62.
「ねえ、アビー。今日は僕、アビーの部屋に泊まりたいなー。ねっ?いいでしょ?」
話を戻し、こちらは第二会場の公認バカップル。もとい、女王とその婚約者。先ほどの襲撃で頭のネジが吹き飛ばされたのか、ルルドールがソルシアンよろしく、女王に迫っていた。宰相がクラーロ一家に『お楽しみ中』と意味深な説明をされていた二人は、本当にお楽しみ中だった。
「そ、それはダメだ。婚姻の儀を済ませるまでは、たとえ婚約者でも部屋は別々にしなければならないのは当たり前の事だろう。」
「大丈夫だよ。何もしないから。一緒に寝るだけだから!」
ずいっと顔を近づけて、アビゲイルに大丈夫と言っているルルドールの目が、やけにギラついていることを本人は気づいていないようだ。
「本当だったら。ほら、僕の顔が嘘言っているように見える?ね、いいでしょ?」
「……私には獲物を狙う獣に見えるのだが…」
「えー?ひどいなぁ!ソルシアンやドルフに比べたら、僕なんか牙もない仔犬みたいなものだだよ。この6年間、ずーっとアビーに逢いたいのを我慢してきたんだよ!僕、偉かったでしょ?だからご褒美ちょうだいよー!」
「くくく。駄目ですよアビゲイル女王、ルルの口車に乗っては。」
「え?あっ、兄上!」
振り向くとそこにはジェイルが立っていた。
「気を付けてくださいよ。天使のような顔をして、ルルドールはかなりの腹黒ですからね。」
ジェイルがルルドールをからかうように、さらっと真実を暴露する。
「な、なに言っているんですか?私はアビゲイル女王を騙したりなんかしませんよ!」
「ほら、そのムキになるところが、怪しい!」
「あ、兄上っ!いい加減にしてください!!一体何しにイール国までやって来たのです?兄弟一、面倒事の嫌いな兄上が何の目的もなく、父上についてくるはずありませんよね。本当の目的は何ですか?」
「ふふふ。さすが、ルルだ。するどいな!」
ジェイルの悪そうな笑みを見て、女王はやはり兄弟だと心の中で呟いた。そして当のルルドールは、アビゲイルとの甘い時間を、無粋にも邪魔をするこの乱入者を、どう始末するか本気で考え始めていた。そんな殺気を感じ取ったのか、ジェイルがようやく用件を伝える。
「おっと、これ以上からかうと、ルルドールに殺されそうだから、その目的とやらを今から話そうとしよう。」
「もったいぶっていないで早く教えてください!私たちの時間が短くなるじゃないですかっ!!」
ルルドールが真顔で猛烈に抗議するので、ジェイルはいささか鼻白みながら、話始めた。
「実は、アムダルグのナターシャを私の妻として貰い受けたいと思う。」
「「ええっ!?」」
ジェイルの予期せぬ告白に二人は同時に驚嘆する。
「で、でもジェイル王子は既に自国の公爵令嬢と婚約済みと伺っていますが?」
だからこそ、花婿候補にルルドールを推すことが出来たのだとアビゲイルが言った。
「ああ、それ、兄上の自作自演のデマ話なんだよね。」
「え?そ、そうなの?」
「うん。ジェイル兄上は面倒くさがりの偏屈王子だから、周囲から縁談話を持ってこられないように、自分で予防線を張ったわけ。」
「こらっ!どさくさに紛れて変なあだ名をつけるな!」
ジェイルがルルドールの説明に顔をしかめて抗議する。
「アビゲイル女王。ルルドールの言う通り、私には婚約者はおりません。隣国ではそんな噂になっていたのは承知しておりましたが、あえて訂正はいたしませんでした。今回のソルシアンとアニス嬢の件に便乗し、ナターシャ皇女に求婚することを先ほどの思い付きました。」
「あの、兄上。父上はこの事を知っているのですか?」
「いいや、知らないはずだ。それで、二人にお願いしたいのは、私が首尾よくナターシャを連れ帰るまで、誰にも気付かれないよう、父上の足止めを頼みたいんだ。なんせ、ナターシャはルルを誘拐した犯人だし、父上と犬猿の仲のアムダルグ皇帝の娘でもある。」
「それが判っていて、求婚するのですか?」
ルルドールが不思議そうに尋ねてきた。ジェイルはうっすらと笑って頷いただけだった。
「分かりました。その代わり、アニスの事は任せましたよ。必ず無事に話をまとめてきてくださいね!」
「了解だ。」
6年前、皇女は捕らえられ、皆の冷ややかな目に晒された。ジェイルはまだほんの少女だったナターシャが震えて泣き出すのではないかと思っていた。ところが、俯いていた顔を高々と持ち上げ、少女は周囲を睨み付けたのだった。そのギラギラとした瞳の彼女を見た時、今までに無い強い激情がジェイルを襲った。『ごくん!』唾を飲み込む喉が鳴る。
『彼女が欲しい!!』
ジェイルは心に決めた。どんな手を使ってでもナターシャを自分の物にしようと。




