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55/102

55.

 第二会場には大勢の人々が足止めを食らっていた。中には苛立つ人間もいて、場内には険悪なムードが漂っていた。そこかしこで言い争う声が聞こえる中、正面扉が大きく開かれ、女王アビゲイルが颯爽と入場してきた。


「皆、待たせて済まなかった。この度は内輪の揉め事に民を巻き込んでしまい、本当に悪かった。このとおりだ。」


 誇り高き女王が皆に頭を下げる。それは国民に10年前の出来事を思い出させた。その時の不安な想いが甦ったのか、しばし場内が騒然とする中、未だ頭を上げない女王の後方から「こつり、こつり」と足音が響き、やがてそれは彼女の横で止まった。そのとたん、今までの音という音がピタリと止み、場内にいる人間全てが女王の横に並ぶ人物を無言で注視したのだった。


 周囲の異変に気づいたアビゲイルがそっと顔を上げると、そこにはイール国の軍服を着たルルドールの精悍な姿があった。いや、正確に言えば軍服に似た豪奢な衣装なのだが、国民の瞳にはそれがあたかも、イール国を守る軍神のように見えていたのだった。


「アビー、待たせてごめん。」


 麗しの軍神が女王に微笑みかける。彼女の髪の色に合わせたのか、プラチナゴールドの衣には幾重にも金糸で編み込まれた紐が肩から胸元にかけて垂れている。付いているボタンには全てアビゲイルの瞳の色に合わせた宝石が縫い留められていて、動く度にキラキラと黄金の輝きを撒き散らしていた。


「ごくん!」


 アビゲイルから喉を鳴らす音が聞こえた。ルルドールは嬉しそうに彼女に尋ねた。


「あっ、今、僕の事、食べたいと思ったでしょう?でも僕だってアビーを食べてしまいたいと思っているんだよ。例えばその唇……」


 悩ましげな眼差しでルルドールが国民の前で女王に深い口づけをする。それは永遠に続くかのごとく長い口づけだった。「おおっー!」と周囲からは歓喜の声が響き、ルルドールの登場でギスギスしていた会場の雰囲気が、一転、軽やかなものに変化する。そして二人の熱い抱擁を目の当たりにした令嬢たちはパートナー探しを再開したのだった。


「さあ、皆さん。今夜は仕切り直しだ。夜通し私たちの婚約を共に祝ってくださいますか?」


 至るところから拍手が起こり、楽団が音楽を奏で始めると、一組また一組と踊りの輪が出来てくる。宰相の取り計らいで新たな料理や酒が次々と運ばれ、舞踏会は今まで以上の賑わいを取り戻しつつあった。まるで、前王の王弟が女王を暗殺しようとしたことなど無かったかのように……


「さすが、イール国民は逞しいね。」


 ルルドールが感心したように言うと女王は苦笑いした。


「それは神経が図太と言いたいのか?」


 女王の言葉にルルドールはブンブンと首を横に振った。


「とんでもない!僕はただ、辛いこと、苦しいことがあっても、いつも前向きに生きて行く彼らに共感しただけなのにー。もう、アビーったら酷いよ!」


 ムッとして拗ねてしまったルルドールにアビゲイルは慌てて謝った。


「ルル、ごめん。ちょっとからかっただけなんだ。お願いだから機嫌を直して。」


 ひたすら謝るアビゲイルに何を思ったか、ルルドールの瞳が妖しげに光った。


「じゃ、じゃあさ、今この場でアビーから僕にキスしてよ。それもうんと濃厚なやつねっ!!」


「え?この場で?」


「そう。さっき僕もしたでしょ?あ、でもあんな子供だましみたいなやつじゃ駄目だよ。さあ、早くっ!」


 おねだり上手なルルドールは艶かしい唇を少し前につきだしてくる。その唇に女王は誘われるままふらふらと吸い寄せられ、ついには人目もはばからず、舌を絡ませお互いを食べ尽くすような激しい口づけを交わしていた。今夜は無礼講。皆、愛し合う二人の甘いひとときを見て見ぬふりをしてくれる。


「ああ、アビー……君はなんて甘いんだ!すごく美味しい。もっとして。もっとちょうだい……」


 チュッチュッと淫らな音が耳に響く。それに煽られたのか、成り立てのカップルたちもカーテンや柱の陰に隠れて愛を囁きあった。


「あっ、ルル。そんなに激しく吸ったらダメ」


「んんっ!はぁ、ソルシアンの気持ち、よく解ったよ。もっと沢山アビーが欲しくなる……」


 ……その夜、主役の二人に煽られた若者たちが次々と想いを遂げ、多くのカップルが成立したのだった。


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