アウトローに学ぶ異界生存戦略.41
今、私の全ての記憶から知識という知識と感情を消し去りたいと願った。
この場で狂人になれるのならどんなに楽であっただろう。
私が目にしているのは地下空間にあるまじき光景である。
城が聳え立っている。
死体戦鼠は足を止めたのではなく、階段を急速度でかけ下りて足音が気にならない距離まで既に行ってしまっているだけだった。
急いで地面に魔方陣を描き始める。
予想外の出来事に焦り、折角得た血を水袋ごと地面に落としてしまった。
「どうしたのですかショーイ様……」
後ろから不用意な声を出すジョアルを振り返って睨み付ける。
押し黙るのを確認する時間さえ惜しい。
私は広がる血に手を真っ赤に染めながらも石畳に呪文の術式を描く。
血が煌めき始めるとすぐさま地面の魔法装置に手のひらを着き、術の解除を行う。
死体戦鼠はピタリと動きを止め地面に倒れ込む。
魔方陣に新たな文字を連ねる。
また微かに光が魔方陣から漏れると、戦鼠の死骸が空気が抜けるような音と共に小さくなっていく。
後に残されたのは土塊の小さな山である。
私は一息つく間もなくゆっくりとそれでいて迅速にその場から退散していく。
後に続く者たちに一言も喋る機会を与えるつもりはない。
振り向くことすらせずに進み続け、地下道の名残のある第二階層と洞窟然とした第一階層の間にまで戻ると振り向きざまに檄を飛ばす。
「よし!地表まで戻るぞ!」
有無を言わさない勢いで私は帰路を直走ったのだった。
――あれは到底少人数で手におえるものではない……!
私の中に一抹の不安が残っていたからだ。
見つかっていたら燭台で作った聖域では到底対応できないかもしれない。
――だが、逃げるしかないじゃないか!?
私が見てしまったのはただの城だ。だが、そのただの城を好んでダンジョンの奥に移動させる物好きなど考えられるだけで一つしか思い浮かばない。
人間である。
それもダンジョンに精神を侵されながらも、その趣向を忘れていないほどに意識がはっきりとした。
私の知識の中で、地下に城を建てるような性格の者はこう判断することにしている。
古の物語の魔王その人。
物語に被れた浪漫主義者。
酔狂な貴族の出自の者。
そして、居城を構えて守りを固める武人。
一番はあり得ないが、四番が恐ろしい。
攻城兵器が持ち込めない地下ダンジョンの先に城を持ちこむような計算が出来る者。
少なくとも油断をしてはいけない種類である。
そしてもう一つ恐ろしい事を思い描く。
ここまでの敵戦力が寡兵であったのは、ダンジョンの力が小さいからではなく"他"に優先すべきことがあった、という場合である。
城を組み立てるにしても知識も人手も当然ないだろう。だとしたら地上の城まで瘴気を伸ばし、ダンジョンの一部として取り込んだのではないか?
この短期間に!
先に囚われていたダレスの統率する冒険者達が入る前か……
そんな力を持ったダンジョンにどう立ち向かうべきか。
私は浅知恵を掻き集め総動員してでも見出さなければならないかと思うと、高鳴る心臓の音が酷く心地悪く感じた。




