☆9月4日★ その4
夕方になると、朝から降り続いていた雨は嘘のように止み、今日もオレンジを食べ過ぎた太陽が、ぴょっこりと顔を覗かせていた。
2組のみんなは、雨が止みだした辺りから何やらわさわさと動き出した。
洞窟の奥に転がっていた岩を、小さな台車を使って外へと運び出し、海岸へと並べ始める。
岩の塊を海岸に二つ並べ、その上に余った廃材だろう木を、井の字形に組んで行った。太陽がすっかり沈んだ頃、海岸に二つ並べられたそれは、
「キャンプファイアー?」
準備を終えた雅人に尋ねると、にかっと笑って頷いた。
「何かこういうの作るとワクワクするだろ?」
まだ湿っている砂浜に組みあがった二つのキャンプファイアー。そこに誰かが持って来たガソリンが掛けられ、火が灯った。
「綺麗……」
「うん……」
すぐ後ろから、由香里と里美がそう呟くのが聞こえて来た。
昼間の雨のお陰か、空気はしんと澄んでいた。雲もすっかり払われたのか、闇に浮かびあがる星々は、自分を見てくれと言わんばかりに強く輝いている。
星空のステージを照らすように、双子のキャンプファイアーは煌々と炎を上げていた。
火の回りを、皆で囲んだ。
マイムマイムも流れない。
大袈裟に騒いだりもしない。
砂が湿っている為、腰掛ける事もしない。
これからの運命に向けての儀式を淡々とこなすように、そこに集まった双子達は、ただただ、炎が燃え上がるのを眺めていた。
どこか神聖な空気を帯びたそれは、これから僕達が進むべき道への灯台となってくれるような、そんな優しさと力強さが感じられた。
「雅人、これ」
僕は傍らの雅人に、母さんからの手紙を渡した。
雅人は炎の光を手紙に当てながら、ゆっくりと読み進めた。
朱色の影が雅人の顔をチラチラと舐める。ぼんやりと、だけれども真剣な眼差しで、手紙を読み進める雅人は、何を思っているのだろう?
「これ、俺が貰ってもいいかな?」
読み終えた後、雅人は笑顔で僕にそう尋ねた。
「うん、いいよ」
「サンキュ」
雅人はその手紙を綺麗に4つ折りにすると、左目蓋にゴシゴシと擦りつけてから、ポケットの中へしまった。
それから僕達は、思い出話に花を咲かせた。
父さんや母さんと、動物園や水族館に行った時の事。小学校での事。近所に冒険に出かけた時の事。
あの時はどうした、こうした、沢山の思い出の花が、次々と色を付けていく。
だけど、どれだけ話しても、その花が実を付け、種を残す事が無い事は分かっていた。
種を残せなくても、記憶に残るように精一杯咲き誇ろう。
そう確かめ合うように、僕達はお互いの思い出を語り、記憶を補填し合い、心に刻み込んで行った。
この時間が、そして雅人の事が、愛しくて、嬉しくて、夢中で沢山の話をした。
不意に、雅人の左頬に目が行った。
「昨日は、殴っちゃってごめん……」
「ばーか、お互い様だろ。それに、俺は結構楽しかったんだぜ、あの時……」
雅人が、照れたように笑った。
「うん、僕も実は、楽しかった……」
秘密を告白するように、僕も照れながら、笑った。
「ところでさ、雅人は好きな女の子とかいるの?」
聞いてみてしまった。
「何だよ急に? 叶人がそんな話するなんて」
雅人が僕を見て目を丸くする。
「いいじゃない。で、いるの?」
炎の所為だろうか、雅人の頬が少しだけ、赤く染まったような気がした。
「まぁ、いない事は無いけど、それは叶人にも言えないなぁ」
「えぇ! どうして?」
「どうしてって、俺達は双子なんだぜ? もしお互い同じ奴好きになってたら嫌だろ。それに、俺は叶人の方が大事だからな」
雅人はそこでニカッと笑う。
「うん、ありがとう……」
どうしてだろう。
とてもとても嬉しいはずなのに、哀しい事なんか何も無いはずなのに、涙が零れてくる。
「何だよ、泣くなよ~」
「うん、ごめん……」
「別に謝んなくていいよ。そこが叶人のいいところでもあるしな」
「……うん、ありがとう」
雅人の優しさが、暖かく、胸の中に沁み込んで来る。
キャンプファイアーが、パチンと一度爆ぜる音をさせてから、少しだけ崩れた。
火の勢いも段々と弱まって行き、辺りの闇の濃度が、徐々に濃くなっていく。上空に彩られた星空は、僕らの事を絶えず見つめたままだ。
夜が明ければ、またいつものように朝が来る。
それがこんなに悔しく、だけども、こんなに愛おしく感じるとは思わなかった。
海は変わらずに広く大きい。
潮騒のベースラインに乗せて、呼応するアクセントのように、キャンプファイアーがまた一つ爆ぜる。僕達の囁き声をメロディーラインに、宙のステージで星々が舞う。
最後の夜。
この夜を、僕は決して忘れる事は無いだろう……。




