70.
二人が『通常』の状態に戻ったのはそれから何時間も後のことだった。昼が過ぎ、陽が西に傾く時間になってもなかなか部屋から出てこない二人に、とうとう痺れを切らしたラドハルト国王とイール宰相が、鍵のかかった扉をドンドンと、これでもかとばかりに叩くこと一時間。やっと扉が開いたのだった。
そして中からは下履きだけをだらしなく身につけ、肩から包帯が垂れ下がっただけの、上半身裸のルルドールがあくびをしながら出てきたのだった。今朝あれほどこの二人にお小言を言われ、少しは反省したかと思えばこれだ。一体この王子は女王と一日中何をしていたんだろう?…………………ナニか?……二人の賢人は考えるのをやめた。
「………………うぉっほん!ルルドール殿下、先程の閣議でお二人の婚儀の日取りが決定いたしました。」
いち早く気を取り直した宰相ガロン・ロックフォードが、ラドハルト王と共に、大臣たちと決めた日程をルルドールに説明する。本来なら一年間ほど、婚約期間を経てから結婚に至るのが一般的なのだが、誰かさんのフライングのせいで、結婚式より先に子どもが生まれてしまう可能性が出てきた。それでは近隣諸国の手前、格好がつかない。
昨夜からの長い話し合いの結果、女王が妊娠したと仮定して予定が組まれることになったのだった。もし仮に女王が身籠っていたなら、腹の膨らみを隠し、ウェディングドレスが着られるのはせいぜい妊娠4、5カ月までだろう。それなら安定期に入る5カ月後に婚儀を挙げるのがベストだという結論になった。
「ええー!?おっそー!!そんなに先なのー?」
ルルドールはもっと早くに結婚できると思っていたようだ。直後、『ぶちぶちっ!』と何かが切れる音が聞こえた気がした。
「「ルルドールーーー!!」様ーーー!!」
二人の男は寝不足の上、朝から食事もせずに式の日取りを考えに考えていた。その間もこのKYな王子は大好きな女王とイチャコラしていたわけだ。
「我が子ながら…」
「わが君主の婚約者ながら…」
「「まったくもって腹が立つ!!」」
という訳で、ルルドールは女王が眠りから覚め、姿を見せるまでの間、ひたすら二人に攻め続けられることになったのだった。
それでもなんとか、アビゲイルの体力が夜までに奇跡的に回復したので、リカルドの強い薦めで宰相も交えての晩餐会が開かれることになった。メンバーは女王とルルドール、リカルド王、宰相そして……クリストファー。カサンドラは宿屋の修理の度合いの確認やドルフの事を両親に話すために一度家に帰って行った。ダンは彼女を家まで送り、そのまま仕事へ。ザックと息子たちも一度屋敷に帰り、仕事の調整をしてから再び戻ってくる事になった。
「なんか、一気に寂しくなっちゃったね。ねえ、クリストファー。」
「うっ!げほっ!」
「うわっ!汚いよ、クリストファー!」
「す、すみませんっ。い、いきなりだったので驚いてしまいました。」
なぜか敬語が白々しい。
「もう、気をつけてよね!」
ルルドールを前にしていたたまれない気分の男に追い討ちをかけるように攻め立てる。
「で、クリストファー。君、今日一日何してたの?」
「ぐほっ!」
「だから汚いってばー!」
実は今朝、ソルシアンとアニスを見送る時、クリストファーがこっそり城壁の陰でルルドールたちの様子を盗み見ていた事に気付いていた。昨夜から姿を現さないと思っていたら、男はこっそりひっそりルルドールのストーカーになっていたのだった。
「えっとー、そのー……」
しどろもどろの大男に思わずルルドールは吹き出した。
「ぷっ!もういいよ、クリストファー。僕、怒ってないからさ。」
「…ほ、本当か!?」
今までの捨てられた犬のような顔がパアっと輝く。
「その代わり、僕の言うことなんでも聞くんだよ。」
「あ、ああ。聞く。聞きます!」
『私の敵はやはりこいつかっ!』アビゲイルの鋭い視線に気付くこともなく、クリストファーはただひたすら、最愛の主に尻尾を振り続けるのだった。
…そして急ごしらえの晩餐だったが、皆大いに楽しみ、宴もたけなわになった頃
「ところでルル、肩は痛くないのか?」
ふと気になり父王は息子に尋ねてみた。
「あ、怪我してたこと、忘れてた!」
アビゲイルとのめくるめく世界に夢中で、自分が昨夜、銃で撃たれて怪我をしたことすら忘れていたらしい。『痛みを忘れるほど、そんなによかったのか?』女王以外の男どもが一斉に思った。そう、ルルドールにとって、アビゲイルと過ごす時間はどんな痛み止めよりも、良く効くまさに夢の特効薬なのだった。
しかし、今。怪我の事を思い出してしまったルルドールは
「あっ、なんか痛くなってきた。いたっ!いたたたー!いたーーい!!」
『おい、今更かよっ!!』とツッこみたくなる。
「ちょ、ちょっとルル!!大丈夫!?」
「アビー、いたいよぉー!!ふー、それにフラフラする………………」
「お、おいルルっ!!」
急に椅子から崩れ落ちそうになるルルドールに慌てて駆け寄ったクリストファーは、彼の体の熱を感じ、額に手を当てた。
「うわっ!あつっ!!」
怪我のせいか、それともアビゲイルとの刺激が強かったせいか。ルルドールは高熱を出しベッドに運ばれることになった。しかし朦朧とする意識の中でも、女王のベッドの上じゃないと絶対に行かない!と行き先を指定する事だけは忘れなかった…




