49.
クリストファーと話し終え、戻ってきたルルドールをアビゲイルは笑顔で迎えた。ロックフォードも側にいる。
「しかし、ルル。初めにここに入って来た時は驚いたよ。ふふふ、まさか令嬢に扮装してくるとは思わなかった。」
「…え?アビーにはあれが僕だって判ったの!?」
「勿論。一目でルルだって判ったよ。どんな姿をしていようが、私がルルを見分けられないわけがない。」
「アビー!!」
ルルドールが感極まってアビゲイルをぎゅっと抱きしめた。
「こ、こらルル!ロックフォードの前だぞ!」
「くくく。私の事はお気になさらずとも結構です。しかし、若いというのはいいものですな。」
しみじみと宰相が言う中、なんとかルルドールを引き剥がす事に成功したアビゲイルが先ほどの質問の続きをする。
「で、なんでアニス嬢に成りすましていたんだ?」
「それは……」
ルルドールは少し考えてから二人に理由を打ち明けた。
「実は、宿泊先で刺客に襲われたんだ。それは夜盗とかではなく、確実に僕だけを狙っていたようなんだ。」
「えっ!それは本当か?ルル、怪我はないのか?」
「大丈夫だよ。でもまだそれを指示した黒幕の尻尾が掴めていないんだ。だから誰にも僕がルルドールだって分からないように入城したんだ。」
「そうか。ルルに怪我がなくて良かった。で、刺客は捕らえたのか?」
「うん、生き残りをひとり。憲兵に引き渡したけど、そいつが口にした黒幕の名前が真実なら、今頃はこの世から消されているかもしれないけどね。」
「そやつは誰なのですか?女王陛下の花婿候補を襲うとは、なんと恐ろしいことを。我が国の者なら、必ずや極刑に処しましょうぞ。」
「そうだ、ルル。その黒幕とやらは一体誰なんだ?」
「……僕が刺客の男から聞いた名前、それは…ガロン・ロックフォード侯爵、貴方の名前でした。」
しばらくの間二人はルルドールの言葉の意味が理解出来ずにいた。しかし次の瞬間
「「ええっ!?」」
二人が同時に驚きの声を上げた。そして女王が慌てて口を開いた。
「ルル、それはない。ロックフォードはそんな男ではない!」
「うん、分かっているよ。きっと誰かがロックフォード殿を罠にかけ、犯人に仕立てようとしているんだろうね。それでロックフォード殿には心当たりはありませんか?」
ルルドールの問いに宰相は一瞬、顔を強ばらせたが、首を横に振った。
「……いいえ、私には何も思い当たるものはございません。」
宰相の歯切れの悪い受け答えにルルドールは、彼が何か重大な秘密を胸に抱えていることを感じとった。
「ひとまずこの件は後程あらためて話し合おう。さあ、ルル。今夜は私たちを祝ってくれる皆の為にも楽しく過ごそう。」
「うん、そうだね。では僕の女王さま、踊っていただけますか?」
ルルドールがアビゲイルに手を差しのべたその瞬間、銃声と共に、庭園に続く硝子戸がいきなり砕け散った。
「アビー!!」
彼は咄嗟に女王を背に庇い、抱きしめた。至るところから悲鳴が聞こえ、大勢の人間が出口めがけて走り出した。
「皆のもの、陛下を守れ!!」
宰相が大声で兵士を呼んだその時、二度目の銃声が響き渡った。
「くっ!」
ルルドールの右肩に焼けるような鋭い痛みを感じた。早く女王を安全な場所まで移動させたいが、会場はパニックに陥った人々で騒然としていて身動きがとれない。窓から離れて死角に入らない限り、狙撃手からは逃げることが出来ない。
「ルルっ!!」
「大丈夫だから、アビーは動かないで。必ず貴女を守ってみせる!」
三発目の銃声が左耳を掠め頬を裂く。
「……ルル、私を離せ!狙いは多分私のはず。」
アビゲイルは身をよじり、ルルドールの腕の中から離れようとする。
「駄目だよ、アビー。死んでも離さない!僕が君の盾になるよ。ねえ、アビー。キスしようよ。」
アビゲイルが見上げると、敵から女王が死角になるように覆い被さる彼の優しい瞳がそこにあった。頬からは血が滴り、撃たれた痛みから珠のような汗が額に浮かぶ。それなのに彼はありったけの笑顔をアビゲイルに向けていた。肩から力が抜ける。
「ルル……、ふふ。じゃあ、貴方からキスして……」
女王はゆっくりと瞳を閉じた。ルルドールの唇がそっとアビゲイルの唇に重なる。その瞬間、彼が呟いた。
「アビー、愛しているよ……」
四度目の銃声が響き渡る。その銃弾は確実にルルドールを捉えていた。




