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65.

 時刻は深夜の午前1時を過ぎていた。夜通し行われるパーティーは今、最高潮の盛り上がりを見せていた。普段なら、皆が眠りについているような時間なのだが、誰一人として帰る者も現れず、新しい出逢いを求める若い男女でホールは埋め尽くされていた。


 しかし、最愛のアビゲイルに『私の部屋においで。』と耳元で囁かれたルルドールには、パーティーの盛り上がりも、人々のお祝いの言葉も全くといっていいほど頭に入っては来なかった。それでも無意識のうちに挨拶を交わしたり、五曲ほどゲストの令嬢たちにお願いされてダンスを踊ることは出来ていた。だが、全てが上の空だったルルドールは翌日城内で挨拶される人々が一体誰なのか、思い出すことが出来ず、頭を抱える事になるのだった。


 「では、私たちはそろそろ引き揚げさせてもらう。皆、今日は怖い目に遇わせてしまい、すまなかった。それと、私たちを祝福してくれてありがとう。パーティーはまだまだこれからだ。うんと楽しんでくれ。…ルルからも皆に言葉かけてやって。」


「う、うん。……今日は大勢の皆様に祝福を頂き、ありがとうございました。私たちはこれから…その……用事がありまして、先に失礼しますが、 この後もどうぞパーティーをお楽しみください。」


 それは意図ぜずにアビゲイルにチラリと目線を送る、何だか意味深な締めくくりの挨拶になっていた。その自らの発言にほんのりと頬を染めるルルドールの、なんとも色っぽく、悩ましい仕草に場内の客たちからはため息が聞こえ、気絶する令嬢や鼻血を出す男たちが続出する。これから起こる事を想像するだけで、ルルドールの胸は高鳴り、知らぬうちに彼の凄まじい色気がダダ漏れになった結果だった。


 そんな色っぽい婚約者の姿に『これではこれから何をするのか皆に丸わかりじゃないかっ!』と、女王は恥ずかしくなり、いつもの堂々とした態度からは似ても似つかぬ、恋愛を覚えたての少女の様に顔を赤く染め、俯いてしまった。そんな彼女の心情を知っているのかいないのか、ルルドールは女王を性急にエスコートして会場を後にした。  


「ル、ルル。待って!速すぎてついていけない!」


 肩で息を吐き、なんとか話すアビゲイルの言葉でルルドールははッとして歩みを止めた。女王は右足をさすりながら息を整える。


「あ、ご、ごめんね。アビー。大丈夫?右足を痛めたの?」


「平気だ。少し疲れただけだから。」


「本当にごめん!僕、舞い上がりすぎで、すごくカッコ悪い!!足、見せて。」


「大丈夫だよ。」


「ダメ!ほら早く見せて!」


「わっ、ルルっ!!」


 ルルドールがアビゲイルの足元に屈み込み、有無を言わさず彼女の右足を自分の膝の上に乗せた。そして丹念にアビゲイルの足を触診する。幸い彼女の言う通り、異常は見られず、ルルドールはほっとした。


「ルル、もういいだろう?さあ、立って!」


 アビゲイルにそう言われたルルドールだが、そのまま彼女の足を離さずにいる。


「アビーの足、小さくて可愛い……6年前は僕より大きかったのに、こんなに小さな足だったんだね。」


「そう思うのはルルが大人になったからだよ。本当に立派になった。」


「アビー……」


 ルルドールは触っていた右足を少しだけ持ち上げると、その足首にそっと口づけをした。


「!!ルルっ!なにするの?足なんて汚い!駄目!」


「汚くなんてないよ。……いい匂いだ。アビーの匂いがする。僕は初めて君に逢った瞬間から君のしもべさ。僕の全ては君のものだ。」


 ルルドールの熱烈なラブコールにアビゲイルは黄金の瞳を潤ませた。


「ルルドール……私も貴方が大好き。初めてルルを見た時からずっと貴方が欲しかった。私だけのものにしたかった……」


 アビゲイルは足元にひざまずくルルドールの髪を優しく撫でた。サラサラの金糸のような髪の毛がきらきらと光る。そして彼女の手に導かれるようにルルドールが顔を上げ、ゆっくりと立ち上がった。


「私の身も心もルルのものだ。私のただ一人の愛しい人……」


 アビゲイルのしなやかな指がルルドールの頬に出来た傷をなぞる。女王は両手で彼の頬を包み唇を近付けた。そして触れるか触れないか位のかすめるような口づけを贈った。


「……ああ、初めてアビーが僕にしてくれたキスだ!!」


「ふふ…そう。ルルは覚えていてくれたんだ。」


「もちろんだよ!だって僕のファーストキスだもん……」


 ルルドールは頬を赤くしながら告白した。


「……私だってそうだよ。」


「え?だって……」


 アビゲイルは四年間シーザー・ロックフォードと婚約していた。それは周知の事実で近隣諸国の王族たちも知っていた。


「婚約していたシーザーとは、ダンス以外では、手を繋いだことすらない。彼とは男女の仲というよりは、イール国再建の為の同志みたいな関係だったから。」


「本当に?こんな風に抱きしめ合うのも?」


「もちろん初めてだよ。」


「首筋舐められたのも?」


「ふふふ。そんなことするの、ルルだけに決まってるよ。」


 ルルドールがこの上なく嬉しそうな顔をして尋ねてくるので、アビゲイルはクスクス笑いながら答えていく。


「じゃ、じゃあ、アビーは僕と同じで……」


「……そ、それはノーコメントで。」


 アビゲイルの頬が赤く染まる。ルルドールの瞳は大きく見開かれ、今までにないくらい輝いていた。


「うわーー!!」


 突然ルルドールが叫び声を上げ、アビゲイルを横抱きに抱え、王族の住居に繋がるフロア目指して走り出した。


「きゃあ、ル、ルル!?」


「ふ、ふははは!アビーは僕だけのものだ!嬉しいな!!」


「こ、こらルルドール!危ないから下ろして!」


「ふふ。なんで?僕が君を落とすわけないよ。」


「だって肩を怪我してるじゃない。撃たれて何針も縫っているんだぞ!」


「大丈夫!痛み止飲んだから。それにしてもイールの薬師は優秀だね。ラドハルトの薬よりはるかによく効くよ。そうだ、後で父上に商談を持ちかけてみよう。きっと儲かるよ!!」


 アビゲイルの心配をよそに、ルルドールは呑気な事を言いながら走り続ける。


「アビー、ちゃんと掴まっていて。もっと速く走るよ。そらっ!」


 そう言うとルルドールの走るスピードが一気に上がる。王族の住居が近づくにつれ、ところどころに立っている警備兵の数も増えていく。皆、一様に二人の姿を目を丸くしながら見送った。


「もうっルル!皆、驚いているじゃないか!……ぷっふふふふ!」


 我慢しきれず、アビゲイルも笑い始めた。


「あははは!」


「ふふふふふ!」


 廊下に二人の笑い声が混じり合いながらこだまする。しばらくするとアビゲイルを抱えて走るルルドールの前に重厚な大きな扉が現れた。その前には兵士が居並び、奥を守っていた。二人がその前に立つとその扉はゆっくりと兵士たちによって開かれた。

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