13.
そんなこんなで現在、二人は舞踏会に参加するため、お城に向けて馬車を走らせていた。この舞踏会は今までずっと独り身を貫き通してきた女王がやっとその気になってくれたので、彼女と花婿候補たちとの語らいの場を設ける目的で開かれたものだった。
今夜はその特例中の特例として、貴族以外に平民でも、大きな財力を持つ名家の者なら出席する事ができた。もしかしたら、良縁に巡り会えるかも!そんなシンデレラストーリーを思い浮かべながら、令嬢たちは美しく着飾り、めったに入ることの出来ないお城の舞踏会に夢をめぐらせていた。
そしてルルドールは今夜、憲兵の一人、ダン・クラーロの実家であるクラーロ商会の令嬢、アニス・クラーロとしてこの舞踏会に参加する事となっていた。『最後まで責任を持って約束を遂行します!』そう言って律儀にも御者まで務めてくれるダンは、そもそもこの国で王家に勝るとも劣らない莫大な資産を持つ一族の子息だった。
しかし10年前、母が出先で盗賊に襲われ、帰らぬ人になった時、ダンの運命も大きく変わった。その年は疫病が流行り、多くの人間が死んでいった。イール国の国王も第一王子もこの疫病に感染し、命を落としていた。疫病は民の心を蝕み、貧しくさせた。家庭には働き手がいなくなり、盗難や強奪事件が毎日起きるようになり、生きるために犯罪に手を染める者が後を絶たなかった。ダンの母が襲われたのもそういったいきさつがあったからだった。
しかし、その負の連鎖を裁ち切ったのは当時わずか16歳で新王として即位したアビゲイル女王だった。彼女は隣国に協力を要請し、疫病に対抗できるワクチンを開発したり、大黒柱を失った家庭の者を優先的に雇い入れる制度を作ったりして、国の回復をはかった。
「私が至らないばかりに、国民に多くの悲しみを与えてしまった。本当に申し訳ない。」
アビゲイルが王座に就いて一番初めにしたことは、国民の前で頭を下げて詫びる事だった。王家の、それも新王である女王のこの行為に民たちは心を打たれ、この王とともに国の再建に尽力した。
母を無惨に殺された当時、ダンは何もする気になれなかった。こんな国なら皆、疫病で滅びてしまえばいいとさえ思った。裕福なことに驕らず、誰にでも優しい自慢の母だった。そんな母が何故こんなひどい目に遇わされなければならないのか、ダンは理不尽な世の中を呪った。
あてもなくフラフラと町をさまよっていたその時、偶然、新王であるアビゲイルが国民の前に立ち、頭を下げる場面に出くわしたのであった。王が平民にひたすら頭を下げて詫びている。女王は今年16歳になったばかりで自分と大差はない。アビゲイルは今、国家がおかれている状況、それにともない、これからしなければならない事を丁寧に国民に説明して最後にまた頭を下げた。
「どうか、非力な私に皆の力を貸してほしい。このとおりだ。そして、私と共にこの国で生きてほしい。」
衝撃だった。彼女だってこの疫病で父も兄も亡くしていた。亡くなり方は違うものの、襲われたダンの母も国王や王子も、疫病が原因で命を落とした事にかわりない。それが直接的に係わっていたか、間接的に係わっていたかの違いだけだった。悲嘆にくれ、世の中を怨んでいた己に比べ、真っ直ぐな瞳で国民を見つめていた女王はとても立派だった。ダンは自分を恥じた。そして、女王の言葉を胸に刻んだ。
ダンは前を向いて目的の地へと一歩踏み出した時、亡き母が笑ってくれたような気がした。
彼は父にも兄達にも相談もせず、その足で憲兵に志願した。女王がこの国の為に頑張っている。なら私はこの国の民の平和を守ろう。幸い彼には商いを継いでくれる兄が二人、そして妹が一人いた。父もダンの決意を反対しなかった。ただ、
「おまえのやりたいようにしたらいい。しかし、絶対に死ぬな。生きて、国民の幸せを守って行く事、そしておまえ自身も幸せになる事が亡くなったおまえの母への最大の供養にもなるのだからな。」
ダンはこの父母の息子に生まれたことを本当に幸せに思った。そんなダンの妹、アニスだが、母が必要だった多感な時期にその母を亡くし、寂しい思いをさせてしまった。父も兄達もこの妹が不憫で不憫で可愛くて可愛くて仕方なかったそうだ……
現在、ブラウンのクルクルの巻き毛にエメラルドの瞳の愛らしい少女は今年16歳になった。母が亡くなった時、アニスは6歳だった。その日、母は 疫病にかかってしまった親友の見舞いに行く予定だった。一緒に行きたいと駄々をこねる愛娘に『いい子にお留守番していたら、アニスの大好きなイチゴのキャンディーを買ってきてあげる。』と言い残し、母は笑って家を出た。
少女が次に母を見たのは棺の中でだった。
遺品の中にはイチゴキャンディーの入った紙袋があった。それは最期まで母が離さず握りしめていた物だった。かなりグシャグシャになったそれには所々に血痕がついていた。
そして、その日から少女はイチゴもキャンディーも食べなくなった。
家の中だけが彼女の心の平和を守ってくれた。父も兄達もとても優しくアニスを包みこんでくれた。少女は家族と屋敷に昔からいる使用人以外は信じられない人間になっていた。『屋敷の外に出たって、ろくなことないわ。だってあんなに優しいお母様を殺してしまう人間がいるんだもの。それこそわたしなんてあっという間に殺されてしまうにちがいないわ。』
家の中から出てこない少女はいつしか、クラーロ家の深窓の令嬢と噂される人物になっていた。
ところで、何故、ルルドールがアニスに成り済まし、舞踏会に参加することになったかというと、それは『輝け!第1回妖精王子城内潜入方法検討会』で採決され、決定した事案であったからだった。




