22.
今回の件で、イール国がラドハルト国と婚姻という形で結び付く事を何があっても阻止したいと思っている国があった。それがラドハルト国の南方に位置する隣国のアムダルグ帝国だ。以前よりラドハルト国への侵略を狙っているこの国には、今年50歳の皇帝アムド2世が権勢を振るっていた。
そして、この『婿取り』にいち早く名乗りを挙げたのもアムド2世だった。いや、正確にいえば、アムド2世の次男にあたる、ソルシアン皇子だった。ソルシアンは24歳と女王と歳も近い若者で、一見、すらりとした優男だが、皇帝をも上回る野心家だと噂される人物であった。
「ソルシアン、今回の件はそなたに全て任せる。しっかりとあの女王に気に入られるのだぞ。」
「承知しております、父上。必ず私が女王もイールも、そしてラドハルトも手に入れてみせましょう。」
「候補者はあと二人だったな。」
「はい。ユノール国の第三王子、クライブ・レントリー、そしてラドハルト国のルルドールです。」
「うむ、ラドハルトめ、あんな成人したての青臭い小僧を無理矢理食い込ませおって!よいか、どんな手を使ってでも、あやつに負けるでないぞ!」
「はっ!父上の仰せの通りに。」
ソルシアンは早くも策略を巡らせながら狡猾そうな笑顔を見せるのであった。
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そして、とうとうその日は来た。クラーロ家での生活は快適だった。母の不幸な事件があってから敷地の警備には信頼できるガードマンを何人も雇い入れていたので、ルルドールたちが再度刺客に襲われる事もなかった。ある意味ここは安全を約束された楽園であった。
「クラーロ邸を出たからには、また狙われるぞ。ルル、覚悟しておけよ。」
「うん、そうだね。残念だけど、その可能性は高いかな。諦めてくれればいいんだけどなー」
「はー!全く呑気な王子だな!まあ、城までの道のりは参加する者たちの馬車でいっぱいだからそうそう手出しは出来ないし、まさかこんな格好で入城するとは、敵も思ってはいないだろうがな。それにしても、アビゲイル女王もルルが姿を見せないから痺れを切らしているかもしれないな。どこにも連絡していないが、本当に大丈夫なのか?」
先程、ランド公爵の所に寄る寄らないでルルドールに痛いところを突かれたクリストファーが遠慮がちに再度確認する。
「うーん、きっと僕らが入国した事は耳に入っていると思うんだ。切れ者のアビー様の事だから、今夜必ず僕が現れると信じてくれているはずさ。」
クラーロ邸から城までは馬車で一時間程の距離だった。一台目には『令嬢』のルルドールたちが、二台目には侍女に変装したアニスたちが乗り、御者はダンと非番のロイドがなってくれていた。
「まもなく城に到着します」
一台目の御者をつとめるダンが馬車の中の二人に知らせた。窓から外を眺めると眼前には小高い丘にそびえ立つ白亜の城があった。夕焼けで赤々と燃えるように存在する城は美しく幻想的であった。『あの中に、アビー様がいる!ああ、早く逢いたい!』ルルドールははやる気持ちを抑えきれず、席を立とうとする。それをすかさずクリストファーがたしなめた。
「おい、ルル、落ち着け!こんなところで立ったりしたら馬車から転げ落ちるぞ!」
「わ、分かっているよ!」
いつもの毒舌で冷静なルルドールはそこにいなかった。クリストファーはルルドールがこの6年間、血を吐く思いで努力してきた事を知っている。それもこれも、ただひたすら愛しい女王の為にしていた事だと、こっそりこの美しい少年が自分にだけ打ち明けてくれた時、クリストファーは失恋したのだった。本人は未だにそれを恋とは認めてはいないが、心がズキリと痛んだ事だけは事実だった。
しかしそれからの彼は、妖精王子の初恋が実るよう、陰ながら応援してきた。だからこれから、この城で起きる事がルルドールにとって最良の結果になるよう、祈るしかなかった。そして、その場所に冷静に導くのは自分しかいないと心に刻み込んだ。




