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双子星  作者: 泣村健汰
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☆9月4日★ その3


 由香里は涙顔のまま、立ち上がり顔を洗いに行った。

 雅人達の会議はまだ終わらず、僕は不意に訪れた一人きりの時間を、若干持て余していた。

 海岸は先程までと同様に、しとしとと降りしきる雨の音で満たされている。目に映るのは、時化た海に鈍色の空。それと、遠くで微かに雲を割った太陽の光。

 宛ら観客席で映画を見ているようだ。

 遠くで話し合いを続けている雅人に目を向けた。

 2組の人達と何かを熱心に話している雅人を見ながら、昨日雅人に一撃を貰った左頬をさする。

 頬の奥で痛みが、温もりに変わっていた。

 改めて、やっぱり僕は雅人が大好きだと、昨夜思い至った。

 そして雅人も、僕の事を好きでいてくれている。

 僕の自信は、いつも雅人がいてくれていたから成り立っていたのかもしれない。雅人が僕の事を信じてくれていて、そんな僕の事を、僕は信じる事が出来た。

 その時びゅうっと音を立てて、洞窟内に風が吹いた。

 雨の冷気を含んだ風が肌に刺さる。何か上着を羽織ろうと、僕はリュックサックの中を漁った。

 雅人のリュックサックの中には、舟を作る為に作った道具と食糧以外は、本当に必要最低限の物しか入っていなかった。

 奥の方に、僕が雅人に渡したブラックのボールが入っていたり、僕達の家族の写真が数枚入っていたりした。

 雅人は家を出る時には、もう既に自分が舟に乗る事を決めていたのだ。

 底の方に折りたたまれたジャンパーを発見したので引っ張り出すと、瓶が一つ、外に飛び出して、洞窟の岩肌の上に転がった。

 母さんが僕に持たせてくれたけど、舟を作る際のごたごたした準備の時に、リュックサックの中に無造作に放り込んだ、あの瓶だった。

 もう必要の無いそれを手に取ると、母さんの顔が目に浮かんだ。

 中を覗くと、白い錠剤が幾つかと、数枚の折りたたまれた紙が瓶の中に入っている。

 蓋を開けて、中の紙を取り出し、広げてみた。

『愛すべき、雅人、叶人へ』

 ……それは、手紙だった。


『愛すべき、雅人、叶人へ。

 貴方達がこの手紙をいつ読んでくれているのかはわかりません。部屋に入ってすぐなのかもしれないし、もしかしたら本当に、これが必要になる最後の最後かもしれませんね。

 お母さん達も勿論乗り越えて来た壁だけど、実際に貴方達にこんな事をさせるのは、辛くて辛くて耐えられません。お母さんが体験した時より、何倍も、何十倍も辛く思います。貴方達が実際に親になった時に、きっと分かるでしょう。

 でもお母さんは、貴方達を産んだ事を後悔した事は、一度もありません。

 貴方達二人が生まれたのは、夏の暑い日の夜中でした。日付が変わるか変わらないか、その位の時間だった事を何となく覚えています。はっきり覚えていないのは、お母さんはあんまり痛かったから、時間の事なんかまるで分かって無かったの。お父さんが後で言ってくれたから、その時間だって思いこんでるの。

 最初に私に挨拶をしてくれたのは雅人だったわ。3229gの、大きくて元気な赤ちゃんだった。お母さんが姿を見る前から、元気な泣き声が聞こえて来てね、それがお母さんには、天使の鳴らすラッパのように聞こえたのよ。そしたらね、「僕生まれたよ、お母さん」って声が聞こえたのよ。お母さんの耳には、ちゃんとね。

 そしてそのちょっと後に、叶人が生まれたわ。2837gで、雅人よりもちょっと小さい、可愛らしい赤ん坊だった。だけど、叶人は生まれてすぐ、泣かなかったのよ。その時お母さんは、不安で目の前が真っ暗になりました。だけれど、お医者さんや看護師さんの適切な処置で、あなたも無事にこの世に生を受けたのよ。「お母さん、心配かけてごめんなさい」って、叶人の声が聞こえて来たの。叶人は生まれてすぐの時から、人に気を遣っていたのね。

 貴方達二人をこの手に抱いた時の感触は、今でもはっきり覚えています。ああ、幸せって、手で触れられるんだって分かったの。お父さんも本当に大喜びでね、ずっとビデオカメラを回しながら、貴方達二人を追いかけて大はしゃぎだったんだけど、はしゃぎ過ぎて転んじゃって、カメラを駄目にしちゃったの。おかしいでしょ? だから実は、家の居間のカーペットを捲ると、床が凹んでいる場所があるの。

 貴方達は本当に大きな声で沢山泣いて、お母さん達を一杯困らせてくれたわね。二人とも協力したみたいに一緒に泣くもんだから、もう煩くて煩くて、お父さんもお母さんも、毎日毎日目の下に動物を飼っていたのよ。小さな悪魔に見えた事が何度もありました。だけどね、二人の可愛い寝顔を見たら、悪魔だって思ってた性悪赤ちゃんが、途端に天使に変わって、疲れなんて吹っ飛んじゃうのよ。

 雅人が左目を怪我してきた時なんて、お母さんは本当に卒倒するかと思いました。叶人はわんわん泣いてるし、雅人は血を流しているし、お父さんはまだ会社だったから倒れてる訳には行かないって、お母さん必死で頑張ったのよ。雅人の左目が見えなくなってしまったのは、本当に残念だったわ。だけど、ちゃんと見てあげられなかったって落ち込んでいたお母さんに、雅人は「大丈夫だよ母さん。俺は叶人を守ったんだから、これは男の勲章なんだぜ」って元気づけるように笑ってくれたわね。男の子のお母さんは本当に気苦労が絶えないって言う意味が、あの時分かったの。どんなに危ない冒険も、そこに男の勲章って言う大義名分があれば、何でもしちゃうんだもの。気が気じゃ無かったのよ?

 叶人は逆に、あの一件以来、すっかり大人しくなっちゃったわね。お家で一人で本を読む事も増えたし、危ない所にも行かなくなった。お母さんね、駄目なお母さんなんだけどね、それがちょっとだけ嬉しかったの。叶人がそう言う所に行かなくなったら、危ない目には合わないだろうって思ったのね。

 どれだけ書いても、二人の事は書ききれません。だけどね、お母さんもお父さんも、貴方達が生まれて来てくれたお陰で、人生が素晴らしいものになったの。

 だから、どうもありがとう。

 そして、この先何があっても、お母さんもお父さんも、雅人と叶人の事は忘れません。


 雅人、叶人。

 私の所に生れて来てくれて、本当にありがとう。

 短いお手紙で、そして何も出来ないお母さん達を許して下さい。

 どうか、後悔の無いように。


 追伸……薬は20錠入っています。飲む時は、10錠を一回で飲んで下さい。

 お母さんより』


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