50.
一発目の銃声でアムダルグの軍人、ドルフは動いた。幸い大切なカサンドラは自分と共にホールの入り口付近にいた。先ほどまで踊っていたソルシアンとアニスも休憩の為、この二人と合流したばかりだった。
「ソルシアン殿下、こちらです!」
男は素早くカサンドラを抱き上げると、出入口の扉を乱暴に足で蹴破る。
「いくぞ、アニス!」
「で、でもルル様や女王様が!」
「私たちがここにいても今は何も出来ない。しかしここを出られれば助けも呼べるし、ドルフに任せておけば大丈夫だ。」
「わ、判ったわ。ソル、お願い。お二人を助けて!!」
「約束する。さあアニス、私に掴まって!」
ソルシアンもアニスを横抱きにしてドルフの後に続いた。そして廊下にいる兵士達に異変を知らせ、向かいの部屋に駆け込む。
「私がこれから賊を捕らえて参ります。ソルシアン様、申し訳ありませんがカサンドラをよろしくお願いいたします。それから私がこの部屋を出たら、念のために中から鍵をかけてください。」
「わかった。ドルフ、皆殺しにはするなよ!」
「…御意」
ドルフはそう言うと長いブーツの中に隠し持っていた短剣と銃を取り出し、部屋を出て行こうとした。
「ま、待ってください、ドルフ様!」
カサンドラが叫んだ。
「どうか、ご無事で。ルル様たちをどうぞよろしくお願いします!」
心配そうに目を潤ませる彼女にドルフは笑って見せた。
「大丈夫。私は誰にも負けたことはない。必ず貴女のもとに帰って来る。さあ、早く鍵をかけて。」
ドルフは安心させるように一度優しく彼女を抱きしめると颯爽と部屋から出ていった。
「安心しろ。ドルフは絶対に大丈夫だ。逆に相手の身が心配だ。あいつはきちんと指示を出しておかないと全員殺しかねない狂犬だからな。」
ソルシアンは全く動じる事なく部屋の鍵をかけると、ドルフ同様、隠し持っていた短剣を腰のベルトに取り付けた。
「カサンドラさん、ソルの言う通り、あの方なら大丈夫よ。ルル様の件があったから、他のライバル国を調査して判った事なんだけど、今回、ソルの護衛に付いたあの方は、アムダルグ帝国ダントツNo.1の実力を持つ軍人よ。そして仲間内では、一度キレたら敵全員を駆逐するまで止まらない『狂犬』と呼ばれ恐れられている方よ。もしかしたら、クリストファー様よりお強いかもしれないわ。……本当に味方で良かったわね。」
「え?そ、そうなんですか…」
確かにあの獲物を狙うような鋭い目、今思えば動きにも全くといっていいほど無駄がなかった。
『ああ…私、そんな『狂犬』を平手打ちしたのね……』キレられなくて本当に良かった!カサンドラは心底思ったのだった。
ドルフはソルシアンと共に二週間ほど前からこの城に滞在していた。さすがに城内では出歩けるエリアは制限されていたが、可能なエリアの中に舞踏会の会場となるこのホールと庭園があった。男は何度もその場所に足を運び、不測の事態に備えて前もって付近の見取り図を頭に入れていた。
廊下の奥にある階段から二階の客室まで走り抜け、庭園の側面に面している一室のベランダから、音もなくひらりと飛び降りる。それと同時に二度目の銃声が男の耳に届いた。
「ちっ!これは早く片付けないとまずいな。ただの脅しではないようだ。銃声の大きさから、それほど近距離からの狙撃ではなさそうだが、一体どこから撃ってくるんだ?……」
狙いは女王かルルドール。庭園の入り口である硝子戸、確か二人は庭園から見て左側にいた。大きな硝子の扉は二人のいた側の上から砕けていくのをドルフは頭の中で思い出す。そこから割り出される場所は……
「木の上か!!」
ドルフは庭園の正面を端から大きく迂回し、予測した目的地まで素早く移動した。三度目の銃声がすぐ近くから聞こえ、続けて男達の声がした。
「畜生、また外しちまった!」
「この下手くそが!!俺にやらせろ!」
「おい、他の客には当てるなよ!あいつらは俺が国王になった時に必要な大切な金づるだからな!」
「判ってますよ、ローダス様。ああ、それにしても他のやつらが邪魔で狙いづらい!しかもあの王子が女王を庇っているから余計に当たらない!」
「だからあいつはさっさと始末しておくように言ってあっただろうが!」
「仕方ないじゃないですか。雇っていたプロの殺し屋が突然姿をくらませちまったんですから。」
ローダスが雇っていた殺し屋にはターゲットの名を明かしていなかった。男はルルドールの尾行を続けるうちに彼がラドハルトの王子だと知ったのだった。『ラドハルトを敵にまわしたくない』殺し屋はそう言い残してどこかに去っていった。急遽仕方なく、罪を着せるためロックフォードの名を騙り、三流の殺し屋を雇って王子の宿泊先を襲わせた。しかし、結果がこれだった。王子はクラーロ家の要塞のような屋敷に保護され、誰にも気付かれる事なく、舞踏会に現れたのだった。
ローダスはイール国王の地位をアビゲイルに持っていかれた時から彼女の失脚を狙っていた。しかし、女王の側にはいつも宰相ロックフォードが控えており、そうそう付け入る隙が生じなかった。そうこうしているうちに10年が経ち、女王の地位は揺るがないものになってしまった。その上、女王が他国の王子と婚姻関係を結んでしまったら、もう完全に自分が王になれる可能性はない。こうなったら一か八か、この場で女王を暗殺するしか残された道はなかった。
「王子の心臓を狙え!先にあいつを殺すんだ。」
「分かりました。よし、今度は外さん!」
男は狙いを定めて引き金を引く。四度目の銃声が響き渡った。




