75.
「す、すまない。少し休もう」
正気に戻ったクライブは皆に詫びて馬から降りた。気付けば軽装のまま、身を守る剣もマントも身に付けていなかった。夜風が肌を刺し、今更ながら寒さにぶるりと身震いをしていると、騎士から服と剣を手渡された。
「殿下、一体何があったのですか?」
護衛の騎士が尋ねてきた。
「アビゲイル女王が襲撃されたらしい」
「ええ!?それは本当でございますか?」
「ああ、ソルシアン皇子から直に聞いた話だ。だから女王の安否を確認する。」
「分かりました。では残りの護衛と合流でき次第、イール城に向けて出発いたしましょう。」
「ああ、そうしよう。……皆、先程は取り乱してすまなかった。私らしくなかったな。」
自嘲ぎみにクライブが騎士たちに詫びる。
「そうでしょうか?私は殿下は熱いお方だと常々思っておりましたが」
騎士は大真面目な顔で言った。
「そうかな?」
「そうですよ。ご存知ではございませんでしたか?」
「……知らなかった」
クライブも大真面目に答えたので騎士たちから笑い声が漏れた。クライブは「ふぅ」と一息吐く。今までの緊張が不思議ととけていった。
ほどなく残りの護衛部隊との合流は完了したが、クライブは冷静沈着ないつもの自分に戻り、疲れ果ててうなだれている愛馬を見た。このまま無理に走らせても飛距離を稼ぐ事は出来ないだろう。彼は馬を休ませるために近くの宿屋で日が昇るまでの数時間、仮眠をとることを皆に提案した。
早朝、クライブは護衛の騎士たちと共にイール城に急ぎ馬を走らせた。愛馬は昨夜の疲れを見せることなく、風のように森を走り抜けた。
「やはり馬を休ませておいてよかったよ。」
「はい、この調子でいけば、午前中には城に到着出来ますね。」
「ああ。このまま行くとすぐに王都だ。後少し頑張ってくれよ。」
クライブは馬上から愛馬の首を優しく撫でた。それに応えるように走る愛馬のおかげで、彼らは予定時間より早くイール城にたどり着く事が出来た。
「これはっ、クライブ殿下!!どうなさいましたか!?」
クライブが勝手知ったる城内を走るように王宮を目指していると、朝食の指示を出していたガロンと鉢合わせになった。
「ロックフォード殿!アビゲイルが襲撃されたと聞き、引き返して参りました。それで、彼女は!?」
「女王陛下なら自室においでなります。これから朝食を御部屋に持って参るところでございます。」
「自室で!?まさか、動けないほどの怪我を!?……」
「あ、いいえ、そうではないのですが……」
ガロンがらしくなく、もごもご何か言っている。
「もういいっ!この目で確かめる!!」
「え?あっ!お、お待ちください、殿下、クライブ殿下!!」
クライブはなぜか慌てたように自分を引き留めようとする宰相を振り切り、大股で女王の部屋に向かった。急ぎ足で王宮の入り口の扉の前にくると、兵士たちは何の迷いもなく扉を開いた。
「ありがとう。」
クライブは礼を言いながら通りすぎる。兵士たちも、子供の頃から幼馴染みのクライブだけは顔パスで出入りが許されていたのを知っているので、頭を下げて男を中に通したのだった。
そして、重い扉がゆっくりと閉まっていくのと同時に、反対側の廊下の奥の奥からガロンがハアハアと息せき切らして走って来るのが見えた。そして、何か大声で叫んでいるが、兵士たちは聞き取ることが出来ずにいた。
「で、殿下をお通しするでないっ!!」
「え!?」
「だ、だから……殿下をお止めしろっ……ハアハア」
「は?」
「だから……」
兵士たちが顔を見合わせ首をひねっている間に『ぱたん』と無情にも扉が閉まる音が、走るガロンの耳に届いた。
「あっ……」
ガロンの口から思わず溜め息が漏れた。




