24.
クリストファーは大股に控えの間を目指し、その間、ルルドールも静かに男の胸にもたれかかっていた。そしてアニスがその後ろから走って来る。控えの間は一般的に相部屋が多く、今回、平民や下級貴族は大部屋を共同で使用することになっていた。対して上級貴族には個室が用意されていた。しかし、例外もあり、平民と言ってもクラーロ家は上級貴族と同等、いやそれ以上の財力を持つ、イール国きっての財閥で、最上級の貴族とも太い繋がりがある。そういった家柄の令嬢にも特別に個室が提供されていた。実は今回、当主のザックは裏から手を回し、一番良い部屋を確保してくれてあった。部屋の前でカサンドラが手を振る。
「あっ!クリストファー様、こちらです。…え?ルル様?一体、どうしたのですか!?」
驚くカサンドラにクリストファーは静かに言った。
「カサンドラ、少しの間、俺とルルの二人きりにしてくれないか?」
カサンドラは男の腕の中でじっとしているルルドールに一瞥すると、無言で部屋を開け二人を中に入れた。少年を抱えるクリストファーの背後で扉が閉まる音がする。彼はそのまま少年をソファーの上にそっと下ろし、テーブルの上のカサンドラが準備してあった飲み物をグラスに注いで手渡した。
「ほら、カサンドラが用意してくれた茶だ。これを飲んで頭を冷やせ。」
目を真っ赤に腫らした少年はグラスに口をつけた。グラスの中のお茶はよく冷えていて一口飲めば、爽やかな香りが口一杯に広がり、ヒートアップしていた心を落ち着かせてくれた。
「どうだ?少しは落ち着いたか?」
クリストファーは今まで見せたことがない優しい、穏やかな顔でルルドールに語りかけた。
「ありがとう……クリストファー」
頷いたルルドールは無理に笑顔を作ろうとするが、顔が強ばり上手くいかない。
「俺の前で無理するな。泣きたけりゃ、好きなだけ泣けばいい。」
側に来たクリストファーは少年の頭を優しく撫でた。
「……クリストファー、どうしてアビー様はあの男を選んだんだろう?僕が10も年下だから?あいつの方が年上で頼りになるから?」
ルルドールの瞳からはまた新しい涙がはらはらとこぼれ落ちる。
「そんなことない。確かに歳は下だが、おまえは誰よりも努力家で誰よりも頼りになる男だ。」
「じゃあ、なんでアビー様は僕を選んでくれなかったんだっ!!なんであ、あんな男をっ!なんでアビー様は、アビー様は!!」
ルルドールの叫び声が部屋中に響き渡る。同時にドアが何の前触れもなく開き、アニスが入って来た。
「アビゲイル女王様は誰も選んでいないわ!少なくとも今はまだ。」
入って来るなりアニスが大声で言った。
「ルル様、よく思い出してみて!女王様は何本、白薔薇をお持ちになっていらっしゃったかを!」
「え!?」
「だから、何本、白薔薇を持っていらっしゃった?」
ルルドールはソルシアンの肩越しに見えた二人を思い出してみた。クライブの胸には一輪の白薔薇が飾られていて、アビー様の手には三本の白薔薇が……え!?三本?しかし、確かに三本の白薔薇をアビー様は持っていた。
「アビー様は三本の白薔薇を持っていた!」
「正解。それに、クライブ様の付けていたのは白薔薇ではなく、あれはラナンキュラスという花よ。恐らくは誰かさんを挑発する為、わざと誤解させる様に仕組んだ事だと思うわ。」
「ええっ?あれは薔薇ではないの?……挑発って……」
ルルドールの泣き腫らした瞳が驚きで大きく見開く。
「はぁぁー!!恋は盲目とはよく言ったものね!あの妖精王子をこんなヘタレにしちゃうんだから!さあ、早くその目の腫れをひかせて、会場に戻るわよ!!」
アニスの目配せを受け、カサンドラはよく冷えたタオルでルルドールの目元を包んだ。
「つ、冷たいよ!」
ルルドールが文句を言う。
「ふふっ、やっといつものルル様に戻りましたね。さあ、本物のあなたを皆さんに見せつけましょう!」
「そうよ、ルル様。これからが本番よ。」
