☆9月4日★ その2
太陽の加護は無かったけれど、短針と長針は12の上で重なった。
「大塚君、橘さん、良かったら一つどう?」
4人で囲み昼食をとろうとしていた時、古鷺の双子が話しかけてきた。その手には、大福がぎっしりと詰まった箱がいくつも乗せられている。
「僕達が作ってきたんだ」
「みんなに食べて貰おうと思って」
良平と公平は、それぞれのんびりと笑った。
「お、いいのか? いっただき~」
雅人が即座に手を伸ばし、一口齧る。
「お、流石だな~、美味ぇ。粒あんがいい感じだ」
雅人に倣い、僕達もめいめい手を伸ばす。
「本当、美味しい」
「相変わらずいい仕事するね」
由香里と里美も口々に感嘆の声を漏らす。
僕も手元の大福に齧りついた。
もっちりとした食感の中で、少し固めに似てある小豆が大胆に自己主張をする。砂糖の量も調節してあるのか、甘すぎず、塩味も適度にきいていて、本当に美味しい。
「喜んで貰えてよかった」
「それじゃ、まだまだ配らなきゃいけないから」
行こうとする二人に、里美が声を掛ける。
「古鷺君達、まさか全員分作って来たの?」
「うん。2日にこの話を聞いてから、すぐに作り始めたんだ」
「この量は大変だったけど、頑張ったんだよ」
「僕達の事をみんなに、しっかり覚えておいて貰いたかったからさ」
「一番自信のある大福を、みんなに食べて貰いたかったんだよ」
そう言うと、二人は手を振って大福配布の行脚に戻って行った。
「みんなに覚えておいてもらいたい、か……」
由香里が自分の歯型のついた大福を見つめながら、愛おしげに呟いた。
「まぁ、あの恵比須顔は、こんな事しなくても忘れられないけどな」
雅人が手にしていた大福を口に放り込んで言った。
「うん、あの顔と喋り方は、どうやったって忘れられないよね~」
里美がそう続き、みんなで笑い合った。
洞窟の外の雨は、水平線の向こうまで続いている。世界の全てが雨の底に沈んでしまったように感じるけれど、雅人の話しによれば、この雨は夕方過ぎには止むらしい。
「楽しいね」
由香里が呟いた。
「こんな風に、みんなで楽しくおしゃべりしながら、ゆっくりと時間を過ごせるって、とっても素敵」
そう言って手元の大福に、もう一つ小さな歯型をつける由香里は、本当にとても楽しそうだった。
「こんな時間が、ずっと続けばいいのに……」
「雅人ー!! 里美ー!!」
不意に、後方から二人を呼ぶ声がした。
「おーぅ! どうしたー?」
雅人が遠くの集団に大声で返事をする。
声のする方を見ると、2組の生徒数人が集まっていた。
「この後の準備について、ちょっと聞きたいんだけどー?」
準備?
「ああ、分かったー!!」
そう言ってから、雅人は僕の顔を見た。
「準備って何?」
「それはお楽しみ~。あぁ、でも、飯どうしようかな……」
「二人が来るまで待ってるから、行ってきなよ」
「悪いな」
雅人は顔の前に片手を上げて謝罪を示すと、里美と一緒に遠くの集団に混ざって行った。
「準備って、何だろうね?」
「ふふ、何かまた考えてるんじゃない?」
由香里は昼食に蓋をしながら、楽しそうに答えた。
「そうだね、雅人の事だから、何かまた素敵な事を考えてるかもね」
「そうね」
二人で軽く笑い合った後、僕達の間を沈黙が包んだ。
気まずくなった訳でも、二人では会話が続かない訳でもない。
僕と由香里は、魅かれる物が似ていると、僕は感じていた。
だから、もしも由香里が今、僕と同じような事を考えているのなら、言葉を少し休めて、雨の音に耳を傾けたかった。流れるように降る雨音に耳を濡らし、心に沁み込ませたかったのだろう。
昼食に埃が掛らないように片づけ、僕と由香里はどちらから言うでもなく、二人で洞窟の外の雨を眺めていた。
耳に聞こえてくるのは、遠くで誰かが話している微かな声と、耳に沁み入る雨の音だけ。穏やかな時間の中で、自分の心臓の音すらよく聞こえてくる。
生きている証の音が、内側から鼓膜を揺らしてくる。
その時左手に、ふと冷たい物が触れた。
それは由香里の手だった。
「不思議、叶人君の手なら、普通に握れる」
由香里は僕の顔を見つめていた。
「殆ど、変わらないのに……」
彼女の唇の端が微かに上がり、反対に眉尻は少し下げ、哀しげに微笑んだ。
「ねぇ叶人君。叶人君には、ちゃんと言っておきたかったんだ」
一呼吸置いた後、由香里は僕の目を見つめた。
「私ね、舟に乗ろうと思うの……」
僕の手を握る手に、力がこもる。
「雅人君と、一緒に居たいから……」
雨が強くなったのだろうか……?
雨足が先程よりも強く、僕の耳に聞こえた気がした。
由香里は、まるで自分に言い聞かせるように続ける。
「だから、叶人君とは……、お別れしなくちゃいけないの……」
ああ、そうか……。
「本当に、本当に寂しいけど、決めたんだ……」
僕達は……。
「里美の事、お願いね……。本当に、本当に、お願いね……」
魅かれる物が、似ているから……。
「だけど、本当は……」
由香里の声が涙と混ざり、僕を握る手が、さらに強くなる。
「ずっとずっと、みんなと一緒にいたいの……」
「大丈夫」
止め処なく零れ出しそうな由香里の涙を押し留めるように、僕は彼女の手を強く握り返した。
「大丈夫だよ」
僕は、由香里にそう言った。
「僕達は、いつも、一人じゃないんだから」
僕は、由香里にそう、言えた。
ふと水平線の向こうに、太陽が光を射すのが見えた。
雨を纏った光は、虹を生み出し、キラキラと輝いていた。
「……うん、ありがとう」
由香里の微かな声が、降りしきる雨音に混ざり、そっと僕の耳にも届いた。




