30.
「アビゲイル女王。」
祝賀会の当日、ラドハルト国王が第三王子を連れて招待したゲストに挨拶して回り、とうとう女王の所までやって来た。
ラドハルト国王から紹介されたのは、やはり早朝の庭園にいた少年に間違いなかった。
「ルル、こちらがイール国のアビゲイル女王だ。」
少年がアビゲイルを見上げた瞬間、彼の動きが止まった。
「……ごくん!」
そして目線は合わさったまま、彼は唾を飲み込み、そのまま長い時間アビゲイルを見つめていたのだった。
「ルル……ルル?ルル!?どうした?」
父王の声で少年はハッとして慌てて挨拶をした。
「は、はじめまして、私は第三王子のルルドールと申します。この度は遠路はるばるお越しくださり誠にありがとうございます。それと……婚約者様の事、お悔やみ申し上げます。」
「ルルドール王子、こちらこそお招きくださり、ありがとうございます。ここ最近、少し塞いでおりましたが、貴方の優しいお言葉のおかげ気が晴れました。」
アビゲイルの言葉に少年が頬を一気に染めた。『か、かわいい!!』女王はそんな感情をおくびにも出さず平然と微笑みを浮かべた。ここでラドハルト王に己の下心がバレてしまえば、絶対にこの妖精王子から隔離されてしまう。そればかりか、この王子を溺愛している王のことだ。外交面でとんでもない、無理難題を吹っ掛けられるか分かったものではない!女王は、まさか自分が10も年下の少年に懸想しているなんて、誰にも知られる訳にはいかなかった。
「ど、どうか私の事はルルとお呼びください、アビゲイル女王さま。」
しかしアビゲイルは耳まで真っ赤になり、必死に話すルルドールが可愛くて仕方なかった。
「ふふふ。では、ルル様、わたくしの事もアビーとお呼びください。どうぞ仲良くしてください。」
彼女が『アビー』と呼ぶことを許したのは家族以外、ルルドールが初めてだった。婚約者のシーザーにすら呼ばせたことのない呼び名を、女王は易々と少年に与えたのだった。
「は、はい!ア、アビー様!!よろしくお願いいたします!!」
それから二人はすぐに打ち解け、周囲からは仲の良い姉弟に見えるほどだった。そう、初めはそれでいい。とアビゲイルは思った。ルルドールが自分に興味を持っている事は明らかだったからだ。
その後すぐ、ルルドールが誘拐される事件が起こった。犯人はアムダルグ帝国のわがまま皇女で、可愛いルルドールの手首には縄で擦れた傷跡があった。アビゲイルは本気でこの小娘を殺してしまおうかとも考えたが、祖国から連れてきた護衛たちが必死に止めるので諦めることにした。
アビゲイルが誘拐されたルルドールの怪我を心配していると、反対に少年が女王の右腕にある切り傷を見つけ叫び声を上げた。
「あっ!!怪我をしているのはアビーさまの方ではありませんか!」
ルルドールは傷に唇を這わせて舌で女王の傷を舐めてきた。アビゲイルは少し驚いたが嫌ではなかった、いや、むしろ懸命に出血を止めようとする少年がいじらしく、愛しく思えた。しかし彼はすぐに我に返り謝罪を始めた。
「す、すみません!指を切った時などに兄達がいつもしてくれていたのでつい、同じ様にしてしまいました。ご無礼をお詫びします!」
耳まで真っ赤になりながら、ルルドールは女王に詫びた。それを見て彼女は笑って言った。
「ふふふ。そなたは本当に素直で可愛いな。お陰で血は止まったようだ。ありがとう、ルル。」
思わずアビゲイルは触れるか触れないか位のかすめるような口づけをルルドールに贈った。女王は生まれて初めてキスをした。婚約者ともしたことはないそれは、想像以上に甘美だった。ルルドールの柔らかな唇の余韻に浸りながら、アビゲイルは少年に言った。
「また同じ事が起きても私がルルを守ってやる。」
アビゲイルの言葉にルルドールはなぜか固まっいた。しかし女王はそのことを気にも留めなかった。
「あ、そうだ。私はまだルルに誕生日のプレゼントを贈ってなかったな。ルルは馬は好き?」
少年が「はい」と応えたので、さっそくルルドールに見合う馬を探し始めた。そして、3日後にとても美しい白い子馬を彼のもとに届けたのだった。しかし、それと入れ違いにアビゲイルは帰国する期限を迎えていた。本音をいえば、ずっと少年の側にいたい。しかし、ルルドールはまだ10歳だ。子どもの彼と自分とでは今はまだ釣り合いが取れない。そう、やるべき事をやらなければ、彼を側に置くことは出来ない。
別れの朝、ルルドールが女王の部屋のドアを叩いた。そして何かを決心したかのように言った。
「アビー様、素晴らしい馬をありがとうございます。僕、必ず乗りこなしてみせます。だから、また僕に逢っていただけますか?」
「必ずまた逢おう、ルル。それまで元気で。」
「今度お逢いする時までに剣も馬も……全ての事に精進いたします。守られるのではなくて、愛する者を守れる男に必ずなってみせます!!だから、だから絶対に僕との約束を忘れないで下さい!」
ルルドールは涙を必死に堪えてぎこちない笑顔を見せた。アビゲイルは少年に愛しそうに言う。
「ふふ……。わかったよ、可愛いルル。楽しみにしてるよ」
そう言ってアビゲイルはルルドールを抱きしめ、別れの口づけをした。女王が前回よりも強めに触れると少年は少し震えた。そして、その唇はどこまでも甘かった。
ルルドールは体調不良を理由に女王の見送りには姿を現さなかった。しかしアビゲイルには判った。彼には既にやらなきゃいけないことが山のようにある。少年が成人するまであと6年。少年がこの6年で全てをやり遂げるまでに女王も自国をもっと安定させ、いつでも彼を迎え入れられるようにしなくてはならない。
「さあ、私のルル。どちらが先にゴール出来るか競争だ。」
女王は帰国の途の馬車の中で楽しそうに呟いた……