いつの間にかアニスが荷物の中から白地に金糸がふんだんに使われている美しい礼服を取り出してきた。
「これは?」
ルルドールが尋ねる。
「ふふっ、ルル様の勝負服に決まってるわ。先日の寸法合わせの時に、別口で頼んでおいた服よ。今、イール国の貴族の間で人気のデザインなの。あ、ちなみにオリジナリティを出すために襟元はラドハルト国の服を参考に作らせてみたわ。さあ、早く二人ともシャワーを浴びて来て!」
「ええ?俺も!?」
今度はクリストファーが驚く。
「当然、クリストファー様の着替えも用意してあります。あなたはルル様の護衛ですよね。とにかく、二人とも早くしてください!」
二人をシャワールームに押し込み、アニスは『ふぅー』と息を吐いた。危なかった。薔薇や植物に詳しいアニスだから気が付いたが、そうでなければ完全に見落としていただろう。ラナンキュラスは薔薇とそっくりな品種が沢山ある。『絶対わざとよね。』アニスは三人の花婿候補で一番クライブ王子が嫌いになった。ルルドールはさておき、ソルシアン皇子の方が断然良い。あの、熱の籠った赤い瞳が……ハッとアニスは我に返り、首を振った。
「アニスさん?どうしました?」
顔がほんのりと赤いアニスの様子にカサンドラが声をかけてきた。
「な、なんでもないわ!さあ、私たちも用意をしましょう。」
「え?私たち!?」
「そうよ。さあ、カサンドラさん、行きましょう!」
アニスはそう言うと、カサンドラを連れて奥の部屋に入って行った。
で、ルルドールとクリストファーだが……
「ねえ、クリストファー。シャワー、ひとつしかないから一緒に入ろうよー!」
すっかり元に戻ったルルドールが男をからかうように言う。
「な、なに言ってるんだっ!俺はいいから先に入ってこい!」
「ええー、さみしいなー。さっきはあんなに優しくしてくれたのにー!」
「あ、あれはおまえが弱っていたからで……お、おいっ!なんでそこで脱いでるんだ?」
「だってー、ドレスって重いし大変なんだよー。それに、全部一人で脱げないしー!ねえ、クリストファー。後ろのボタン外してよ。早くして!」
ルルドールが後ろを向き、クリストファーを急かす。男は仕方なくおずおずと大きな手でボタンを外していく。真ん中まで外した所でストンとドレスが下に落ちる。既にカツラとガラスレンズは外してある。ルルドールは肩より少し長目の金髪を片手で横に寄せ、次の指令をクリストファーに出した。
「次は、ネックレスの留め金を外して、コルセットの紐もほどいて。」
白い首筋がクリストファーの前に現れた。
「ごくん」
無意識にクリストファーは唾を飲む。震える手で留め金を外し、コルセットの紐を緩めるとルルドールが自らコルセットを脱ぎ去る。すると美しい背中が目の前に現れた。ルルドールはそのままさっさと下履きまで脱ぎ出し、あっという間に全裸になってしまった。
「う、うわー!ルル、なんて格好を人前に晒すんだー!」
後ろ姿だが、全裸にかわりはない。クリストファーの目の前に形の良いヒップラインが飛び込んでくる。ドレスを拾い上げながらルルドールは話を続ける。
「えー、いいじゃん。男同士なんだからー。ああ、でもまだアビー様にも見せたことないんだよね。でも、君ならいいや。今日はありがとう、クリストファー。これからもよろしくね!」
服を棚に置いたルルドールはクリストファーの方をくるりと振り向き、彼の肩にそっと手を置くと頬にチュッとキスをした。
「あーあ、今日は一緒に入って洗いっこしようと思ったのになー。残念!先に入るよー。」
そしていたずらっ子のように瞳を輝かせ、シャワーブースに消えていった。もちろん、全裸で……
「………………………………っ!う、うわぁぁぁーー、!」
ルルドールが手早く全身を洗い終えた頃、クリストファーの悲鳴が時間差で響き渡った。もちろんキャイキャイと着飾り中の女子二人の部屋にも、その悲鳴は聞こえたのだった……




