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「私はアニスと結婚しようと思う。それでだ、女王。私が我が父である、アムダルグ皇帝を説得する手助けを、貴女にはしてほしいんだ。父は一筋縄ではいかない人間だ。国益にならない婚姻は認めないだろう。
しかし、幸いアニスはクラーロ家の令嬢だ。爵位こそないが、この大陸の名だたる大財閥の1つであるクラーロ家との婚姻なら、そう難しい事ではないと思っている。
ああ、アニス。違うよ!君がクラーロ家の娘だから求婚したわけじゃない。私はメイド姿をしていた君に一目惚れしたのだから。……あのメイド服も可愛かったよ。また着て見せて。」
ここは控えの間。パーティーや舞踏会などの時、王族が休憩できるように設けられた部屋だ。女王がしばしの中座を申し出て、ルルドールとこの部屋に向かうと、既にソルシアンとアニス、それにカサンドラやクラーロ兄弟も中で二人を待っていた。そして二人が部屋に入るや否や、待ちわびたソルシアンがいきなりはなし始めたのだった。
ルルドールは女王と一緒にソルシアンの話を聞いていた。まあ、 最後の方は全く要らなかったが、二人はこの遊び人が本気でアニスを妻に娶りたいと考えていることに驚きを隠せなかった。
「……しかし、ソルシアンが本気でアニスとの結婚を考えていたなんて、正直驚いたよ。アビーから聞いたけど、君、そこら中の女性と関係しているっていうし、イール国に入国してからも伯爵未亡人とよろしくやっ……もごもご」
すかさずソルシアンはルルドールの口を塞いで慌てて弁明する。
「それはアニスを知らなかった時のことで、今はアニス一筋だ!私はアニスと出逢って生まれ変わったんだ!!ルルドール、お前は余計なことを言うなっ!!ドルフ、こいつをなんとかしろ!」
いや、なんとかしろと言われてもドルフだとて、初めは信じられなかった。まさか、あの、皇子がこれほどまでに一人の少女に惚れ込むとは、護衛兼お目付け役の男にとっても想定外の出来事だった。しかし、その気持ち、今の彼なら理解出来た。ドルフは自分の隣にいる美しい女性に目をやった。彼女と出逢ってまだ数時間しか経っていない。なのに自分が彼女に夢中になっているのが判る。ふと目が合うと、頬をうっすらと赤らめ、少し困った顔をして彼女が微笑んだ。『か、かわいい!』ドルフは繋いでいる手に少しだけ力を込めた。
ルルドールは改めて部屋の中を確認した。中にいたメンバーにはソルシアンが助けを求めた相手もいた。赤髪に白いものが混じるその男は父王と同年代、もしくは少し年下だろうか、ガッチリとした体は日頃の鍛練の賜物だろう。筋肉質な腕は格闘技でもその実力をフルに発揮しそうだが………その先にある手は…なんと、隣にいるカサンドラの白くほっそりとした手を握っていた!
「……え?カ、カサンドラ!?」
ルルドールの声に気づいた彼女が頬を赤らめ俯いた。それを庇うように男が一歩前に出てきてルルドールに言った。
「ラドハルト国、第三王子、ルルドール・ファサー殿下。お初にお目にかかります。私はアムダルグ帝国、第一騎士団団長、ドルフ・モードンと申します。この度はご婚約、おめでとうございます。」
「有り難うございます、モードン殿。えー、ところでカサンドラとはどういったご関係ですか?失礼ですが、見たところ、貴方は彼女よりかなり年上だと思いますが、もしや貴方には奥方がおありなのではありませんか?」
ルルドールは単刀直入に男に尋ねた。独身のソルシアンならいざ知らず、年齢的にドルフには妻子がいても不思議ではない。他国で羽目を外し、ひとときのアバンチュールを楽しむ為にカサンドラを弄ぼうというのなら、ルルドールも黙ってはいない。大切な友を守るために無礼は承知で敢えて尋ねる。
「殿下のおっしゃりたい事はよく解りました。では、お答えします。私には生まれてこのかた妻を娶ったことはございません。もちろん子どももおりませんし、見ての通りのしがない中年男です。カサンドラ嬢とも先ほど出逢ったばかりです。ただ、これから本気で彼女を口説きたいと思っております。年の差はありますが、必ず幸せにします。宿屋のはなしも聞きましたし、なんなら私が騎士団を辞めて、イール国に移住しても構いません。」
「おい、それは困る!そんなことになったら、父上に私がどやされるではないかっ!」
ドルフの告白にソルシアンが叫び声を上げる。ルルドールはドルフの人となりを見て安心した。しかし、無垢な二人の女友達がよりにもよって、アムダルグ帝国の遊び人や強面の男どもをここまで骨抜きにするとは、『女子パワー恐るべし!』と妖精王子は思うのだった。とりあえず二人の男は後日それぞれ彼女たちの実家に挨拶に行く事になり、それからのことはその時に考えることとなった。
話もまとまり控えの間に来て半時が過ぎた頃、ドアをノックする音がした。
「陛下、そろそろ会場にお戻りください。皆が待っております。」
扉の向こうから男が話しかけてくる。
「ああ、ロックフォードか。入れ。」
「失礼いたします。」
扉が静かに開き、宰相ロックフォードがうやうやしく入ってきた。




