだな。」
「ええ!そうなんです。ガッカリしましたか?」
「いいや、むしろ惚れ直したよ。」
二人が見つめ合っていると、前方から大きな咳払いが聞こえてきた。
「いい加減にしろ。いつまで神を待たせるつもりなんだ?」
急こしらえの祭壇には正装のハロルドが苦笑いしながら二人を待っていた。
「ハロルド様!?」
「うん、そうだよ。伯父が僕らの証人さ。僕らが本物の夫婦だっていう、これ以上の証拠はないだろ?」
「…本当によろしいのですか?」
ロザリーの声が不安で揺れる。ハロルドは慈愛に満ちた眼差しで彼女に語りかけた。
「君たちは神の前で愛を誓うんだ。いかなる事があろうともその誓いは絶対的な効力を持つ。それはたとえこの国の王であろうと曲げることは出来ない掟でもある。」
「ロザリー、大丈夫だよ。君と子供はここにいる全員が守ってくれる。君はなんの心配もしないでいい。だから安心して僕の子を産んでほしい。」
「ええ、シーザー様。本当に私は幸せ者です……」
そして二人は神の御前で永遠を誓ったのだった。




