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63.

 ザック・クラーロとの約束を果たすため、ソルシアンはドルフと帰国の用意をしていた。行きはドルフ率いる護衛部隊に守られ、それでも自分で馬に跨がりイール国にやって来たソルシアンだった。だが、女性のアニスが一緒となると、馬車での移動となるだろう。それにともない、隣国イールからの帰国は行きの時間の倍は見積もった方がよさそうだ。しかも、何故だかジェイルが頼みもしないのに皆の前で立会人を買って出たせいで、連れていかないわけにもいかなくなった。


 『ちっ!!』ソルシアンは心の中で悪態をついた。このアムダルグの皇子は正直、ラドハルトの兄弟たちが苦手でならなかった。彼から見た三兄弟は、とにかくねちっこい性格以外のなにものでもなかった。ルルドールもさることながら、長男と次男、中でもジェイルは何を考えているのか、ソルシアンにはさっぱり解らなかった。6年前、妹であるナターシャ皇女が引き起こした誘拐事件の時も、ジェイルだけは嬉しそうに口許を綻ばせ、皇女を見つめていたのをソルシアンは目撃していた。


「ああ、ジェイルが同行するなんて、面倒でならない!どうにかあいつを置いていけないだろうか?」


「それは不可能でしょうな、あれだけ大々的に皆の前で同行を宣言されては。ジェイル殿下の面子もおありでしょうし、もし今回お連れしないとしたら、ソルシアン様は間違いなくジェイル殿下を敵にまわすことになるでしょう。」


 ドルフの言葉に皇子の赤毛が逆立った。そしてふるふる震えながら言った。


「そ、それはかなりまずい!!あいつを敵にしたら、きっとひどい目に遭わされる!」


「でしたら、ここはおとなしく約束通り連れていくしかないのではありませんか?」


「し、仕方ない、そうするしか道はなさそうだな。」


 ソルシアンが残念そうに頷いたとき、部屋の扉がノックされた。ドルフが返事をして扉を開けると、そこにはアニスが立っていた。彼女も明日のために、カサンドラや兄たちと共に、ひとまずソルシアンと別れて準備にかかっていたのだ。


「アニスっ!!」


 先ほどまでやる気のなかったソルシアンが、凄い勢いで入り口までやって来た。そしてドルフを押しやり、少女を中へと促す。


「アニス、用意はどうだい?私の力が足りず、君まで巻き込んでしまってすまない。」


 アムダルグの皇子は優しく少女の肩を抱き、部屋のソファーに共に座った。


「ソル、これは私が希望したことよ。貴方のせいではないわ。それに……貴方と離れたくなかったの……」


 アニスが頬を赤らめながら上目遣いで言う。


「うっ!!ア、アニスっ!」


 感極まった声でソルシアンがアニスを抱きしめた。そして少女の顔を上向かせ、覆い被さるように唇を近づける。


「……ごほん!」


 突然の咳払いに、二人は我に返りそちらを見た。そこには真面目な顔で腕組をしながら、二人を見下ろすドルフの姿があった。


「殿下、いい加減にしていただきたい。私の存在を忘れてはおりませんか?」


「あ、ああすまない。アニスが可愛すぎてつい。」


 毎回同じ言い訳を言う主にあきれつつ、ドルフは変わらず二人を見下ろす位置から言う。


「仕方ありませんね。私は部下との打ち合わせがありますので、30分だけお二人にして差し上げます。…ただし、分かっていますね。結婚式までは節度を守ったお付き合いをして下さい!」


「え?いいのか?じゃ、じゃあそうしてもらおうか、なっ、アニス~」  


 ドルフからの思いもよらないプレゼントにソルシアンの顔がパアッと輝く。『殿下、鼻の下が伸びきってますよ。』と言ってやりたいのをなんとか抑え、男は部屋を出ていった。


「アニス、用意は大丈夫かい?なんなら、私が全て準備しようか?」


「ありがとう、ソル。ダンお兄様が屋敷まで私の荷物を取りに行ってくれたから大丈夫よ。あとは子供の頃から、母親代わりに私の世話をしてくれているメイドがなんとかしてくれるわ。」


「母親代わり……今までアニスは寂しい思いをしてきたんだな。」


「ううん。幼い私が寂しがらないように、父や兄たちはいつでも傍にいてくれたわ。兄たちだって母が亡くなって辛かった筈なのに、我が儘ばかりの私をいつだって受け入れてくれた。皆が私を愛してくれていたことが今なら解るの。いつまでも私が子どもだったから、周りの皆に心配ばかりかけてしまったけど。」


「ああ、アニス!……これからは私がずっと君の傍にいる。どんなことがあっても、君を残して私は死んだりしない。だから、どうか君の隣で、君を一生守り続ける権利を私にくれないか?」


 ソルシアンはソファーの横にひざまずき、少女の小さな掌に愛の口づけを贈った。アニスは涙ぐみながら、それでもとても幸せそうに微笑んだのだった。


「ああ、……ソル、ソルシアン。嬉しい……私もずっと貴方の傍にいたい!」


 二人は固く抱き合い、神の前にでもいるような神聖な気持ちで誓いのキスを交わしたのだった。


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