アウトローに学ぶ異界.9
それから北へ数十キロ。この北というのが少尉のコンパスを盗み見たとかそういった事ではなく、感覚として北に向かっていると分かる。
この世界自体にそういった概念があるとすれば"北"に向かっていると分かる程度だが、俺の方向感覚はとてつもなく鋭いようだ。
それだけではない。始めにヤヌ族たちが鎖で厳重に繋がれていた訳がだいぶわかってきた。
まず、鎖を引きずりながらさらに馬を牽引しているのだが、俺の足腰は思っていた以上に軽く疲れも感じなかった。
手鏡を見た際に、自分ではない何かになってしまっていた事は想像していたが、これがなかなかここまで身体的優位なことになっているとは今までは全く気付かなかった。
フーガ少尉に嘆願し、ヤヌ族と出会わないために斥候をすることの許可をもらい、手ごろな高さの丘などに駆け上がってみたのだが、その風を切る感覚や体が羽のように軽いと思えるほどの身体能力には度肝を抜かれた。
今なら苦手だった学校の身体測定でもかなりの成績を残せることを確信できる。
そして周辺を確認する素振りを見せて少尉の元に全力疾走で戻る。全く疲れた気がしなかった。
その身体能力に少尉は驚く様子もなく見慣れたように「様子はどうだ?」などと俺に話す。もしかしたらヤヌ族は今の俺のように肉体の洗練された部族なのかもしれない。
「問題ないです」
確かに問題はなかった。丘から臨む平原地帯には人のいるようすなどはなかった。巨大な角の生えた牛のような生物の群れなどが移動する様子などは見えたが、少尉たちの魔法があることを考えると全く脅威になるとは思えない。それに人のいるような様子も窺えなかった。
進路上に沿う形で広がる森にからは鳥のような鳴き声などが聞こえるが、特に怪しい様子は見受けられなかった。
何やら森からは嫌な臭いがするような気がしたが、気のせいだろう。
「ではこのままこの先の調査へと向かおう……」
少尉の声に頷く兵士たち。そして俺が偵察してきたにも関わらず、変わらず先を行く兵士は最新の注意を払いながらも前に進み始める。
殿を務める兵士もだ。森に近づくに連れてその表情は険しくなり、木々の間をすり抜ける羽虫さえ取りこぼさんとばかりの威圧感を放っている。
「森に何かあるのですか?」
俺の質問に対して少尉は驚くように話す。
「貴様は……。ああ貴様にとっては脅威ではないだろうがな、入り組んだところではヤヌ族のほうが有利だ。いくら銃や魔法で距離をとって戦えると言ってもあそこから投石などをされては厄介だ。こちらの攻撃も木々に遮られる。森を焼き払ってしまえばいいとも思うが、それで周囲のヤヌ族への狼煙になっては元も子もない」
フーガ少尉も額から少しの冷や汗を流している。この場で能天気なのは俺だけのようだ。
「それでここ等にマナの源流はないのか?」
「はい。俺がヤヌ族に連れまわされた土地でマナを感じるようなところはありませんでした」
さらっと嘘をついたが、その真偽を少尉が分かるはずもなく、ただただ頷き「貴様の部族の土地まではどれほどだ?」と質問を続けた。
「ヤヌ族に捕まっていた間は目隠しなどをされておりまして、故郷からどれほど離れた地にいるのかすら分かりません」
その言葉に少尉は落胆した様子をしたが、すぐに取り直した。
「能力的に近しい部族を拉致したので完璧な情報隠しをしたのだろう。貴様の部族のマナへの感覚が鋭い事を利用して、奴等も魔源流を探しているのかもしれんな……」
少尉は奴等が見つけてくれるのならそれでも構わんがな、と言葉を続けた。
「カーマ。貴様の――」
言葉を言い終わらぬうちに近くを移動する部下の一人が悲鳴を上げ馬から転げ落ちた。
弓で片膝を撃ちぬかれたようだ。
「敵襲!敵襲!」
「どこにいる!?」
少尉が叫ぶも敵の居場所を見つけてはいないようだ。
しかし、先頭でも殿でもなく中央が攻撃されたのだ。側面から攻撃したと考えるしかない。
俺は左手に広がる森を見た。
そこには、先ほどは気づかなかった子供のような大きさの緑色の生物がうじゃうじゃといた。
「フーガ少尉……」
俺の言葉に少尉が森を観察する。
「くっ、原生しているゴブリンか!?」
俺の鼻に今度ははっきりと嫌な臭いが感じ取れた。
俺のかすかな本能が呼びかけてきた。敵だと。
あまりに遅い警告。しかし、なぜ気づかなかったのか原因は直ぐに匂ってきた。
香料だ。ゴブリンは俺に気づかれないように自分たちの臭いを消すような何かを付けていたのだ。




