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46.

 ローダスが生まれて間もなくして、正式に国王が王子に王位を譲った。王子は新王となり、それに伴い、以前から婚約していたユノール国の公爵令嬢を王妃に迎えた。新王妃が後宮に居を構えると、前国王は娼婦と赤子を連れて城を出ることになった。女は王妃まで手にかけ望んだ地位を、いとも簡単に己のものに出来る若い娘を憎んだ。


「やっと国王という重荷から解放された。これからはそなたと赤子と三人で幸せに暮らそう。ラーク地方は温暖で静かな場所だ。赤子もきっと伸び伸びとした子に育つであろう。」


 年老いた前国王は楽しそうに女に話をしたが、娼婦は思った。


『ラーク?はっ!そんな田舎冗談じゃない!あたしゃ、こんなじいさんの老後を看るために今まで頑張って来たわけじゃないんだ!それでなけりゃ、わざわざ王に似た男と寝てガキなんか作るかよ!ちっ!こうなりゃ、こいつも……』


 娼婦はドレスの隠しポケットに忍ばせておいた小さな瓶を指でなぞった。こんなこともあろうかと、危険を承知で王妃を殺害した時に使用した毒を、女は捨てずにしまっておいたのだった。娼婦はその日から王妃の時より少しずつ、ゆっくりと元国王に毒を与え続けた。すると彼の体は徐々に弱り始め、やがて寝込むようになっていった。




 ローダスが物心ついた時には既に、父である元国王は寝たきりの生活を送っていた。だから父親と息子が普通にするような会話をした記憶は全くなかった。ローダスにとって彼は限りなく他人に近い存在だったし、母親とも似たり寄ったりの間柄だった。母は父が寝たきりなのをいいことに、真っ昼間から屋敷に若い男を引っ張り込んでは酒浸りの生活を送っていた。


 残念なことに、ローダスは容姿だけではなく、性格も母親に似てしまっていた。腐っても前国王の息子に生まれた少年は、幼い頃から様々な教育を受けていた。しかし、どれひとつとしてまともに学ぼうとはせず、気付いた時には悪い仲間とつるんでは遊び歩くようになっていた。


 そして、彼が10歳を迎えたある日、父は静かに息を引き取ったのであった。葬儀はしめやかに行われ、その場には現国王家族も参列しており、彼はまだ小さな子どもを抱いて王妃と寄り添っていた。ローダスはこの時初めて異母兄である現国王と対面した。彼は輝くばかりのプラチナブロンドに透き通ったゴールドアイを持つ、美しい男だった。『俺とは何かが違う』ローダスは咄嗟にそう思った。そして彼のその直感が正しかった事がこのあとすぐに判明することとなった。


 父が亡くなっても母の生活に変化はなかった。そればかりか、今までよりもあからさまに男たちと遊び歩くようになった。幸い、大黒柱を失った妻子を新王である、兄は憐れに思ったのか、母子の暮らしを手厚く援助する事を約束してくれた。


 ……そして、ローダスが真実を知る日が訪れた。その日は朝から小雨が降る肌寒い日で、主を失って間もない屋敷の中はひっそりと静まり返っていた。


 昨夜は仲間とのトランプで大損してしまった。結局、夜通しかかっても負けを取り戻すことが出来ずじまいだった。ローダスは明け方に帰宅すると、そのまま自室のベッドに倒れ込んだ。どのくらいの時間が過ぎたのだろうか、彼はぶるっと身震いをし、目を覚ました。どうも昨日から窓が開けっ放しだったようだ。彼が上掛けを引っ張り、中に潜り込もうとした時、屋敷の前に馬車が止まる音が聞こえた。


 ローダスが時計を見てみると、まだ朝の8時を少し過ぎただけの、貴族の暮らしからすれば、早朝ともいえる時間だった。馬のいななく声が響く。


「ちっ!こんな朝っぱらから、人の家に来るなんてなんて非常識な奴なんだ。」


 ローダスは顔をしかめながらベッドから飛び起き、窓から下を見た。そこからは薄汚れたみすぼらしい馬車が見え、丁度中から男がひとり、降りてくるところだった。その姿を一目見て、ローダスは息を飲んだ。そして、男に気づかれないように、そっとカーテンの陰に身を潜めた。


 男は乗って来た馬車にも負けないくらい、薄汚れていてた。ヨレヨレのシャツはズボンからはみ出し、クラバットの結び目はだらしなくほどけていた。ここに来る前に喧嘩でもしたのか、上着の袖には血がこびりついていた。しかし、ローダスが目を離せなかったのは男の身なりではなく、その容姿だった。


 灰色に近い、プラチナブロンドの髪はいつ散髪屋に行ったのか判らないほどボサボサに伸び、濁りのある金色の瞳は充血していて、屋敷の入り口をいやらしい目で見つめていた。


『この男を知っている……』ローダスはそう思った。でもどこで?仲間とよく行く酒場?それとも賭場?そんな事を思って部屋の中をうろうろとしていると、人影が視界に入った。


「うわっ!」


 驚いて声をあげたローダスは次の瞬間、舌打ちをした。彼が驚いたのは姿見の鏡に映る自身だったからだ。


「な、なんだ、鏡か…………」


 途中で言葉は消え、ローダスの瞳が鏡に釘付けになる。彼の瞳は大きく見開かれ、まるで幽霊でも見たかのような、恐怖にも似た感情が少年を支配した。……そこには馬車から降りてきた男とそっくりな子供が映っていたからだ。



 馬車が到着して男が降りてくると、屋敷の扉が乱暴に開き、中から慌てた様子で母が飛び出してきた。


「ど、とうしてあんたがここにいるんだい?ここはあんたみたいなクズが来ていい場所じゃないんだよ!さっさと帰んないと憲兵につき出すよ!!」


「おいおい、久しぶりの再会なのにつれないこと言うなよ。俺が何度も手紙を出したのに、全く返事をくれないからこうして逢いにきてやったんじゃねえか。いやあ、町の酒場であのガキを見た時にはぶったまげたぜ。なんせ、子どもの頃の俺と瓜二つ……もごもご」


 素早く女は男の酒臭い口を手で塞ぎ、屋敷の中に連れ込んだ。


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