64.
約束の時間が過ぎ、ドルフはソルシアンの部屋へ向かった。実のところ、男は打ち合わせを五分で終わらせ、驚く部下たちを尻目に早々とカサンドラのいる部屋へと足を運んだのだった。彼女は今夜、クラーロ邸には帰らずにアニスと二人、城内に宿泊することになった。
「キャシー、君に逢えなくてさみしかった!」
「え、え?先ほどまで一緒だったではありませんか?」
「……この前君に逢ってから既に一時間以上経っている!それに私は明日、帰国しなければならない。一旦アムダルグに帰ってしまえば、次に逢えるのは少なくても往復で5日経たないと無理じゃないか!」
いや、それは往復の移動日だけで、目的を果たすための日数が入っていませんから。カサンドラは思ったのだが、今この事実を口にしてしまったら、ドルフは護衛の仕事をかなぐり捨てて、ここに残るといいかねない。
「だ、大丈夫です。私はドルフ様を信じていつまでも待っています。だから、お二人をしっかり守ってくださいね。」
もちろん、『ね。』は小首をかしげて、ルルドール風にするのも忘れなかった。
「うっ!ああ、キャシー!君は可愛すぎるっ!!」
「きゃっ!ド、ドルフ様っ。く、くるしいです。さあ、早くお仕事に戻ってください!」
ぎゅうぎゅう抱きしめてくる男をなんとか諌め、カサンドラは名残惜しそうに何度も振り向きながら去っていく男を見送った。
ドルフがソルシアンの部屋に戻ったのはちょうど30分後だった。ドアをノックするとすぐに返事があり、男が中に入ると、30分前と同じ位置に二人の姿があった。
「ああ、ドルフ。いいタイミングで現れたな。今アニスと話していたのだが、明日の移動は馬車ではなくなった。」
「はい?では何で移動するのですか?」
「モードン様、私は乗馬が得意なのです。クラーロの屋敷の中には私専用の馬場もありましたし、その方がなにかと便利だと思いまして。それに、馬車より早くアムダルグに着くことが出来ま……」
「ぜひそうしましょう!」
まだ説明中だったアニスを遮り、間髪入れずドルフの答えが帰って来た。
「して、馬の準備はいかがいたしますか?」
「それなら、大丈夫です。兄たちが荷物と一緒に私の馬もクラーロの屋敷から連れてきてくれるそうです。ただ、遠乗りは初めてですので、出来ましたら馬を走らせやすい道でお願いしたいのですが……」
「分かりました。では、私はアニス様が手綱を捌きやすいよう、もう一度帰国ルートの確認をして参ります。」
「ありがとうございます。私もそろそろ失礼させていただき、明日の準備を仕上げたいと思います。」
「では、アニス様。お部屋までお送りします。」
「え?アニスも行ってしまうのか?」
「ええ。明日は早朝の出発になるでしょう?ソルも早く寝ないと、寝不足での遠乗りはきついわよ。おやすみなさい、ソル。」
「……分かったよ。おやすみ、アニス。じゃあ、聞き分けのいい私に、おやすみのキスをしておくれ。」
少し屈むようにソルシアンはアニスの方に体を向け、顔を近づけた。アニスは顔を真っ赤にしてソルシアンに文句を言う。
「ちょ、ちょっと待って!モードン様の前でなにする気!?」
「ナニって、キスだよ、キス。ほら、早く!」
「はぁ、私は廊下でお待ちします。……お二人とも、お早めにお願いいたします。」
付き合いきれないと言わんばかりに、ドルフが扉を開けて外に出ていった。
「もう。ソルったら、恥ずかしいじゃな……んんー!!」
アニスからのキスを待ちきれず、ソルシアンに覆い被され、少女は無垢な唇をひたすら男に貪られるのであった。
貪られるといえば、アビゲイルも第二会場で10歳も年下のルルドールに思いのまま唇を貪られていた。現在、ルルドールは兄王子のジェイルからの話は聞き終わり、やっと邪魔者を追い出すことに成功していた。『親交を深めるため』とか言って、父王はこの厄介事から逃れるように、ランド公爵の別邸に移ってしまったらしい。他の仲間も明日の出発の為に宰相が用意してくれた部屋に戻ったそうだ。それにイールの大臣たちとも挨拶は全てし終えている。そう。だから、もう二人を邪魔するものは何もない。
ルルドールはダンスの合間に女王を壁の隅に連れ込んでは悪さを仕掛けていた。
「んんん…ル、ルル!こんなにしたら、口紅が剥げてしまう。」
「大丈夫だよ。僕が後で塗ってあげるから。ふふ、アビーは真面目だね。ほんと可愛いなー!」
ルルドールの口づけは、アビゲイルの唇だけにとどまらず、耳元にも落ちてきた。その熱い吐息に女王がゾクリっと身をすくめると、それを見逃す事なく、ルルドールがクスリと笑う。やがて口づけは女王の大きく開いたドレスから覗く鎖骨の上にたどり着いた。
「ああ、本物のアビーの匂いだ!!」
ルルドールは一度息を全て吐き出すと、彼女の肌に唇を這わせたまま、思い切りアビゲイルの匂いを吸い込んだ。
「や、駄目!ルルっ!!汗臭いでしょ!やめて!」
「どうして、すっごくいい匂いがするよ。うん、でも少ししょっぱいね。ふふふ!」
ルルドールは女王の胸元から顔を上げる事もせず、話をしながらペロリと首筋を舐めてみせた。
「ひゃっ!ルルドール!!なんてことを!ああっ!」
「アビーったら、そんな声出したら僕、歯止めがきかなくなるよ。それに、アビーを舐めるの、これで二度目だね。」
ふふふと笑う若い婚約者は女王の拒絶の言葉すら喜んでいるようで、駄目と言われると一層、悪戯を仕掛けてみせた。そして最後の仕上げとばかりに、ちゅうーっと彼女の肌を吸い上げた。チリっと小さな痛みが走ったと思ったら、ルルドールがやっと満足そうに顔を上げた。彼女がその嬉しそうな目線に目をやってみると、肌とドレスの境目の胸元には、赤い花びらのような鬱血が出来ていた。
「あっ!ルルっ!!」
アビゲイルが慌てて密着したルルドールを押し返そうした。
「これはマーキング。僕のだって印、付けただけだから。うん、初めてやってみたけど、うまく出来た!」
キラキラの満面の笑みで「初めて」だと言われ、アビゲイルは怒っていいのか、喜んでいいのか、複雑な心境に陥った。その困った顔を見てルルドールは少し拗ねたように言った。
「だって、このホールにいる男たちの大半が僕のアビーをやらしい目で見てるんだもん!僕なんて6年も君を想い続けていたのに、逢うことも出来なくて。ずっと、ずっと君に触れたかったんだ。兄上たちは成人した僕に…その、女性との事を実践で学ばせようとしたけど、アビーじゃなきゃイヤなんだ!!……だからアビー、責任とってよ。」
瞳をうるうるしながら女王を見つめるルルドールに、アビゲイルは気がついたらキスをしていた。
「あー、もうっ!!分かったよ、可愛いルル。今夜は私の部屋においで……」
女王はルルドールを抱きしめ返し、耳元で囁いたのだった。




