☆9月5日★
☆9月5日★
少しだけ仮眠をとり、目が覚めたのはまだ日も昇り切っていない時間だった。
空では名残惜しそうに、終わりの近づいたステージで星々のカーテンコールが続いていた。
洞窟の中は、まだ寝ている人の方が断然多い。
傍らに居なかった片割れの姿を探すと、雅人は舟の近くにいた。
「おはよう」
「ういっす」
雅人は地べたに腰掛けながら、舟を眺めていた。
「これ全部自分らで作った思うと、やっぱり違うよなぁ」
感慨深げに、そう呟いた。
「おはよう」
後ろから声を掛けられ、振り返ると里美が笑っていた。その後ろには、由香里もいる。
「おう、早いなぁ」
「お互い様でしょ?」
そう言い合って、笑い合った。
由香里と不意に目が合う。
そこで由香里が笑顔をくれた。
「おはよう、由香里」
「おはよう、叶人君」
何気ない挨拶が、堪らなく嬉しかった。
その時、洞窟の中に太陽の光が降り注いだ。
外を見ると、夜の撤収作業は既に終わり、太陽が海の向こうからこちらを照らしていた。
「さて、いよいよだな!」
雅人が両手で顔を叩き、大声で叫んだ。
「みんなー!!! 朝だぞーー!!!」
夜は明け、旅立ちの朝が来た。
「せぇっのぉ!!」
洞窟に運び入れた時と同じように、全員で舟を外に一つずつ運び出す。
朝陽を目一杯に浴びながら、出番を控えた舟達も張り切っているように見えた。
海岸に並べた丸太の上に舟を構え、その舟に食糧等の荷物を次々と運び込む。
1つの舟に10人分。
60人分の荷物を6つの舟に運びこんで行く。
向こうについてからどうするのか、僕は雅人から何も聞いてはいない。だけど雅人の事だから、きっと何かしらの考えがあるのだろう。聞いた所で、僕に出来る事なんてありはしない。つまらない事を聞いて引き止めたくなるくらいなら、雅人の事を信じきる方がずっといい。
荷物を積み終わり、皆が一息つく頃、時計は6時を回っていた。
舟に乗せきれない食糧で、最後の晩餐ならぬ、最後の朝食をとる。
「しっかり食っとかないとなぁ」
雅人はそう言いながら、炊きたてのご飯を、飯ごう一つぺろりと食べきった。
僕は自分のおかずを、全部雅人に渡した。
「いいのか? 貰っちゃって」
「うん、むしろ食べて欲しい」
「そうか、じゃあ遠慮なく」
雅人はそれを受け取り、残さずに全部食べた。
「じゃあ里美、お願い」
「うん、分かった」
由香里と里美の声が聞こえる。
そちらを見ると、里美は由香里の髪を一つ縛りにして持ち上げていた。そして、持っていたハンティングナイフで、それをバッサリと切り落とした。
由香里はさっぱりとした、気持ちのいい程のショートカットになった。
「どうして?」
近づいて、由香里に尋ねる。
「いいの。きっとこれから長い髪は邪魔になるから。それにこれは、私なりの決意の表れなの。気持ちを引き締める為にも、引きずらない為にも」
由香里の顔は、晴れやかだった。
「どう、叶人君。ショートも可愛いでしょ?」
里美が僕にそう尋ねる。
「うん、とっても可愛いよ。よく似合ってる」
由香里はありがとうと、照れながら笑った。
「よし、せぇっのぉ!!」
号令と共に、みんなで一斉に舟を海へと押し込む。舟は静かに波飛沫をあげて、無事に海へと浮かぶ。何人かが次々に乗り込んでみるが、荷物の他に10人が乗っても、無事に舟は浮かび続けていた。
それらの行為を次々に行い、6つの舟は無事に全てスタートラインに立った。
いよいよ、時が迫っていた。
皆別れを惜しむように、双子同士で抱きしめ合っている。静かに決別の時を迎えようとする者もいれば、人目を憚らずにわんわん泣き叫んでいる者もいた。
「これ、叶人が持っててくれよ」
そう言って雅人が僕に手渡した物は、ヒーローショーの時に貰った、ブラックのボールだった。
「これ……」
「いいから、叶人が持っててくれ」
雅人はそのまま僕に抱きつき、僕の頭に、左目蓋をごしごしと擦りつけて来た。
お前が大事だ。
お前が大好きだ。
雅人の言葉が、心に伝わってくるような気がした。
涙はもう出なかった。
いや、もう必要が無かった。
悲しむ事なんか、何も無い。
僕達は進むべくして、この道を進むんだ。
「行って来る」
「うん、気を付けて」
僕はそこで、雅人の真似をして、ニカッと笑った。
誰かの為に、とりあえず笑ってみる事も、大事な事なんだ。
雅人は僕の笑顔をしっかり見届けてから、舟に乗り込んだ。それを契機に、皆別れを惜しみながら、次々に舟へ乗りこんで行く。
「由香里っ!」
舟に乗り込んだ由香里に声を掛ける。
「元気でね! それと、雅人の事、よろしくね!!」
由香里は、うんっうんっと、顔中を涙で濡らしながら何度も頷き、僕に手を振ってくれた。
6つの舟に帆が張られる。
風の力を受けて、少しずつ進んで行く舟から、10本ずつのオールが伸びる。
舟はどんどん進んで行き、瞬く間に小さくなっていく。
海と太陽に飲み込まれていくかのようなその姿に、僕は勇者達を見た。
「じゃぁねー!!」
「元気でいろよ!!」
「ばいばーい!!」
海岸から舟に向けて、残された者の見送りの声が飛んでいく。
届くのかどうかは分からない。だけど、みんな力の限り、舟の後押しをするように、声を飛ばしていた。
「雅人ー!!」
せき込みそうになるのを堪え、力の限り、雅人へ声を掛けた。
「本当に、本当にありがとう!!」
止まった筈の涙が、またポロポロと零れ出す。
「僕、大丈夫だからー!!」
光の中心へと向かう舟に向けて、もう一人の自分に向けて……。
「雅人が居なくても、大丈夫だからー!!」
千切れんばかりに手を振り、大声で叫び続ける。
か細く弱い僕の声でも、少しでも彼らの力になるように。
水平線の間際、雅人がこちらに大きく手を振っているような気がした。
僕もそれに向かって、目一杯振り返す。
遠くに見えていた6つの舟は、ゆっくりと太陽の光に飲み込まれ、やがて水平線の向こうへと消えて行った。
「雅人ー!!」
それでも、僕は声を出すことを止めなかった。
「僕、強くなるからー!! 雅人が居なくても大丈夫なくらい、強くなるからー!!」
左手が、誰かに握られる。
見ると、目元を真っ赤に腫らした里美が、僕の左手を強く握っていた。
その手を強く握り返し、太陽の向こうに消えて行った舟に再び想いを寄せた。
昇る太陽は、彼らのこれからの道を明るく照らしてくれるだろう。
僕達を照らし続ける眩く強い光にも、僕は決して目を背けないと決めた。
どんなに眩くても、その光に目が眩んだとしても、僕はこれからもその先を見つめ続けてみせる。
その向こうに雅人がいるから。
強く、優しい、大切な、もう一人の僕がいるから……。




