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53.

彼はラドハルト国国王、リカルド・ファサー。そして横には父王と同年代らしき紳士が並んで立っている。


「これは、ランド公爵……」


 突然の出来事にさすがの宰相も言葉が出てこない。その後ろには第二王子のジェイル……クリストファーはもっと後ろの方からルルドールの反応をビクビクしながら見守っていた。彼は大きな体を小さくして、ルルドールの『クリストファー、君、僕を裏切ったね!』という想いを込めた冷めた視線に、目をそらしながらひたすら耐えていた。


 「ルルドール、これは一体どういうことになっているんだ?遅れて会場に入れば、中はメチャクチャになっている上に、残っていた兵士に事情を聞けば、おまえが撃たれて医務室に運ばれたというではないか!」


「え、ええとー、それは……」


「ラ、ラドハルト国王陛下、ご無沙汰しております。この度はお越しいただき、誠にありがとうございます。」


「……アビゲイル女王。この度の事、ご説明いただけますな。」


 アビゲイルが挨拶をするとリカルドの鋭い瞳が女王を刺す。『ううっ……』想像以上の鋭さにさすがのアビゲイルも思わず呻き声を上げそうになる。しかし、すぐにその視線はルルドールの背に隠された。いつの間にか彼は自分とリカルドの間に立ちはだかり、彼女を守ろうとしていた。剥き出しのままの彼の上半身は6年前のそれとは異なり、ほんのりと男の色香を湛えていた。


「父上、お話なら私が伺います。」


 そこには大切な者を庇う一人の若者がいた。リカルドは先程まであんなにオドオドしていたルルドールの変わりように目を見張る。


「アビー。僕はもう大丈夫だから、早く皆を安心させてあげて。さあ、行って。」


 幸い、襲撃での負傷者はルルドールだけで、他のゲストに怪我はなかった。しかし、令嬢たちは楽しみにしていた舞踏会がこんな形でお開きになってしまい、きっとショックを受けているだろう。


 宰相は招待客の安全を兵士に確認させると、ひとまず彼らを第二ホールで待機させていた。皆、女王とラドハルトの王子の身を案じ、心配そうに事の成り行きを見守り、二人が現れるのを待っているのだ。


「さあ、早く行って。僕も着替えたらすぐに行くから。ロックフォード殿、女王をよろしくお願いします。」


「…かしこまりました。さあ、陛下。参りましょう。」


「ルル……」


「君はこの国の女王だよね?そして僕はその夫になるんだ。だから僕もイールの国民を第一に考えなくちゃ。ねっ?」


「……分かったよ、ルル。先に行っている。ラドハルト国王陛下、申し訳ありませんが失礼いたします。本日起きた事については、後程必ずご説明させていただきます。」  


 アビゲイルはリカルドに詫びて部屋をあとにした。そして、部屋の中に残された者たちは……


「ラドハルト国王、ご挨拶が遅れ、申し訳ありません。アムダルグのソルシアンでございます。」


「おお、ソルシアン殿。立派になられて。お父上はご息災か。」


「はい。お陰さまで息災にしております。」


「…ところで、そちらのご令嬢はどなたかな?」


 リカルドはソルシアンの傍らに寄り添っている愛らしい少女にふと気付き、尋ねてみた。すると、彼の口からは思いもよらない答えが返って来た。


「彼女はアニス・クラーロ。クラーロ商会のご令嬢で私の婚約者です。」


「なんと!確かソルシアン殿もアビゲイル女王の花婿候補として、こちらに来られたのでは?」


「ええ、そのつもりでした。しかし、私は出逢ってしまったのです。運命の人に……」


 ラドハルト国王は目を潤ませながら、少女を愛しそうに見つめるアムダルグの皇子に、驚きの目を向けた。『これがあの、野望に燃えていた皇子とは……』ルルドールもそうだが、愛を知った男たちの変わりようにリカルドは心底驚いたのだった。


 しかも、すぐ近くにいるのはあの有名な『狂犬』ではないか。情報収集に長けている国王が間違えるはずはない。……いや、そのはずだが、リカルドが目にした男は若い女性にリードを付けられた『飼い犬』のように穏やかで従順だった。


「ルル、そちらにいるのは『狂犬』モードン殿で間違いないか?」


 もはや自分の目に自信をなくした国王は息子に尋ねてみた。  


「父上、その通りです。彼がその『狂犬』ですよ。」


 ……この男、気づかれていないとでも思っているのか、こっそりと手を後ろに回し、カサンドラの手を握っている。しかし、強面の顔がデレていてばればれなのだ。『一体この国はどうなっているんだ?……まさかクリストファーも!?』国王の意図するものが解ったのか、目のあったクリストファーは首を横にぶんぶん振ってみせたのだった……




 その頃、アビゲイルは宰相と第二会場に急いでいた。


「ロックフォード、今回は私が命を狙われたと言っても我が叔父のした事、ついつい身内だからと大目に見ていたのが災いしてしまった。もっと早く手を打っておけばこうはならなかったかもしれない。本当にすまない。」


「いえ、この度はこんなことになってしまい、こちらこそ申し訳ありませんでした。この国の宰相として、もっとあの方には目を光らせておくべきでした。」


 頭を下げる宰相を複雑な思いでアビゲイルが見つめる。その視線に気づき、ロックフォードが言葉を続けた。


「女王陛下、もしや先程のイーリア侯の言葉を気にされておいでですか?私の陛下への、この国への忠義をお疑いでしたら、いつでも私の首を差し出しましょう。私が陛下を裏切った事は一切ございません。ただ……私が陛下に隠し事をしているのも事実でございます。」


「それはなんなのだ?申してみよ。」


「残念ながら今はお時間がございません。全てが丸く収まりましたら、改めて私の話を聞いて頂きたく存じます。」


「あい判った。……ガロン・ロックフォード。私はそなたを信じている。」


「……陛下、ありがとうございます」


 二人がそれ以上の会話をする事もなく、足音だけが廊下に響き渡った。


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