アウトローに学ぶ異界生存戦略.39
いつの世も知恵者がいれば愚者がいる。
大愚の流れに逆らえば知恵者と言えども身の破滅を呼ぶが、逆らうからこそ得る物もある。
しかし知恵があろうと先を見据えられないのはやはり愚か者だ。
そして、最高の瞬間に大愚に混じっていた大賢がその本性を現す。
私は大賢ではない。この知識を求める心根を人に知られてしまっている。
だがそれがどうした。
愚者だろうが賢者だろうが、私は私の求める物のために動く。
私は本当の意味での愚か者になろう。身の程を弁えず天に、そして神の理に手を伸ばす真の愚か者に……。
アンデッドと化した戦鼠に与えた命令は単純明快だ。
お前の生まれた地へと行け、だ。
もし散漫的に魔物を生み出しているダンジョンであるなら、ばらけている魔物を各個撃破しながら道を進めばいい。
しかし、このネクロパレスは異界化している。
つまり、瘴気(と呼ばれる正体不明の霧状の気体。)の大発生と瘴気外への脱出の不可能化やダンジョンの構造の変化には何か要因があるということだ。
廃寺院の外で見かけた悪運の烏はおそらく迷宮種だ。
この廃街に烏の群れがいる様子はなかった。
ならばドゥームクロウは迷宮内で生まれたか、あの廃寺院の外に"エリアが拡大してから"そこで生まれたのではないか?
地下迷宮内では飛行型の魔物の利点は少ない。だが、廃寺院の外まで瘴気によるダンジョン形成が済んでいるのなら話は別だ。
黒い狩人の本領を発揮できる。
そうだ。この地下ダンジョンが何者かにより使役されている可能性が浮上するのだ。
古より存在する最上位のダンジョンに使役された迷宮王。
人の手によりマナの大量発生地を掘り出し、人工ダンジョンとして変異させ、そのダンジョンの力を利用する巌窟王。
魔源流からはみ出したマナがマナ溜まりとなり、ある日突然噴出し地表を覆い尽くした先に不運にも居合わせた者が変異する魔脈の主。
魔に魅入られた者たちはいつでも厄介な存在だ。
彼らはその存在そのものがダンジョンとして人々に恐れられる。
そして、その弱点は明白である。いつの世もダンジョンから出ることが叶わないのだ。
だからこそ英雄譚では勇者たちが討伐のために迷宮に挑み、神話では怪物が封じられた地がダンジョンと呼ばれるのだ。
過去の人間たちの得た経験の記録は全てがこの事実に突き当たる。
――人は言った。『この世界の果ては何処だ?』と。
――神は答えた。『世界、これ即ち閉ざされた迷宮に他ならぬ』と。
この一文はかなり興味深い。
『世界が閉ざされた迷宮である』では問いに対する答えになっていないようだが、こう考えればどうだろう?
"閉ざされた迷宮が広がる理由は分からない。同じように世界に"果て"などないのだ"
つまり神(と呼ばれる人物。)は、この世界の王ではあるがそれ以上の存在ではないという事ではないだろうか?
と考えるとダンジョンは世界の縮図のように見えてくる。
神と呼ばれる王がいて、その眷属がダンジョンに産み落とされる。
ダンジョンは広がり、その果ては王さえ知らない。
私たちは神と呼べるほど強大なダンジョンに生かされている迷宮種の眷属に過ぎないのではないか?
まあこのように跳躍したただの空想を認めろとは言わない。
だが、ロマンがあるとは思わないか?
そこが私と頭の固い奴の違いなのだと思う。
私は多少のバイアスがかかって偏った内容として書物に書き記したのだとしても、それが真実か虚構かは後の世の者たちが判断すればいいのだと思う。
私たちは神ではない。ならば愚直に自分の信じた物を真実として記録する。
それしか出来ないのだと思うのだ。




