77.
「クライブ……そろそろ私の婚約者を離してくれないか」
ルルドールの16歳とは思えない低く冷たい声が部屋中に響いた。一気に室内の温度が下がった気がしてクリストファーはぶるっと身震いした。
「ク、クライブ殿下。ひとまずこちらにおいでください。一昨日の襲撃事件について、私からご説明させていただきます。」
クリストファーの背から下ろしてもらったガロンが一触即発の若者二人の間に割って入る。
「いいえ、宰相殿。私がその説明とやらを聞きたいのは、ここにいるラドハルト国第三王子、ルルドール・ファサーからだけですよ。理由はどうであれ、アビゲイルを危険に晒した事実は変わらない。やはり君のような子どもでは、女王の相手は無理なようだね。だが私ならもっと上手にアビゲイルを守る事が出来る。」
「クライブ、やめろ!ルルは悪くない。私を命懸けで守ってくれたんだぞ!!」
「アビゲイル、そんなことは当たり前だよ。この国を統べる王は君しかいないけど、夫になる男はなにも一人でなくてもいいはずだ。仮に彼が死んだとしてもスペアは沢山いる。」
「スペア……な、なんてこと言うんだ!」
「だって事実だろ?いい加減、目を覚ますんだアビゲイル。今の私なら君もこの国も全て守ってやれる。君の事なら君が生まれた時から全部解っている。本当はさみしがり屋で泣き虫なのも、可愛い物が好きな事も。」
クライブはアビゲイルを抱きしめたまま、彼女の部屋の中をぐるりと見渡した。
「……ああ、この部屋は君らしくないものばかりだ。私なら以前の君に戻してあげられる。必ず幸せにするよアビゲイル、私を選べ!」
「……いい加減にするのは君だよ、クライブ。」
今まで静かに男の話を聞いていたルルドールが口を開いた。
「……君が彼女を幸せにする?じゃあ何故アビーは今、泣きそうな顔をしているの?」
「……え?」
クライブは自分の胸に抱きしめていた女王に目を向けると、彼女のゴールドの瞳は悲しみに翳っていた。
「アビゲイル……」
彼の腕から力が抜ける。
「アビー、こっちにおいで。」
すかさずルルドールがアビゲイルの腕を取り、自分の胸に囲い込んだ。
「ルル!」
アビゲイルはルルドールの胸に顔を埋めた。
「クライブが酷いことを言ってごめん。」
「……なんでアビーが謝るの?」
「だって、私はクライブを本当の兄上のように思っているから。兄の非礼を許してもらいたい。全ては私を想ってのことだ。」
「でも、彼はそうは思っていないみたいだけどね。」
ルルドールはアビゲイルの悲しそうな顔を見て、すっかり戦意喪失してしまった男に目をやった。
「クライブ、私を大切に想っていてくれて、いつも傍で助けてくれて本当にありがとう。でも、私は貴方の気持ちに応える事は出来ない。私にとって貴方はずっと兄上と同じ存在だった。
クライブは私のかけがえのない、大切な人だ。しかしそれはあくまでも家族としての愛情で、私がルルを想う気持ちとは全く違う。
それに、私は既に以前の私ではない。貴方の知っている小さな私が私の全てではない。もうあの頃のように泣く事を今の私はよしとしない。まあ、可愛い者が好きなのは変わらないかもな、ふふふ。」
アビゲイルは彼の顔をしっかりと見据えて言った。クライブは一瞬だけ瞳を震わせたが、一度息を吐き、肩の力を抜いた。そして、
「ほら、やはり私らしくないではないか…」
クライブは自分に言い聞かせるように呟くと、両手を軽く上に上げて、降参のポーズをとって見せた。
「はぁー、解ったよアビゲイル。私は潔く身を引くよ。ただ、ルルドール、彼女を不幸にしたら許さない。これは亡き親友、彼女の兄上との約束だからな。私はこれからもおまえがこの約束を反故にしないか、目を光らせているぞ。」
「ふふ。心配しなくても大丈夫だよ、クライブ。死んでもそれだけは、無い。だから、君も早くアビーを諦めて、どこぞの姫でも娶ったらどうだい?君、物凄くモテるそうだし、もう32!!なんだろ?」
「!!……そうだな。ついこの前までオムツをはいていた、まだ16!!のおまえよりは女性の扱いも心得ている。それにアビゲイルの事だっておまえの知り得ない、あんな事もこんな事も知ってるんだぞ。ククク……」
「!!!……あ、あんな事……チッ!」
「はあ、二人とも、もういいだろう?」
アビゲイルが呆れ顔でため息をついた。そこでようやく、目の前で繰り広げられていた修羅場を静観していたガロンが口を開いた。
「で、ではお話も済んだことですし、皆様でご朝食でもいかがでしょうか?もちろんクリストファー殿もご一緒に!!」
「ええっ!?わ、私もですか?や、やあ、それはちょっと……」
「僕は構わないよ。アビーはどう?」
「私は皆がいいなら構わないが、ルル、体は大丈夫?」
「うん、大丈夫だよ。クライブはそれでいい?」
「ああ」
「だってさ。だから、いいよね!?……クリス」
「……ぎょ、御意。もちろん宰相様もご一緒ですよねっ!!」
「えっ?私は…」
「ロックフォードさまっ!!」
『俺だけに丸投げなんて、恨みますよ!俺を見捨てないでくださいっ!!』捨て猫のような瞳でクリストファーがガロンを見つめた。
「うっ!わ、分かりました。私もご一緒させて頂きます。では、食堂の方にご用意いたしますので、宜しくお願いいたします。……しかしルルドール様とクライブ様はなんとなく、似ておりますな。」
「「「!!!」」」
……メガトン級の爆弾を落とし、宰相はそそくさとその場を後にしたのだった。




