36.
「ふふ。まったく、ルルが泣き虫なのは変わらないな。これでは美しい『妖精王子』が台無しだな。」
グスグス泣いているルルドールに女王は嬉しそうに言った。大人になり、自分の知らないルルドールになってしまったのかと少し寂しく思っていたが、根本は変わらない可愛いルルのままだった。
「アビー様……」
ルルドールが情けない声を出しながら、女王を抱きしめる。アビゲイルの髪にさした白薔薇からはいい香りがした。そしてその香りは少年にとって忘れられない香りになった。そんな幸せそうな二人を祝してイール国の伝統的な曲が演奏され、皆、踊りの輪に戻っていった。
「ルル、踊ろう。」
「はい、アビー様」
「『様』も敬語も要らない。ルルは私の夫になるんだから。」
『夫』という言葉のなんて響きの良いことよ!たちまちルルドールの頬が紅潮する。
「ア、アビー……アビー。僕のアビー!!アビーは僕のものだ!……もうちょっとこうしていたい。ダメ?」
腰を少し屈め、アビゲイルの顔を覗きこみ、ルルドールが涙に濡れた悩ましげな瞳で尋ねてくる。女王は思わず『ごくん』と唾を飲み込み、再び彼の胸に顔を埋めたのだった。
クリストファーは少し離れた場所から二人を見守っていた。ルルドールの嬉しそうな顔を見て男はホッとする。女王がクライブを選んだのだと誤解した時のルルドールの落ち込み様は、見ているこちらが苦しくなるほど痛ましかった。
これでハッピーエンドになればいいのだが、王子の命を狙った輩が未だに野放しになっている。侯爵であり、宰相でもあるロックフォードには今のところ怪しい動きはない。もしかしたら何者かが彼の名を騙り、ルルドールを亡き者にしようと目論んでいるのかもしれない。華やかな舞踏会の中、クリストファーは用心深く目を光らせるのだった。
そんな中、カサンドラは困惑していた。一緒にこの会場に入ってきたアニスがアムダルグの第二皇子、ソルシアンと手に手を(カサンドラにはそう見えたらしい…)取って消えた事を、彼女の二人の兄たちに告げるべきか否かで難しい選択を迫られていたからだ。
「カサンドラさん、アニスの姿が見えないが、一体何処に行ったか知っていますか?」
ついには長男カイルが痺れを切らし尋ねてきた。カイルは次男サンダートと共に父のごり押しのお陰でこの舞踏会に参加出来ていた。
「え、えーと。」
カサンドラの目が泳ぐ。暑くもないのに嫌な汗が浮かんできた。彼女は意を決して白状しようとしたその時、出入口とは別にある、庭園に続く硝子扉が開き、アニスとソルシアンが仲睦まじく入って来たのだった。
「おわっ!!」
普段はわりとおしとやかなカサンドラが、らしからぬ声を上げたのを聞き、クラーロ兄弟は目を丸くした。皇子は左手を令嬢の腰に回し、余った右手まで彼女の右手に被せ恋人繋ぎをしていた。カサンドラは羨ましいと思う以前に、あまりの甘さに胸焼けしそうだった……




