32.
『しかし、遅いな』女王は舞踏会が始まってからずっと入り口ばかり気にしていた。花婿候補のクライブもソルシアンもとっくの昔にこの場にいる。もう何日も前にルルドールがイールに入国した事は、国境に配備しておいた兵士からの報告で判っていた。しかし、そこからなかなかアビゲイルの待つこの城にやって来ない。『もしかして、何も知らせなかった事を怒っている?』全く姿を現さない彼に対してそんな思いは日増しに強くなり、女王を不安にさせていた。
そう思っていた矢先、扉が開き一人の美しい令嬢が中に招かれる。『来た!!』アビゲイルは心の中で叫んだ。しかし、彼は何故だか女装している。それでも女王は一瞬で解った。『周囲の人間は欺けても、私には解る。あれはルルだ。』
「おやおや、また可愛らしい格好で登場したねぇ。君の王子さまは。」
クライブが軽口をたたくが、あれがルルドールだと一目で解る人間がもう一人いたことが驚きだった。女王が驚いているのが判ったのか、クライブは不敵に笑っていた。
ユノール国、第三王子クライブ・レントリーの母とアビゲイルの母は従姉妹同士で仲が良かった。そのせいもあり、子どもの頃二人はよく顔を合わせたが、アビゲイルはどうもこの王子が苦手でならなかった。
優しそうで穏やかな物腰の王子は、母親譲りの美しい容姿をしていたが、実は超がつくほどのサディストだった。特に自身が興味のある者を追い詰めて泣かせることに至極の悦びを感じるようで、アビゲイルもよく泣かされたのを覚えている。しかも泣かせた後には満足するのか、とても優しく慰めてくる。慰めるくらいなら、初めから泣かせたりするな!とアビゲイルは幼心に思ったものだが、それが彼の性癖だったのだと解ったのは、もちろん彼女が大人になってからだった……
アビゲイルは今夜の舞踏会にルルドールが現れたら渡そうと思い、美しい白薔薇を三本用意して彼を待っていた。そして今日はルルドールの瞳に合わせたサファイア色のドレスを身に付け、プラチナブロンドの髪にもサファイアがほどこされた髪飾りをしていた。今宵、光輝くその姿は何よりも美しく、誰もが会場のどこにいてもすぐに女王を見つける事が出来た。
しばらく様子を見ていると、ルルドールがようやく女王の方を見たのが判った。
「やっと君を見つけたみたいだね。ふふふ。これからが楽しみだ。」
いつの間にかクライブが女王との距離を縮め、腰に手を回して抱きしめるように引き寄せた。
「ク、クライブ、何をする気?」
女王が男の胸から離れようとする。これではルルドールに誤解されてしまう。
「いやー、ちょっと君の王子さまを苛めてみたくなったのさ。ほら、こっちを見て固まってるよ。それに彼には私の胸の花が何に見えているのかな?」
「クライブ!もしかして、わざとその花を胸にさしてきたのか?」
「もちろんさ。君の王子さまの力量を確かめないとね。これでも私は君と結婚してもいいと思うほど、君の事を気に入っているんだよ。この程度でしっぽを巻いて逃げていくようじゃ、大事な君を渡せないよ。あ、連れの男に抱えられて行っちゃったよ!つまんないな。」
「え?ルル!!」
追いかけようとする女王をクライブが引き留める。
「クライブ!いい加減にしろっ!!」
「まあ、待ちなよ。これでおしまいになるようなヤツには君はあげない。私は君に兄上から手紙をもらっているんだよ。妹をよろしく頼むって。」
クライブと亡くなった兄王子は同い年で親しい友でもあった。死を目前に、彼はまだ未熟な妹の行く末を案じて、クライブに託したのだろう。事実、疫病が蔓延した時、ユノール国はイール国を支援し、ワクチン開発にも協力的だった。あれはクライブが先頭に立ち、指示を出していたのだとアビゲイルは後から知ったのだった。
今回の事もアビゲイルはすぐにクライブに相談した。彼は少し考えたが、彼女に協力すると約束してくれた。
「ただし、私のやる事に口出ししないと約束出来るのなら、協力してあげるよ。その代わり、必ずあの王子を君のものにしてあげるから。」
事前にそんな約束をしてしまったがために、アビゲイルは渋々だが彼に従うしかなかった。
「さあ、彼がこれからどう出るか、君の兄上代理の私としてはみものだよ。とりあえずはワインでも飲んで待とうとしよう。」
そう言ってクライブはワイングラスをアビゲイルに手渡した。そういえば、先程まで女王の側を離れずにいたソルシアンの姿が見えない。しかし二人はそんなことを全く気にすることなく、ルルドールが出ていった出口を見ながらグラスを傾けたのだった……




