アウトローに学ぶ異界生存戦略.70
大聖堂の天井に吊られたドゥーランが見つかったのは、カーマ達が王都に戻り官位の授与式の準備をしていた時であった。
死んだ。
ヤーラカーン教の本山カテドラルクリストロで、死んでいた。
吊られた枢機卿の姿は鉄の茨で体中を痛めつけられていた。
その手首を虜囚のように縛られ、固められた腕は許しを乞うように胸で交差していた。
その舌は抜かれ、眼球はくり抜かれていた。
彼の威厳を示していたその皮膚に刻まれていた皺は、もはや痛ましさしか見る者に印象を与えない。
初めに彼を見つけたのは彼と派閥争いをしていた教区長たちの集団であったのが、それがさらに彼らへの嫌疑を深めた。
だが、彼の死によって得られた物は新たな枢機卿とその支配教区や支配派閥の進出、そして大王の周囲の忠臣たちの安堵だけであった。
混乱もなく、犯人探しさえも起こらなかった。
彼の死は殉職。
彼が天命を全うしたのだとさえ、まことしやかに囁かれた。
それもこれも、彼が生前から行っていた教団内での能力のリスト化、そして格付けなどが起因している。
彼をこのような惨たらしい死に追いつめられるような奇跡を持つ者がいるなどとは確認されておらず、またそのような力を神職らが持っていると公に認めるわけにもいかなかったからである。
ヤーラカーン内において彼らの聖格とは神聖なる奇跡である。
妖術や秘術、魔術の類であると認めるわけにはいかないのである。
このヤーラカーンでは魔法とは邪悪な物であり、魔物と邪教徒しか用いないというのが定説である。
周辺国でさえ自分たちの持つ力を"魔"に属するものだとは絶対に認めない。
そしてドゥーランの死は幼いヤンマ大王にとっては吉報であった。
正確には彼を御輿に担ぐ者たちにとっての……であるが。
彼に歯向かう貴族たちや、大王を傀儡としておきたい奸臣たちだけでも厄介であった。
それに加え、教団を実質的に纏める枢機卿までも政敵としていた状況が覆ったと喜ぶ者もいた。
新たな枢機卿が敵になったとしても、ドゥーランの治めていた教区とその傘下が反抗派閥としてヤンマ大王におもねる可能性だってあるのだ。
大王を担ぎ上げる彼らにとっては、それが朗報以外の何物でもなかったのだ。
例えご機嫌取りをしてくる者が過去の敵であったとしても、今の敵を牽制する力を擁していれば問題ではなかったのである。
老人の死体は後日手厚く国葬により葬られるのだが、彼の死を真に憂う者などいるのだろうか?
カーマとショーイという新たなヤーラカーン神官の官位授与は教皇でもあるヤンマ大王自らが宮殿で行う手筈となった。
それを快く思わない者たちは多かったが、ドゥーラン元枢機卿の様に自ら動こうという気概のある者などいなかった。
そもそも彼らの多くはマダイラの神官である彼らの力を眉唾物として見ている。
ネクロパレスでの活躍を知ってもなお侮っている。
雁字搦めとなっている大王勢力にたかが二人。
たかが二人の人間が自由に動ける様になったとしてもそれを脅威と感じる者などいなかった。
我欲の強い貴族や奸臣らにとっては様子見の意味合いもあった。
彼らマダイラの神官が大王に力を貸すのか。はたまたヤーラカーン教団に毒され堕落するのか。
強大な権力となった教団の腐敗は貴族社会の比ではない。
彼ら神官等の持つ力は時に地位や権力を越えたところにまで影響を及ぼす。
そう民心だ。
民心に近くそれでいて遠い。
彼らにはヤーラカーン国の民衆に染みついた信仰を操る術があるのだ。




