54.
今までの出来事の説明を交換条件として、ルルドールは新しい衣装を要求した。父王はその条件を飲み、トーマス・ランドが予め用意してくれてあった衣装の包みをジェイルに運ばせた。
「ほら、ルル。早く着ないと風邪をひくよ。」
「ありがとうございます。兄上!」
いつものごとく、アニスとカサンドラはルルドールの支度の手伝いにかかる。
「先ほどの衣装は大天使のようでとても素敵でしたけど、こちらはまた、とても豪奢な軍服のようで、ルル様がとても男らしく見えますね!」
カサンドラが嬉しそうにルルドールを着付けていく。
「本当に。さすが、ランド公爵!生地も最高級のシルクだわ。」
アニスは上着の手触りに感動しまくりだ。もともとランド家は公爵にして優秀な軍人を輩出する家系でもあった。トーマスの父も優れた軍人で、今は平和な時代が訪れてはいるが、戦の時には多くの手柄を立てたものだった。
「それに、このデザイン。とても斬新なのに、流行に左右されていないところが素晴らしいし、ルル様にとても似合っているわ。」
見た目に厳しい女子二人に褒められてルルドールも嬉しそうに言った。
「ランド様、素敵な衣装を用意してくださり、本当にありがとうございます。この度はご迷惑をおかけしてしまい、申し訳ありません。」
ルルドールはトーマスに頭を下げた。
「いえ、いいのです。私はラドハルト国王に今までのご恩をお返ししたまでの事。この程度の事でしたらなんなりとお申し出ください。私はルルドール殿下に気に入っていただけたら、それで満足なのです。」
トーマス・ランドはとても穏やかな思慮深い人物で、あの父王が信頼するのも頷けた。二人は子供の頃からの知り合いで、まだ戦があった先代の王の時代、海からの外敵をネガール大陸の4大大国で同盟を組み迎え撃った。その時、負傷したトーマスの父を、先代の王が助けたのがきっかけで親交が深まり、今に続いていた。
そして女子二人のお陰ですっかり用意の終わったルルドールは、母国を出てから今まで起きた出来事をかいつまみながら父王に説明しはじめた。
「なるほど、だからランド公爵の屋敷には立ち寄らなかったのだな。大まかなことはクリストファーが文にしたためてくれていたのだが、とにかくおまえが無事でなによりだ。」
クリストファー……。どうりで、夜になると何かを書いているとは思っていたが、こういうことかよっ!男はルルドールが近づくと必ずそれを見せてはくれなかった。『これは私用の日記だから』と言ってすぐに鞄の中にしまってしまうのだった。
ルルドールがジト目で男を見つめてみると、泣きそうな顔をして俯いた。『ああ、あんなだから苛めたくなるんだよなー』男のうるうるした瞳を確認した妖精王子のSっ気が、ムクムクと膨れ上がって来るのをなんとか抑え、ルルドールは返事をする。
「ええ。公爵様に危害が及ぶ可能性がありましたので。幸いクラーロ家の方々が、暖かく私を迎え入れてくれましたので助かりました。」
「そうだったか。クラーロ嬢、礼を申す。日を改めてお父上には挨拶をさせてもらおう。」
「お、おそれ多い事でございます。私たちはルル……ルルドール様のお役に立てただけで光栄でございます。」
「いやいや、この我が儘王子の相手はさぞ大変だったであろう?特にクラーロ嬢には並々ならぬ世話になったそうだな。……そうだ、お礼に何か贈り物をしよう。さあ、何か欲しいものはないか?なんでもいいぞ。」
「いえ、滅相もございません!私は何も……」
「本当になんでもお願いできるのですか?」
突如アニスの言葉を遮るようにソルシアンがリカルドに尋ねてきた。
「あ?ああ。なんでもよいぞ。」
父王の余裕綽々な態度を見て、『あーあ、知らないんだ。父上、今、ご自分から渦中に飛び込んじゃいましたよー』ルルドールは心の中で呟いたが、さっき僕のアビーに意地悪したから助けてあげないよー。なんて思ったりもした。
そんな中、ソルシアンが話を切り出した。
「では、ラドハルト国王陛下には私たちの婚姻の証人になっていただきたい。実はまだ我が父、アムダルグ皇帝にはお許しを頂いておりません。」
「え?そ、そうなのか?ルルっ!?」
「いきなり振らないでください、父上。ソルシアンの言うことに残念ながら間違いはありませんよ。彼からは少し前に女王も私も無理やり協力を迫られましたから。」
「おい!無理やりはないだろっ!アニスはおまえの友だちだよな?」
「もちろんだよ。アニスの為ならどんな苦労も厭わないさ。ただ、彼女が本当に君と同じ気持ちならね。で、どうなんだい、アニス?」
ルルドールに尋ねられ、皆一斉にアニスを見る。少女は突然の事に狼狽えたが、心配そうに見つめるソルシアンに小さく微笑んで見せてから、しっかりと頷いた。
「私も、ソルが……ソルシアン様が好きです。まだ出逢って一日も経っていないけれど、彼は時間は関係ないと言ってくれました。私たちの時間はまだまだ少ないけれど、彼となら、これから永い時を共に歩みたいと思えたのです。」
「……ああ、アニス!!私も君が好きだ!大好きだっ!!」
感極まったソルシアンがアニスに抱きつき、皆の前にも拘わらず、熱い口づけを求めてきた。いや、口づけ以上の事もしそうな勢いだ。
「あー、はい。そこまでね。……全く、このままじゃ、婚姻前に赤ちゃん出来ちゃいそうでホント怖いよ!ソルシアン。君、このままいったら間違いなくクラーロ氏に殺されるよ。」
「す、すまん。つい我を忘れてしまった。」
ルルドールに止められて、ソルシアンは素直に謝る。アニスも真っ赤な顔をして俯いてしまった。
「じゃあ、アニスは本気なんだね。よく分かったよ。では父上。約束通り、二人の事は任せましたよ。」
「えっ?お、おいルル!」
「私は忙しいんです。あとはソルシアンとでも相談してください。」
「しかし、私にはどうにもならんぞ。アムドの奴は頭が堅いからな。」
「……先ほど、おっしゃいましたよね。なんでも大丈夫だと。」
「うっっ!」
リカルドは言葉に詰まった。
「では、私は女王の婚約者としての仕事がありますので、これにて失礼いたします。あとはラドハルト国国王陛下にお任せいたします。」
ルルドールは優雅にお辞儀をした。そして狼狽える父王を無情にも置き去りにし、愛するアビゲイルのもとに足取りも軽く向かうのだった……




