43.
ガロン・ロックフォード、55歳を迎えた今でも全く衰えることなくイール国を支える、宰相にして侯爵の称号を持つ男。一人息子を亡くした時ですら、顔色一つ変えることなく、粛々と職務を遂行した。グレーの髪は白髪になり、目尻にも深い皺が刻まれてはいるもののその眼光は鋭く、未だ絶大なる権力を握る人物。
「おくつろぎのところ、失礼いたします。」
男はゆっくりと室内を見渡し、中に足を踏み入れた。ガロンを見たルルドールは自分をつけ回し、深夜、夜盗に宿を襲撃させたのは彼ではないと直観的に思った。彼は男の褐色の瞳の中に、いかなる不正も許さないような強い光を見た。ガロンは静かに二人の前まで来ると頭を下げた。
「ルル、改めて紹介する。彼はロックフォード侯爵。我が国の宰相だ。」
女王が男をルルドールに紹介した。
「ルルドール・ファサー殿下、お目にかかれ光栄でございます。ガロン・ロックフォードと申します。」
「この10年間、ロックフォードがサポートしてくれたお陰で今の私がいる。彼には本当に感謝している。」
女王に称賛されると、普段は表情をあまり表に出さない宰相は少し照れたような、困った顔をして控え目に応えた。
「いえいえ、私などたいしてお役にたってはおりません。全ては女王陛下の采配の賜物、貴女様の力量でございます。」
「はじめまして、ロックフォード殿。」
ルルドールは軽く会釈をし、言葉を続けた。
「私はロックフォード殿に少し伺いたい事があるのですが、よろしいですか?」
「なんなりと。」
「 この度、私の求婚をアビゲイル様は承諾してくださいました。しかし、イール国内には私がアビゲイル様の相手として、この国に留まることを反対する人間も少なからずいるでしょう。貴方はどうですか?ロックフォード殿。」
「お、おい、ルル!!」
女王が止めようとするのを宰相は
「いいのです、陛下。ルルドール殿下、正直に申しますと、陛下の花婿候補にルルドール殿下のお名前が挙がった時、私は殿下がまだお若いという理由だけで一時は反対いたしました。
しかし、陛下がそれをお望みになり、ルルドール殿下が生涯イール国で生きていくご覚悟がおありでしたら、もはや私からは何も申し上げることはございません。末長く陛下を、この国を宜しくお願いいたします。」
年老いた宰相の言葉に嘘はないとルルドールは思った。本来ならアビゲイルの義理の父親になるはずだった彼の瞳は、慈しむように彼女を見つめている。恐らく女王にとってもこの男は、この国の宰相というだけではなく、10年前に他界した亡き父王にも匹敵する、大きな存在なのだろう。アビゲイルがこの男に絶大なる信頼をおいている事はルルドールにもよく判った。
「ロックフォード殿、失礼な事を申し上げました。どうかお許しください。貴方のような方がアビゲイル様の側にいらっしゃって、本当に良かった。これからもどうぞ宜しくお願いいたします。」
ルルドールが改めて頭を下げると、ロックフォードは慌てて言った。
「で、殿下、どうか頭をお上げ下さい。こんな年寄りで宜しければ喜んでお仕えさせていただきたく存じます。こちらこそ、宜しくお願いいたします。さあ、女王陛下、ルルドール殿下。皆が待ちかねております。ホールにお戻りください。」
「ああ、そうだな。ルル、行こう。」
「うん、そうだね。ほら、みんなも行こうよ。」
一方、行こうよと言われるまで黙って話を聞いていた、カイル、サンダートのクラーロ兄弟はアニスがソルシアンに手を引かれ仲睦まじく部屋を出ていくところを複雑な顔で見送った。
「に、兄さん……。えらいことになりましたね。父さんにはなんて話したらいいのか…」
「あ、ああ。どうしよう、サンダート。」
「ぼ、僕に言われたって分かりませんよ。ここは長男である兄さんがなんとかしてください!絶対に僕を巻き込まないでくださいよ。」
「そんな時だけ俺に頼るなんて卑怯だぞ、サンダート!アニスの事になると、父さんが冷静じゃいられなくなるのを知ってるくせに!!俺たち二人が付いていて、みすみす可愛い妹を見ず知らずの男に奪われたなんて、父さんに知られたら俺、確実に殺される!俺だってまだ死にたくない!」
「見ず知らずの男じゃない。あの方はアムダルグ帝国の皇子じゃありませんか?」
「そりゃそうだが、俺たちにとっては知らない男にはかわりないさ。それに父さんがアニスを易々と手放すと思うのか?まかりまちがって、あの皇子と結婚することにでもなったら、アニスはアムダルグ帝国で暮らす事になるぞ。そんな事、あのザック・クラーロが許すと思うか?俺は恐ろしくて、この先が想像出来ない!」
カイルがぶるぶるっと身震いをすると、サンダートもつられるように身震いをした。クラーロ家は何代も続く名家だが、中でもザックは歴代の当主をも凌ぐ逸材だった。もともとの資産に加え、ザックの代で莫大な利益が上乗せされ、クラーロ家の地位を不動のものとした。
子どもの頃は普通の優しい父だったが、家業を手伝いだした息子たちは、父のあの、優しい顔の下には冷酷な一面も隠されている事を思い知ることになった。
もし、ソルシアンがアニスに無体な行いをしたのなら、彼が他国の皇子でも父は迷うことなく、男を闇に葬るだろう。それほどまでの権力を持つ父が頼もしくもあり、恐ろしくもある息子たちであった。
「こうなったのも、ダンの責任だ!あいつになんとかしてもらおう!」
「そうだね。ダンが蒔いた種だ。あいつに責任をとってもらうのが筋だな。善は急げだ兄さん。ダンのところに行こう!もう、ガールハントどころじゃない。行くよ、カイル兄さん!」
最後に部屋を出た二人は、ルルドールたちとは反対の方向に歩き出した。その方向には馬車の待機場である城内の広場があった。
その頃ダンは、自分の身に降りかかる災難に気づくことなく、ひたすら妹たちの帰りを馬車で待っていたのだった……




